第7話
10月31日、弟が死んだ。芭流覇羅との抗争の末、帰らぬ人となってしまった。
正直、あの日の自分はかなり冷めていたと思う。誰よりも大切な私の半身、まさか死んでしまうなんて思いもしなかった。それなのに、いざ目の前で動かなくなった弟を見ても、弟を抱き締めて泣き叫ぶ千冬を見ても、不思議と涙は出なかった。悲しいはずなのに、悔しいはずなのに、自分でも怖いくらい頭が冴えていた。
* * *
「ごめんな、みーちゃん」
「何が?」
今日はマイキーと墓参りに来ている。こんな無機質な石の中、あの破天荒にはさぞかし窮屈だろうと思いながら隣で頭を垂れている彼に視線だけを向けた。
「腕…痛かったよな」
「ああ、うん痛かったわ。死ぬかと思った」
あの日の出来事を思い返す。修羅のような面持ちで一虎を殴り続けていたマイキーを止めようとした。これ以上は死ぬからやめろと、諭すように訴えた。
『邪魔すんなら殺すぞ』
『上等、やってみろ』
私はこれまでマイキーと殴り合ったことなんて一度もなかった。昔、道場でずば抜けて才のある彼に勝負を挑んだことはあったが、「女とはやらない」の一点張りで相手にされたことはなかった。それでも、彼の攻撃を食らったらタダでは済まないことくらい分かっていた。だから攻撃は避けて何とか彼を一虎から遠ざけていたのに、動転して何かを勘違いした一虎に左腕と脇腹の一部を刺された。タケミっちが叫んでくれたおかげで咄嗟に腕が出たから軽症で済んだものの、彼がいなければ私も今頃この墓に入っていただろう。
『やめろマイキー!!死んじまう!!』
『…みーちゃん。良かった無事だったんだね』
『マイキー、頼むやめてくれ』
『…寝てろよ、みーちゃん』
更にエスカレートした彼を止めようとしがみつく私の腕を、彼は容赦なく握り潰した。傷口に指が食い込み、あまりの痛みに悲鳴を上げた私を容赦なく投げ飛ばした。そしてなんの抵抗もできない一虎を一心に殴り続けた。圭介が声を上げるまで、恐ろしい顔で殴り続けていた。
「ごめん。女には手ぇ上げないって言ったのに」
「やめろよな、そういうの。女扱いして欲しかったらとうの昔に引退してるっての」
「…うん」
マイキーがほんの少しだけ笑った。あまりすっきりしない表情だが無理もない。立て続けに大切な人が亡くなったのだ、まともでいられるわけがない。ただでさえ辛いのだから私のことなんて気にしなくても良いのに、この男は何というか本当に愚かだ。
「はぁ…。お前も大概面倒くせぇな。私のことそんな風に扱うの、今も昔もお前くらいだからな」
仮にも東卍で特攻張ってるんだ、ある程度の危険は承知の上。女だと思われないように一人称まで変えて喧嘩に臨んでいる。そりゃあマイキーやドラケンに比べたら蟻みたいなもんだろうけど、私はそれなりに強いはず。少なくともマイキー以外は、私のこと頼りになる喧嘩要員だと思ってるはず。
「…場地だよ」
「は?」
「みーちゃんのこと一番女扱いしてたの、場地だった。側で守りたいから同じ隊に置いておきたい、そう言ってきたのは場地が先だった」
そういえば、私はかつてマイキーに言ったことがある。弟を守りたいから同じ隊にしてくれ、そう頼んだことがある。
「アイツは女だからもしもの時は俺が守る、そう言ってたよ。…似てるよね、お前ら」
そうだったのか。あの日だけじゃない、私はずっと弟に守られていたんだ。
本当に馬鹿、お前なんかに守られなくても私は十分強いのに。結局私は、お前を守れたことなんて一度もなかったんだ。
「…あああっ…!」
ずっと泣けなかった。皆が泣いていても泣けなかった。私だけ一人、あの場所に取り残されていた。
そう思っていたけど本当は違う。本当は私、我慢してたんだ。せめて私だけでも凛としていようと、余計な心配はさせまいと、無意識のうちに我慢してたのだ。
「…みーちゃん」
膝をついた私を包み込むように抱き締めたマイキーの声も震えていた。きっと彼も泣いている。あの日誰よりも激しく怒っていた彼は、今日私と共に小さな子どものように泣きじゃくっていた。