第一章

* * *



 あの子がテニススクールを辞めた。理由はドイツへの留学らしい。彼女の実力が認められたのだから喜ぶべきことなのだろうが、僕たちに一言も告げないまま旅立って行った彼女が憎かった。


「結局、僕たちはその程度の存在だったんだね」
「…そうだな」


 あのうるさい真田も、今回ばかりは落ち込んでいた。彼女が遠くに行ってしまったことよりも、何も言ってもらえなかったことが哀しくて哀しくてやり切れない。


「あれだけ付き纏っておいて、簡単に切り捨てるなんて酷いヤツ」
「…そうだな」


 会う度に向日葵のような笑顔を見せてきたくせに、性別なんてお構いなしに飛び付いてきたくせに、結局あの子にとってはただの気まぐれでしかなかったのだ。


「見てよ真田。メールも届かないんだよ、どう思う?」
「…やっぱりアイツは無礼者だ」


 僕の携帯の画面を見つめながらぼんやりとそう言う真田のおかげで、ほんの少し気分が楽になった。いつもうるさい彼が落ち込んでいる、それが何故だか安心した。


「帰って来たら罵ってやろう。お前は本当に酷いヤツだって」
「…そうだな。無礼者って言ってやる!」


 真田の声が少しだけ大きくなる。あの子がいつ帰って来るのか、果たして本当に日本に戻って来るのか、何も分からないけどこれが最後なんて酷すぎる。これで終わりになんてしてやるもんか。


「会いたかったって、言わせてやるから」


 初めての友達、そう言ってくれた彼女の瞳に嘘はなかった。少なくとも僕たちだけは、彼女の特別だったはず。
 そして少なくとも僕にとっては、あの子は初めての特別な女の子だった。




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