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第7話

❀ 第7話 ❀




 水都さんは強かった。喧嘩はもちろんだけど精神的にも強いというか、大人だった。あの悲劇を目の当たりにしても涙の一つも流さなかった。最後、場地さんに口付けて姉の顔で優しく微笑むあの人の姿は一生忘れない。


『愛してる』
『私もだよ。…おやすみ、圭介』


 俺は見境なく声を上げて泣いてしまったけど、あの人は場地さんの手を握りしめて目を伏せただけだった。
 身内を失ったのだから、きっとあの場の誰よりも辛いはずだった。それなのに、泣き言や恨み言の一つも吐かず堂々としていた。


『待っててやるよ、何十年でも』


 全ての元凶だった一虎くんのことも、最後まで気にかけていた。誰も止められなかったマイキーくんを止めようとしたこと、その結果一虎くんに刺されても彼を責めなかったこと──場地さんも水都さんも、傍から見れば完全に狂っていた一虎くんを理解し愛していたのだ。




* * *




「ごめんな千冬」


 病院からの帰り道、水都さんは俺に謝ってきた。その一言だけだったけど、彼女が言いたいことは全て分かった。
 きっとあの場で一番冷静だったのは水都さんだろう。だから当然、あの場の出来事を誰よりも客観的に見れていた。


「…俺の方こそ、場地さんを守れなくて」
「だったら私はどうなるの」


 ハハッと乾いた笑いをこぼす彼女を見て、俺はすいませんと口をつぐんだ。
 俺が気付いていたのだ、当然彼女も場地さんの考えを知っていた。あの人が一人で行動することも、一人で解決したがることも気付いていたはず。


「…アイツの心を尊重したかった」
「…分かってます」


 干渉すれば良いってもんじゃない。俺がまだ一年だった頃、水都さんは独り言のようにそう言っていた。あの時は特に気にも留めなかったけど、今となってようやくその意味が理解できた。本当は殴ってでも止めたかったに違いない。


「あ〜あ…。母さんになんて説明しよう」
「…俺も一緒に行きますよ」


 きっと俺は場地さんの死から立ち直れない。東卍も抜けることになるだろう。


「水都さん、すいません」
「何が?」
「俺…」


 アンタを守れない。アンタの強さについていけない。アンタに憧れているのは事実だけど、アンタを場地さんのようには思えない。
 喉に詰まった言葉を吐き出すことができなくて、その代わりに涙が溢れ出してくる。良い加減止めないといけないのに、これ以上この人の前で泣きたくないのに、何故言うことを聞かないのか。


「ありがとな、千冬。アイツの側にいてくれて」


 彼女の温もりを感じる。花の蜜と血が混ざったような不思議な匂いに包まれて、更に涙が溢れてくる。この人も痛かったはずなのに、今でもずっと痛いはずなのに、辛そうな顔の一つもしないんだ。
 ずっと人のことばっか気にして、そんなんじゃいつか壊れちまうぞ。


「圭介のこと、よろしくな」


 場地さんはもういない、死んじまった。なのにそんなこと言うのは、俺の思いを全て汲み取ってくれたからだろう。




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