第11話
❀ 第11話 ❀
7年前に東卍を抜けてからというもの、たった一つの目的のため常に慎重に行動してきた。弟の仇を取りたくて、マイキーの目を覚ましてやりたくて必死だった。一瞬たりとも気が抜けない、常に死と隣り合わせの日々は苦痛だったが怖くはなかった。
『俺のことはもう良い。東卍のことも忘れろ。頼むから幸せになってくれ』
何年経っても離れてくれない弟の亡霊は、私の決心を揺るがそうと毎晩のように夢枕に立った。その度に耳を塞ぎ、あの日から少しも変わらない彼の幻覚を睨み付けて追い払った。
「圭介が死んだあの日から決めていた。必ず稀咲を引きずり落とす。…死んだ方がマシだと思うほどの地獄を味わわせてやる」
こうやって立ち止まっているのは私だけかもしれない。時折そう思うこともあったが、例え私一人の戦いになってもあの男だけは野放しにできなかった。だから声を上げたかったが、いつの間にか奴の手の内に収まっていた東卍で自由に動くことなどできるはずもなくて、仲間を捨てるような形で自分の組織を作り上げたのだ。
「私の目的はただ一つ。稀咲への復讐だ」
目の前に立つ千冬にそう言い放てば、彼はほんの少し眉をひそめた。今にも泣き出しそうな顔に見えなくもないが、心優しいこの男の言葉に耳を傾ける暇はない。
「お前はとにかく、悪事の証拠を集めてくれ。できる範囲で構わない」
この数年間で土台は固めた。ありとあらゆる場所に人脈を広げ、東卍と接触を持つことに成功した。彼らに顔と名前を知られている私は決して表に出ず、代理の支配者を立てて全ての交渉を進めてきた。
「外部からの証拠は既に揃っている。だが内部からの情報はなかなか手に入らないんだ。…さすがは稀咲鉄太、抜かりがないよな」
こちらの人間にスパイ紛いのことをさせるのも考えたが、頭の回る稀咲相手に上手くできる可能性は低いと思い踏み切れなかった。私も鬼じゃないから、自分を信じて着いてきてくれた者を捨て駒のように扱うなんてことはできなかった。
「上手くやってくれよ千冬。…お前だけが頼りなんだ」
彼ならきっと上手くやれるだろう。危険な役目を任せていることに変わりはないが、賢い彼ならボロを出さずに証拠を集められるはずだ。怪しまれることはあるかもしれないが、その対策は既に考えている。
「仮に失敗しても心配するな。必ず助けてやる」
彼は決して私を裏切らない。絶対私に反発しない。分かっているからこその言葉だ。
視線を落とせば先程撃ち殺した男が血を流して倒れている。もう何度もこんなことをしているから、グロテスクな死体を見ても特に感じることはなくなった。でも今日だけは、己の醜さを痛感させられたようで気分が悪い。
ワカ君のせいだ、と小さく舌打ちをすれば、目の前に立つ影が少し揺れた。
「話は終わりだ。行け」
「…コイツはどうするんですか」
「骨まで燃やす」
「…アンタがやるんですか」
「他に誰がいんだよ。さっさと行け」
刺々しく言い放つと、彼に背を向け部屋の隅に置かれたタンクに歩み寄る。それを死体の横に運んだ私は、タンクの蓋を開けると未だ動こうとしない千冬に視線を向けた。戸惑いの色を含んだ彼の目は痛かったが、そんなものに気を使っている時間はないのだ。
部屋中に油の匂いが充満する。血と油が混ざった匂いはなかなか芸術的で、最初こそ吐き気を催していたものの今となっては気分が高揚してしまう。
「出ていかないと巻き添え食らうぞ?」
ライターに火を点けて笑いかければ、千冬は何かを決意したように顔を引き締めるとこちらに近付いてきた。そして火の灯ったライターに手を伸ばしてきたものだから、私は咄嗟に彼の腕を掴んだ。
「何お前。私の邪魔をする気か?」
「俺にやらせて下さい」
「は?」
「俺は今この場所で水都さんに命を預けた。そのケジメです」
何も言えなかった。昔と何一つ変わらない、曇のない瞳に捕らわれると動けなかった。いつの間にか奪い取られていたライターが投げられ、勢い良く燃え上がる炎の海を呆然と見つめていた。
「一人で戦わせてしまってすみませんでした。これからは俺も一緒です。今度こそ、最期まで守りますから」
人肉の焼ける匂いは好きじゃない。焼ける死体を見る度、いつかは私もこうなると覚悟を決めていた。志を叶えられるならそれすらも怖くなかったが、心のどこかで震えていたのかもしれない。
「ありがとう。…側にいてくれて心強い」
私もお前も、死後向かう先は地獄だろう。ならばせいぜい、長く生きようじゃないか。私たちの望む未来を、私たちの手で掴み取ろうじゃないか。
骨の砕ける音を聞きながら、私は煙草に火を点けた。
7年前に東卍を抜けてからというもの、たった一つの目的のため常に慎重に行動してきた。弟の仇を取りたくて、マイキーの目を覚ましてやりたくて必死だった。一瞬たりとも気が抜けない、常に死と隣り合わせの日々は苦痛だったが怖くはなかった。
『俺のことはもう良い。東卍のことも忘れろ。頼むから幸せになってくれ』
何年経っても離れてくれない弟の亡霊は、私の決心を揺るがそうと毎晩のように夢枕に立った。その度に耳を塞ぎ、あの日から少しも変わらない彼の幻覚を睨み付けて追い払った。
「圭介が死んだあの日から決めていた。必ず稀咲を引きずり落とす。…死んだ方がマシだと思うほどの地獄を味わわせてやる」
こうやって立ち止まっているのは私だけかもしれない。時折そう思うこともあったが、例え私一人の戦いになってもあの男だけは野放しにできなかった。だから声を上げたかったが、いつの間にか奴の手の内に収まっていた東卍で自由に動くことなどできるはずもなくて、仲間を捨てるような形で自分の組織を作り上げたのだ。
「私の目的はただ一つ。稀咲への復讐だ」
目の前に立つ千冬にそう言い放てば、彼はほんの少し眉をひそめた。今にも泣き出しそうな顔に見えなくもないが、心優しいこの男の言葉に耳を傾ける暇はない。
「お前はとにかく、悪事の証拠を集めてくれ。できる範囲で構わない」
この数年間で土台は固めた。ありとあらゆる場所に人脈を広げ、東卍と接触を持つことに成功した。彼らに顔と名前を知られている私は決して表に出ず、代理の支配者を立てて全ての交渉を進めてきた。
「外部からの証拠は既に揃っている。だが内部からの情報はなかなか手に入らないんだ。…さすがは稀咲鉄太、抜かりがないよな」
こちらの人間にスパイ紛いのことをさせるのも考えたが、頭の回る稀咲相手に上手くできる可能性は低いと思い踏み切れなかった。私も鬼じゃないから、自分を信じて着いてきてくれた者を捨て駒のように扱うなんてことはできなかった。
「上手くやってくれよ千冬。…お前だけが頼りなんだ」
彼ならきっと上手くやれるだろう。危険な役目を任せていることに変わりはないが、賢い彼ならボロを出さずに証拠を集められるはずだ。怪しまれることはあるかもしれないが、その対策は既に考えている。
「仮に失敗しても心配するな。必ず助けてやる」
彼は決して私を裏切らない。絶対私に反発しない。分かっているからこその言葉だ。
視線を落とせば先程撃ち殺した男が血を流して倒れている。もう何度もこんなことをしているから、グロテスクな死体を見ても特に感じることはなくなった。でも今日だけは、己の醜さを痛感させられたようで気分が悪い。
ワカ君のせいだ、と小さく舌打ちをすれば、目の前に立つ影が少し揺れた。
「話は終わりだ。行け」
「…コイツはどうするんですか」
「骨まで燃やす」
「…アンタがやるんですか」
「他に誰がいんだよ。さっさと行け」
刺々しく言い放つと、彼に背を向け部屋の隅に置かれたタンクに歩み寄る。それを死体の横に運んだ私は、タンクの蓋を開けると未だ動こうとしない千冬に視線を向けた。戸惑いの色を含んだ彼の目は痛かったが、そんなものに気を使っている時間はないのだ。
部屋中に油の匂いが充満する。血と油が混ざった匂いはなかなか芸術的で、最初こそ吐き気を催していたものの今となっては気分が高揚してしまう。
「出ていかないと巻き添え食らうぞ?」
ライターに火を点けて笑いかければ、千冬は何かを決意したように顔を引き締めるとこちらに近付いてきた。そして火の灯ったライターに手を伸ばしてきたものだから、私は咄嗟に彼の腕を掴んだ。
「何お前。私の邪魔をする気か?」
「俺にやらせて下さい」
「は?」
「俺は今この場所で水都さんに命を預けた。そのケジメです」
何も言えなかった。昔と何一つ変わらない、曇のない瞳に捕らわれると動けなかった。いつの間にか奪い取られていたライターが投げられ、勢い良く燃え上がる炎の海を呆然と見つめていた。
「一人で戦わせてしまってすみませんでした。これからは俺も一緒です。今度こそ、最期まで守りますから」
人肉の焼ける匂いは好きじゃない。焼ける死体を見る度、いつかは私もこうなると覚悟を決めていた。志を叶えられるならそれすらも怖くなかったが、心のどこかで震えていたのかもしれない。
「ありがとう。…側にいてくれて心強い」
私もお前も、死後向かう先は地獄だろう。ならばせいぜい、長く生きようじゃないか。私たちの望む未来を、私たちの手で掴み取ろうじゃないか。
骨の砕ける音を聞きながら、私は煙草に火を点けた。