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第5話




 事件が起きたのはその翌日のことだった。羽宮一虎という不思議な少年に芭流覇羅のアジトへ連れて行かれ、そこで場地君が一虎君側の人間だったことを知り絶望した。
 マイキー君に連れ戻してくるよう言われたが、場地君の意思で芭流覇羅に行ったならどうすることもできない。終わった、本当に終わった──そう思っていた時、背後から何やら騒がしい声が聞こえて我に返った。


「おい、何だテメェ!!」
「何勝手に入って来てんだ!」


 何だ、誰かやって来たのか?聞こえる声から判断するに、芭流覇羅のメンバーではない誰かがやって来たのか。一瞬マイキー君かとも思ったが、男たちを掻き分けて姿を表した人物を見て言葉を失った。


「よう、楽しそうなことしてんじゃん。俺も混ぜてくれよ」 


 凛とした声が薄暗い屋内に響き渡る。艶やかな黒髪を揺らし目を細めるその人物は、むさ苦しいこの場にはそぐわない美しい女だった。制服を着ているから中学生か高校生のどちらかだろう。この時代にもこんなに綺麗で大人っぽい学生がいたのか──呑気にもそんなことを思ってしまった。


「…何だお前は」
「そいつらの知り合いだ。…いや、仲間と言うべきか?」


 半間修二の問に淡々と答えたその人は、微かに目を細めると俺の方に顔を向けた。あまりの美人顔に頬が熱くなったけど、よくよく見るとその顔には見覚えがあった。


「…ああっ!!」
「東京卍會壱番隊、場地水都。そいつら俺の後輩なんだ。…返してもらうぞ」


 間違いない、マイキー君が言っていたミナトってこの人のことだ。てっきり男かと思っていたが女の人だったんだ。…いや、女の子が特攻隊って普通に考えて危なくないか?一体どうい状況なんだ?マイキー君は何で許してるんだ?


「…ん?」


 あれ、今この人"場地"って言った?場地って珍しい名字だから、もしかして場地君の親族だったりするのか?
 しかしそんな事を気にしている暇は与えられなくて、何やら嫌な感じに口角を上げた半間を見てサッと血の気が引いた。


「なんだ、マイキーの回し者かぁ?…やれ」


 その瞬間、数人の男たちが彼女に飛びかかった。危ない、そう思って飛び出そうとしたが、一瞬のうちに投げ飛ばされた男たちを見て体が硬直した。速すぎて何が起きたのか分からないけど、とにかく水都さんが無事なことだけは分かった。


「へぇ、東卍には女みてぇなヤベェ奴がいるって本当だったんだ。…裏切りモン処刑しに来たのか?それとも副隊長の仇取りに来た?」
「馬鹿言うなよ。俺は別に喧嘩しに来たわけじゃない。そいつら返して貰えれば用はない」


 彼女の視線が、地面に倒れている壱番隊副隊長と俺に交互に向けられる。長いまつ毛から覗く鋭い瞳はどことなく場地君に似ている。


「へ〜え…。実はこれから決戦前の手土産に新入り八つ裂きにしようかと思ってたんだけど」
「随分と物騒だな。アレだけじゃ足りないってか?」
「アレは場地圭介の忠誠を試す儀式に過ぎねぇ。手土産にもなんねぇよ」
「…儀式、ねぇ」


 彼女の視線が場地君に注がれる。どこか非難の色を含むその瞳に捕われたのが俺なら、いても立ってもいられなくなってしまうだろう。睨み付けるわけでもなく、ただ冷ややかに目を細めた彼女は感情がはっきりと読み取れない分恐ろしく感じる。


「知ったこっちゃねぇな、馬鹿馬鹿しい」
「ばはっ!身内が裏切ったってのに冷めてるねぇ」


 目を閉じて刺々しく吐き捨てた水都さんにそう言うと、半間は立ち上がり彼女のすぐ前まで距離を詰めた。あんな怖い長身が目の前にやって来たなら少しは怯みそうなものだが、彼女は特に気にする様子も見せず鬱陶しそうに視線だけを上へ向けた。


「場地水都。お前の頼み、受けてやっても良い。…お前がアイツの代わりになるならの話だけど」
「ふっ…。別になっても構わないけど、そっちもタダじゃ済まないよ?」
「…メス犬が俺らに楯突こうってか?」
「そのメス犬に瞬殺された奴らがいるんだけどな」


 彼女は首を傾げると、後方で伸びている数人の男たちに冷ややかな視線を投げた。未だに白目を剥いている彼らを見ると、彼女はかなりの強者らしい。一体どこにそんな力があるのか甚だ疑問だが、さっきの目にも留まらぬ速さの攻撃を目の当たりにしたら信じざるを得ない。


「 良いよ、俺は喧嘩嫌いだけど体動かすのは好きだから。最近運動不足だし、丁度いいかもな」
「…身内贔屓じゃねえが、コイツはバケモンだ。ここでやっても芭流覇羅の人数が減るだけ。おすすめはしないぜ」


 それまで黙って水都さんを睨み付けていた場地君が口を開いた。身内贔屓というのは、元東卍の一員ということだろうか。場地君がそう言うのだから、彼女は東卍でも一目置かれた存在なのかもしれない。


「俺としては、抗争なんて起きる前にアンタらを潰しておきたい気持ちもある。…でも、そっちにその気がないなら話は別。卑怯な真似はしないと約束する」
「…なるほどな」


 女の人にしては低い、少年のような声で淡々と言葉を繋ぐ彼女は堂々としていてカッコいい。男の俺が言うのも失礼だけど、きっとそこら辺に転がってる男たちより何百倍も男前だと思う。スカートを履いてるから見た目は完全に女の子なのに、あまりのカッコよさに幻覚を見てしまう。


「良いだろう、今日はここまでだ。…連れて行け」
「ありがとう。総長が話の通じる奴で良かったよ」
「 総長じゃねぇがな」
「同じようなもんだろ」


 頭一個以上は下にありそうな彼女を見下ろしていた半間は、彼女に背を向けると元いた場所に腰掛けた。そしてそれを確認した水都さんは、絵に描いたような笑顔を一瞬だけ浮かべると、地面に倒れて動かない少年の側に膝をついた。


「千冬、大丈夫か?…随分と殴られたみたいだな」
「…水都さん…」
「 ああ、良いよ喋らなくて。…担ぐから少し動かすけど、堪えてくれな」


 さっきまでとは打って変わり、優しい声音で語りかける彼女に戸惑いを隠せない。場地君に殴られて血まみれの彼をおぶって立ち上がった彼女の顔は、整ってるが故なのか少し怖く感じた。


「…汚れちまいますよ…」
「だから喋るなって。…痛むだろ?」
「 …すみません」


 場地君に殴られていた人、確か壱番隊の副隊長と言っていた。信じていた人に裏切られてさぞかしショックなことだろう。水都さんの背中で力尽きたように目を閉じた彼を見ると心が痛む。


「 おーい、そこの金髪。お前も帰んぞ」
「えっ!!あっ、はい!!」


 色々と複雑な感情を抱いていた俺は、副隊長を背負って出口に歩いていく彼女を追いかけ走り出した。
 外に出るまで、周りの連中が攻撃してくるのではとハラハラしていたが、案外誰も攻撃してこなくて心底ホッとした。


「俺はコイツ病院に連れてくから、お前はもう帰りな」
「あっ…あの」
「友達にお礼言っとけよ?お前が連れて行かれたって泣きそうになってた」
「え…」
「じゃあな、タケミっち」


 同じ背丈はありそうな男を軽々と背負って去っていく彼女の後ろ姿を呆然と見つめる。せめてお礼が言いたかったけど、柔らかい声音とは裏腹に反論を許さない張り詰めた雰囲気が印象的だった。そしてどういう経緯か知らないけど、アッくんたちが彼女に助けを求めてくれたということを知って胸が熱くなった。


「…俺の名前知ってたんだな、あの人」


 場地君を連れ戻せなかった。状況は相変わらず最悪だけど、何故だかあの人を見てると安心する。あの人がいれば大丈夫なんじゃないかって、そんな気がしてしまったんだ。




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