第8話

❀ 第8話 ❀




 場地水都を初めて見た時、蛇みたいな奴だと思った。一見物腰柔らかな態度を取っていたが、地面を這うように動いていた気味悪い目を見てすぐにそう思った。だから、芭流覇羅が東卍に取り込まれてからもあの女の動向には気を配っていた。集会の時以外会うことはないが、いつどのタイミングで噛み付いてくるか分からない。
 そう言っていた稀咲の顔は珍しく余裕がなかった。場地圭介のことも危険人物として認定していた稀咲は、その姉である水都を疎ましく思っている。俺はそこまで危機感を持っているわけじゃないが、アイツがそこまで気にする人物はどんなものか純粋に興味があった。


「お前俺らのこと嫌いだろ?」
「心外だな。仲間になった以上今までのことは水に流したつもりなんだけど」


 涼しい顔でそう言う蛇女は俺の求めていたものと正反対の反応を寄こした。仮にも肉親を殺したチームだ、憎くないはずがない。怒りをむき出しにして飛び掛かってくるのを期待していたものだから面白くなかった。


「それが本心なら、お前は菩薩になれるな」
「菩薩は地味過ぎるな。どうせなら女神にしてくれよ」


 水都の声は女にしては少し低かった。かといって男みたいに低いわけでもなく、上手く形容する言葉があるとすれば少年の声というのがぴったりだろう。


「お前さぁ…女だってこと隠してんじゃねぇの?」
「隠してねぇよ。進んでバラしていく意味も無いから黙ってるだけ」
「へぇ…。お前って処女?」
「そんなの聞いてどうすんだ?」
「どうもしねぇ。気になっただけ」


 その時、ほんの一瞬だけ彼女の瞳に嫌悪の色が映った。静まり返った薄暗い神社で男女二人──この状況でそんなこと聞かれたらさすがに気分が悪いようだ。


「お前ってすげぇ俺のタイプなんだわ」
「そうかよ。俺はお前みたいなのタイプじゃない」


 肩を組んで耳元で囁やけば、ギロリと鋭い視線を向けて舌打ちをした。すぐに手が出るタイプに見えたが案外気が長いらしい、これだけ密着しても彼女は手を上げなかった。


「ヤらせてくんね?」


 彼女は何も答えない。ただ無言で俺を睨み付けているだけだ。女子にしては長身だが俺からしてみればチビ以外の何者でもない。このまま茂みに連れ込んで犯すことも容易そうだが、何故だか俺の本能がそれを良しとしなかった。


「おい、何やってんだお前」


 その時、背後から声がした。聞き慣れたその声には分かりやすく殺気が込められていて、俺は思わず後ろを振り向いた。


「半間…。そいつはお前が気安く触れて良い女じゃねぇぞ」
「…マイキー」


 俺は咄嗟に水都から離れると静かなる怒りを隠そうとしないマイキーに深々と頭を下げた。集会終わりだから奴がいるのも不思議ではないのだが、こんな寂れた奥深くにやって来るとは思っていなかった。


「次そいつに近付いたら殺すぞ」
「…悪かったよ。そう怒んなって」


 反論する気にもならなかった。この状態のマイキーを刺激したら終わりだと、俺の本能がはっきりそう言った。


「さっさと稀咲の所に戻れ。傘下になったからと言ってお前に全てを許す気はねぇ」
「…よぉく分かってるさ」


 コイツはこの女に惚れているのだろうか。いや、そもそもコイツらは既にできていたのだろうか。そんなことを思ったが、今は早くこの場を去るべきだと判断した俺は、二人に背を向けると稀咲の待つアジトへと足を進めた。




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