第10話
❀ 第10話 ❀
あの人への想いを自覚したのはいつだったか。確かなのは、あの人が東卍を去ってからということだけだ。人は失って初めて大切なものに気付くと言うが、あながち間違いではないのかもしれない。ずっと憧れだと思っていた感情の正体に気付いた時、伝えられなかった後悔と、これで良かったのだという安心感のようなものを覚えていた。
「守れるくらい強くなりたかった…」
本当の本当は離れたくなかった。ずっと一緒にいたかった。俺と同じ想いを持ってくれなくても良いから、最後まで共に歩いていたかった。
今更どうしようもないが、俺がもっと強ければこんな現在にはならなっかたはず。彼女の笑顔を奪った人間の一人に俺も含まれているのが情けない。
「冴えない顔してんな」
突然背後から聞こえてきた声に肩が跳ね上がった。いつの間に背後を取られていたのか、振り向けばそこにはどこか中性的な顔立ちの男が立っていた。
「お前、松野千冬だろ?」
「…アンタは?」
長いまつ毛が印象的なその男を見ると、水都さんと初めて会った日のことが思い返される。この男も若かりし頃は女に間違われたことがあったのではなかろうか。そう思ってしまうほど中性的で美しい男だった。あの人と決定的な違いがあるとすれば、明らかに男だと分かる低い声だろう。
「今牛若狭。水都の側近だ」
「側近?…って今牛若狭!?初代黒龍の!?」
それは確か生きた伝説とまで呼ばれた男だったはず。佐野真一郎率いる黒龍を伝説にした、圧倒的強さを持つ男だ。
「久々に聞いたなそれ」
その伝説の一人が、俺の目の前で苦笑いをしている。白豹と呼ばれた男はこんなにも綺麗な顔をしていたのか。そして今の水都さんは、この男を信頼して側に置いているのか。
「…そうですか」
ホッとしたような寂しいような、何とも形容し難い感情が胸の奥から湧き上がってくる。本当は俺が側にいたかったけど、危ないことをしている彼女を守れる人間がついていてくれて良かった。
「これをお前に渡すよう頼まれた。中身は俺も知らねぇが、とにかく一人の時に見ろだとよ」
そう言って渡された封筒の中には、何やら固い物が入っているようだ。手触り的に金属か何かだろうか。物騒な物でないことを祈りながら静かにそれを胸元に仕舞えば、今牛若狭と目が合った。
「お前さ、久しぶりに水都と会ったんだろ?…どう思った?」
ドクンと心臓が音を立てた。どう思ったかなんて、そんなの決まってる。相変わらず綺麗だけど、冷え切った目をしていたあの人は怖かった。見た目以外に昔の面影がどこにも無くて悲しかった。
「変わっちまったと思いました。俺の知ってるあの人は、もっと優しい人だった」
そう、彼女は優しかった。初めて会った日、無礼を働いたのに笑って許してくれた。芭流覇羅のアジトで場地さんに殴られた時、助けに来てくれた。忘れもしない血のハロウィン、最後まで一虎君と場地さんの心を守ろうとしていた。
「俺にしてみれば、あの子は昔から何一つ変わってねぇよ。…誰よりも慈悲深い女だ」
「…平気で人を殺す奴でしょう」
分かってる、こんなの俺が言えたことじゃない。でも、あの人には綺麗なままでいて欲しかった。どんなに強くても女なんだ、せっかく東卍から逃げられたんだから安全な場所にいて欲しかった。
「あの子はな、人よりも見る目があるだけなんだよ。そして人より優れた頭脳を持ってるだけ。…それだけなんだ」
この男は彼女のことをどれくらい知っているのだろう。きっと俺よりも長くあの人の側にいたはずだ。そして思えば彼女はマイキー君の幼馴染みだから、当然その兄である佐野真一郎とも面識がある。すなわち必然的に初代黒龍の彼とも面識があったのだろう。
「今牛さん。あの人のこと、よろしくお願いします」
どうか守ってあげて下さい。例え変わってしまっても、彼女は場地さんの片割れだから。今の状況を場地さんが見たら絶望すると思うけど、せめてこれ以上悪い方向に進まないよう頑張るから。だからどうか、一人で突っ走りがちなあの人のこと、最後まで守ってやって下さい。
あの人への想いを自覚したのはいつだったか。確かなのは、あの人が東卍を去ってからということだけだ。人は失って初めて大切なものに気付くと言うが、あながち間違いではないのかもしれない。ずっと憧れだと思っていた感情の正体に気付いた時、伝えられなかった後悔と、これで良かったのだという安心感のようなものを覚えていた。
「守れるくらい強くなりたかった…」
本当の本当は離れたくなかった。ずっと一緒にいたかった。俺と同じ想いを持ってくれなくても良いから、最後まで共に歩いていたかった。
今更どうしようもないが、俺がもっと強ければこんな現在にはならなっかたはず。彼女の笑顔を奪った人間の一人に俺も含まれているのが情けない。
「冴えない顔してんな」
突然背後から聞こえてきた声に肩が跳ね上がった。いつの間に背後を取られていたのか、振り向けばそこにはどこか中性的な顔立ちの男が立っていた。
「お前、松野千冬だろ?」
「…アンタは?」
長いまつ毛が印象的なその男を見ると、水都さんと初めて会った日のことが思い返される。この男も若かりし頃は女に間違われたことがあったのではなかろうか。そう思ってしまうほど中性的で美しい男だった。あの人と決定的な違いがあるとすれば、明らかに男だと分かる低い声だろう。
「今牛若狭。水都の側近だ」
「側近?…って今牛若狭!?初代黒龍の!?」
それは確か生きた伝説とまで呼ばれた男だったはず。佐野真一郎率いる黒龍を伝説にした、圧倒的強さを持つ男だ。
「久々に聞いたなそれ」
その伝説の一人が、俺の目の前で苦笑いをしている。白豹と呼ばれた男はこんなにも綺麗な顔をしていたのか。そして今の水都さんは、この男を信頼して側に置いているのか。
「…そうですか」
ホッとしたような寂しいような、何とも形容し難い感情が胸の奥から湧き上がってくる。本当は俺が側にいたかったけど、危ないことをしている彼女を守れる人間がついていてくれて良かった。
「これをお前に渡すよう頼まれた。中身は俺も知らねぇが、とにかく一人の時に見ろだとよ」
そう言って渡された封筒の中には、何やら固い物が入っているようだ。手触り的に金属か何かだろうか。物騒な物でないことを祈りながら静かにそれを胸元に仕舞えば、今牛若狭と目が合った。
「お前さ、久しぶりに水都と会ったんだろ?…どう思った?」
ドクンと心臓が音を立てた。どう思ったかなんて、そんなの決まってる。相変わらず綺麗だけど、冷え切った目をしていたあの人は怖かった。見た目以外に昔の面影がどこにも無くて悲しかった。
「変わっちまったと思いました。俺の知ってるあの人は、もっと優しい人だった」
そう、彼女は優しかった。初めて会った日、無礼を働いたのに笑って許してくれた。芭流覇羅のアジトで場地さんに殴られた時、助けに来てくれた。忘れもしない血のハロウィン、最後まで一虎君と場地さんの心を守ろうとしていた。
「俺にしてみれば、あの子は昔から何一つ変わってねぇよ。…誰よりも慈悲深い女だ」
「…平気で人を殺す奴でしょう」
分かってる、こんなの俺が言えたことじゃない。でも、あの人には綺麗なままでいて欲しかった。どんなに強くても女なんだ、せっかく東卍から逃げられたんだから安全な場所にいて欲しかった。
「あの子はな、人よりも見る目があるだけなんだよ。そして人より優れた頭脳を持ってるだけ。…それだけなんだ」
この男は彼女のことをどれくらい知っているのだろう。きっと俺よりも長くあの人の側にいたはずだ。そして思えば彼女はマイキー君の幼馴染みだから、当然その兄である佐野真一郎とも面識がある。すなわち必然的に初代黒龍の彼とも面識があったのだろう。
「今牛さん。あの人のこと、よろしくお願いします」
どうか守ってあげて下さい。例え変わってしまっても、彼女は場地さんの片割れだから。今の状況を場地さんが見たら絶望すると思うけど、せめてこれ以上悪い方向に進まないよう頑張るから。だからどうか、一人で突っ走りがちなあの人のこと、最後まで守ってやって下さい。