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第十三章

* * *




「お前名前なんてぇの?」
「手塚優里」
「うげぇ、手塚って青学の部長じゃんかよ」


 そうよ、私はその部長の妹よ。余計にややこしくなりそうだから言わないけど、貴方がラフプレーで傷付けた人たち、私の中学の先輩だわ。


「貴方は名乗らないの?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてないわね」


 別に聞かなくても知ってるけど。名前だけじゃなくて、学年や部活やプレイスタイルも知ってるわ。でもまあ、知らないことにした方が都合が良さそうだから黙っておこう。


「俺は切原赤也。立海の時期エースな!」
「そう」
「おいおい何だよ、聞いておきながら反応薄くね?」
「別に普通でしょう」


 そもそも、反応に困る自己紹介をしてきたのはそっちだし。そりゃまあ、立海レギュラーの中で唯一の2年生だからそう名乗るのも分かるけど、改めて自信満々に言われると困るのよ。


「お前いつもそんな感じなわけ?嫌われてね?」
「嫌われてるでしょうね」
「他人事みたいに言うなよ」
「だって興味ないし」


 良いのよ、私は私が好きだと思える人に好いて貰えればそれで良いの。その他大勢は所詮空気みたいなものだからどう思われていも構わない。最低限、日常生活に支障を来さないレベルの関係を維持できていれば充分だ。


「感じ悪い奴」
「貴方もでしょ?」
「んなことねぇよ!!」


 本当、うるさい人ね。でも不思議、意外と嫌な気はしないわ。うるさいのは紛うことなき事実だけど、引き剥がしたいほど無理とかそんなレベルではないから彼には人に好かれる才能があるのだろう。
 しばらく歩いて開けた道に出た私は、目だけを左右に動かして進む方向を決めると再び早足で歩き出した。横では彼が何やらずっと喋り続けてるけどほとんど聞き流している。彼の喋りはBGMと何ら変わりない。


「そういえばさ、お前はテニスしねぇの?」
「しない」
「え、じゃあ部長たちとはどこで知り合ったわけ?まさかのテニス以外?」
「さあ、どうだったかしら」


 悪いけどそこまで詳しく馴れ初めを話すつもりはない。初めて会った日のこと、今でも鮮明に思い出せるけど決して良い出会い方ではなかったから。あの時の私、今以上に可愛げがなかったから。


「何だよお前会話になんねぇ〜」
「貴方もでしょ」
「そんなことねぇだろ!!」


 さっきと全く同じやり取りに吹き出しかけたけど既のところで耐えた。さすがに今日初めて喋った人の前で爆笑するのは気が引ける。よくも悪くも私、人間関係には潔癖だ。
 そう思った時、カランコロンと音を立てて何かが転がった。不思議に思った私が斜め下に視線を落とせば、切原君が何やら空き缶をけ飛ばしてしまったらしい。コロコロと転がっていく『コカ・コーラ』と書かれた空き缶を追いかけていた私は、向かいの公園の入口でタムロしている男たちと目が合った。


「あーあ、その缶倒しちゃったねぇ。これは粗相じゃねぇの?」
「通行料一万円!!」


 バカバカしい、こういうのが好きな人ってどこにでもいるのよね。相手するだけ時間の無駄だ、見なかったことにして通り過ぎよう──そう思って早足に進もうとした私だけど、次の瞬間すぐ後ろにいた彼がドスの効いた声を上げたので頭を抱えてしまった。


「ああ??なんだテメェら喧嘩売ってんのか?」
「ちょっとやめなよ」
「あ?」


 絡んできた男たちの元に向かおうとした彼の前に立ち塞がれば、彼はギロリと私を睨んだ。由緒正しき立海の生徒にこんなガラの悪い人間がいて良いのか甚だ疑問だが、今はそんなこと言ってる場合じゃない。


「よく考えなさい。貴方は立海テニス部の名前を背負ってるのよ?」


 彼の目が少しだけ震えた。自分のことしか考えてない人間かと思ってたけど、部のことは案外大切に思ってるみたいで少し見直した。あの3年生たちが注いだ愛情を、彼もきちんと受け止めていたのだ。


「相手にすることないわ。行きましょう」


 私はそう言うと、彼の腕を掴んで歩き出した。でも次の瞬間、目の前を何かが物凄い勢いで横切ったから咄嗟に立ち止まった。すぐ横の塀にぶつかってコロコロと転がるボールを目だけで追いかけた私は、それを放った犯人をギロリと睨み付ける。


「おいおい、逃げるのは無しだぜ?そっちが先に俺らの縄張りに入ってきたんだ、落とし前付けるのが筋ってもんだろ?」
「テメェら…!!」
「行きましょう」


 またもや挑発に乗ろうとした彼の腕を強く引いてその場から去ろうとした私の前に、数人の男が立ち塞がる。思わずビュッと息をした私に嫌な感じの笑みを浮かべた男は、後ろの切原君に視線を移すととんでもないことを口にした。


「お前、立海の切原だよな?いやー、見てたよお前らの全国大会。無名の学校に負けるなんて、立海も終わりだな!」


 大きな笑い声が周囲に響き渡る。ここはそれなりに住宅もあるから誰か住民がやって来て止めてくれはしないかと期待するけど、そう上手くいくわけがない。あまりにも失礼な発言だからこればかりは無視できない、そう思って反論しようとしたけど彼の方が早かった。


「うるっせえよ。テメエらに言われる覚えはねぇ」
「やっぱお前が足引っ張ってたんじゃねえの?」
「あ?」
「聞かなくて良いわ切原君」
「明らかにお前だけ劣ってるもんな!」
「…うるっせえよ」


 何故だろう、彼の声が物凄く弱々しく感じられる。いかにもプライド高そうだもの、こんなこと言われたらブチ切れそうなのに。いや、大人しくしていてくれた方が助かるんだけど、何だか少し心配になってしまう。
 彼の横顔を盗み見た私は、心臓を握り締められたような感覚を覚えた。それと同時に、私は彼のことを誤解していたかもしれないと申し訳ない気持ちになる。きっと彼は、自分があの面子の中で一番不甲斐ないことを分かっているのだ。


「真田たちのいねぇ立海なんて雑魚と変わんねぇよ!」
「その辺にしとけば?」


 ならば少しだけ助け舟を出そう。彼を庇う義理なんて無いに等しいし、正直この男たちが言ってることも間違いじゃないと思う。でも、彼も彼なりに努力して今の立ち位置にいるのだから、その位置に行けない人間が偉そうに語るのは絶対に間違ってる。


「無駄に吠え散らかすのはやめなさい、弱く見えるから」


 弱い犬ほどよく吠える、なんて言葉は有名よね。貴方たちがやってること、この言葉のまんまだから黙った方が良い。どうせ切原君の足元にも及ばない実力なんでしょうけど、黙っておけば少しはマシに見えるかもしれないのに。


「…何だと?」
「聞こえなかった?もう一度言いましょうか…雑魚は黙れと言ってるの」


 ほらね、やっぱり雑魚じゃない。絶対突っかかってこないと安心し切ってた相手に反発されると言葉が出ない辺り浅はかで情けない人たちだ。
 驚いた表情で私を見下ろしていた切原君に目配せすると、私たちは静かになった男たちの間を通って目的地に向かった──いや、向かおうとしたのだが…


「お前んとこの部長!!病気になった上一年に負けるとかマジ終わってんな!!」


 背後にいた男の一人がそんな発言をしたものだから思わず足を止めてしまう。さっきのことがあるから無視しよう、そう思ったけど隣の彼は我慢できなかったらしい。


「おいお前…もう一度言ってみろや」
「おっ?何だようやくやる気になったか?」
「もう一ぺん言ってみろっつってんだろうがっ!!」


 次の瞬間、彼は男の一人に殴りかかった。鈍い音と共に地面に倒れ込んだ男を見て反射的に悲鳴を上げそうになった私だけど、さすがに暴力はマズいと思い彼の背中を追いかけた。


「やめなよ切原君!!暴力はダメよ!!」
「うるっせえんだよ退けっ!!」


 目の前に躍り出た私の肩を乱暴に掴んで押し退けた彼は、まだ殴っていない男たちをギロリと睨み付ける。間を空けず殴り倒していくことを想像していた私は少しだけ安心したけど、リーダー格らしき男の発言でまたもや深く頭を抱えた。


「ようやくやる気になったか。…なあ、勝負しようぜ。テニスで」
「上等だ。ぶっ潰してやるよ」


 もう嫌だ、今日はなんて日なの。こんな状態の彼とテニスなんて、この人たち命知らずにも程がある。強い弱い以前に、切原赤也という選手のテニスは危険だということ、彼らは知らないのだろうか。


「ちょっとねえ、やめましょうよ切原君」
「うるせえ引っ込んでろ」


 またもや私を押し退けた彼の目を見て、これはダメなやつだと身震いした。もう私にはどうしようもできないからこのまま知らぬふりして目的地に向かおうかと思ったけど、やっぱり放っておくことはできなくて、彼らが入っていった公園目指して走り出した。


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