第6話

❀ 第6話 ❀




 芭流覇羅のアジトでひと暴れした日から数日が経った夜、一虎から連絡があった。連絡先はそのままにしてあるのかと微笑ましく思う反面、次の抗争相手の幹部である彼が私に一体何の用なのか、そう思うと不可解だった。
 でも、せっかく彼からコンタクトがあったのだから行かないなんて選択肢はない。一虎に言われた通り、人気のない路地裏に一人で向かった。例え彼が私を嵌めようとしていても、それはそれで構わない。それに、アイツは決してそんなことしないと心のどこかで思っていた。


「一虎」
「水都!!」


 薄暗い路地裏の壁にもたれ掛かっていた一虎に声をかければ、彼は小さな子どものように顔を輝かせて飛び付いてきた。二年前は私と変わらなかった身長、完全に抜かれてしまった。相変わらず痩せ気味だけど、暫く見ない間に大きくなったものだ。


「会いたかったよ」


 一虎の腕に力が入る。穏やかな声音とは正反対、私が逃げないよう押さえつけてるみたい。そんなことしなくても逃げやしないのに。


「綺麗になったね」
「…お前も随分、変わっちまって」


 カッコよくなった、本当だよ。でも、二年前に比べて凶気が増した。一見穏やかになったように見えるが、大きな瞳の奥に潜んだ真っ黒な闇が深い深い部分まで浸透している。
 だから私は悲しくて仕方ない。お前が年少から出てくる日を待ち侘びていたのに、こんな風に自ら悪い道へ進もうとするお前を見るのは辛い。


「一虎、離れてくれ」
「 嫌だよ、離さない」
「痛いんだ、離れてくれ」


 少しドスを効かせ過ぎただろうか。表面上は完全に好意的だったのに、少しばかり冷た過ぎただろうか。そう思っていたら、締め付けられていた体が徐々に楽になっていった。


「…で、一体なんの用だ?何故私を呼び出した?」


 腕だけはガッチリ掴んで離さないあたり、やはりコイツはちゃっかりしてる。やっぱり裏があるんだな。
 改めて一虎の顔を見る。昔からそうだったが、随分と綺麗な顔立ちをしている。でもやっぱり目が怖い。何を考えているのか分からない、狂気を含んだその色が恐ろしくて仕方ない。そう思っていたら、綺麗な顔面が突然距離を詰めてきたものだから少し驚いた。 


「なぁ水都、お前も芭流覇羅に来いよ」
「…それ、どういう意味で言ってんの?」
「えー、分かんない?マイキー捨てて俺のとこに来てって言ってんだけど」


 意味が分からない。それは芭流覇羅の命令なんだろうか。だとしたら余計に意味不明だ。まず向こうが私を欲しがる理由が無いし、私が向こうに行きたいと思う理由も無い。


「…なんで?」
「だってお前言ったじゃん、待ってるって」


 ハッとした。この男は何も裏なんて無い。二年前私が言ったことを覚えているだけだ。
 それは普通に嬉しいのだが、私があの日言ったのはそういう意味じゃない。何があってもお前についていくって意味じゃない。二年後もお前の居場所は東卍だから戻って来い、そういう意味だった。


「一虎、お前…」
「なぁ、来てよ」


 ああ、殴り飛ばしたい。何でコイツ、こんなに面倒くさいんだろう。私に対する悪意を持ってないから余計にタチが悪い。明確な悪意があれば今すぐにでも殴り飛ばすのに、こんなに無邪気な目で見られたら殴れない。


「行かない」
「…なんで?お前も俺を見捨てるのか?」
「馬鹿言うな、見捨てねぇよ」
「なら来いよ」


 掴まれた腕に痛みを感じる。頬に触れてくる手は優しいはずなのに、これ以上に無いほど冷え切っていて胸が痛む。私はこの二年間密かに待ち侘びていたというのに、中々酷い裏切りだ。この男、何も変わらないどころか悪化してやがる。
 もう無理だ殴ろう──そう思って拳を握りしめた次の瞬間、一虎は素早く左腕を立てると横から飛んできた別の拳を器用に受け止めた。


「汚え手で水都さんに触んじゃねぇ」
「…千冬」
 

 驚いた。まさかコイツがこんな所にいるなんて思いもしなかった。コイツと一虎が鉢合わせたら面倒事不可避じゃないか。一虎を引き離してくれたのは有難いが、どちらかと言えば来て欲しくなかった。
 ただでさえ痛かった頭が更に痛くなっていくのを感じながら、私は小さくため息をついた。



 
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