第11話
それからというもの、全てが順調に進んだ。用心深い稀咲のしっぽを掴むには時間を要したが、それでも千冬は期待通りの成果を持ってきてくれた。
「あれから一年か…」
千冬と再会してからもうすぐ一年を迎えようとしていた。二ヶ月ほど先には一虎の出所が控えている。次会う時は塀の外で、そう約束したから10年前のあの日以来彼の顔は見ていない。
「一虎が戻ってくるまでには片を付ける。アイツの帰る場所は私たちの東卍だ」
机の上に並べられたチェスの駒を一マス移動させると、椅子に掛けていた上着を羽織りドアの方へ足を進めた。
「どこへ行く?」
「…最後の証拠集めだ」
「なら俺も」
「君はここにいてくれ。暫くしたら千冬が来るはずだから」
腰を上げようとしていたワカ君にそう言うと、私は部屋を後にした。チェックメイトまであと少し、残るは彼らの安全を確保することのみ。何も知らない従業員は研修という名目で知人の企業に異動させた。裏を知ってる者たちは、信頼できる取引先に身元を任せることにした。
稀咲の悪事を暴くということは、私自身の首を絞めるのと同じだ。告発すれば多少罪は軽くなるにしても、今まで築き上げてきたものが音を立てて崩れ落ちることに変わりない。それでもあの男を苦しめることができるなら、これ以上の幸福はないと思う。
「警察なんて無能だよ。期待はしてないさ」
お前たちはほんの少し嫌がらせしてくれればそれで良い。稀咲の本性が分かれば、少なくとも元東卍の人間は奴に不信感を持ってくれる。その後奴の悪事を全世界に流せば身動きが取れなくなるだろう。
「人を見下し傷付けることしか脳のないクズ。熱りが冷めてきた頃、ちゃんと殺してやるよ」
今まで全てを思い通りにしてきたのなら、思い通りにいかない歯がゆさを味わうと良い。人を散々切り捨ててきたのなら、切り捨てられる恐怖を味わうと良い。それで改心するなど端から思ってないが、悔しさと惨めさを知った日が奴の命日になるだろう。
「決着を付けようか、稀咲鉄太」
東京卍會の本部がある高層ビルを見上げると、胸元に隠していた小型の爆弾に火を点けた。
大きな爆発音が周囲に響き渡り、ビルの入口が音を立てて崩れ落ちる。深夜にも関わらずあちこちから聞こえてくる悲鳴に心の中で手を合わせながら、私は建物の中に侵入した。