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第十三章

* * *




 店から出た私は、とにかく駅から離れようと人の流れができている方に向かって歩き出した。私があまりにも頑なに断るから気を遣ってくれたのか、丸井さんは私にりんご味のガムを渡して手を振った。彼の後ろでジャッカルさんが少し心配そうな顔で軽く手を上げたので、せめてもの礼儀と小さく会釈してその場を去った。
 少し歩けば冷静になってきて、せっかく歩み寄ってくれた彼らに失礼な態度を取ってしまったと徐々に後悔が押し寄せてくる。


「悪いことしちゃったな…」


 最低限、助けてくれたお礼は言ったものの、終止無愛想だった私に気を悪くする素振りも見せず最後まで感じの良かったあの二人に感服しつつも申し訳ない。
 ガムを貰ったは良いものの、私は普段こういったお菓子を食べないから今この瞬間口に放り込もうという気にもなれない。


「…そういえば今日、部活なかったのかな」


 さっき会った二人は制服を着ていたから、ちょうど終わった後だったんだろうか。せっかくだから聞けば良かったものの、あの時の私はテンパっていたから仕方ない。
 私は足を止めて辺りを見渡すと、頭の中の地図にある立海の位置と照らし合わせた。何も考えず流れに任せて歩いていたけど、幸いにも方角は合っていたようで思わず肩をすくめる。どっちにしても少し歩かないといけないけど、その間心の準備ができるから時間がかかればかかるほど助かる。


「おっと、わりっ!」


 大通りから少し外れた角を曲がった瞬間、誰かとぶつかった。互いに勢いはなかったから大事にはならなかったものの、二、三歩後ろに下がった私は相手の顔を確認するべく視線を上に向けた。いつもなら気にも留めずさっさと立ち去るはずだけど、その声に聞き覚えがあったものだから無視することはできなかった。


「…貴方、立海の生徒ね」
「あ?そうだけどそれが何だよ」


 鋭い目付きに真っ黒な天パがよく似合う彼は、立海テニス部レギュラーで唯一の2年生だ。直接口を聞くのは初めてだけど、見た目通り治安の悪い態度の人だ。
 でも、私だって人のこと言えない。私も彼に負けないくらい無愛想だし、なんせあのコミュニケーションお化けの桃城君にすら近寄り難いと評されてるのだから一周回って親近感が湧く。


「今日、部活は?」


 敢えてテニス部の名前を出さないのは、彼に変に勘ぐられたくないから。失礼だけど彼、脊髄反射で会話してそうだから疑問を抱かれることは無いと思う。


「もう終わったよ。午前で終わりだ」


 ほらね思った通り。何部のことを言ってるのか聞いてこないあたり、都合の良いように解釈して勝手に話を進めてくれるタイプに違いない。


「てか、何でそんなこと聞くわけ?誰、お前」


 そうね、私は貴方のことよく知ってるけど貴方は知らないわよね。普通なら怪しむはずだけど、貴方が単純で助かったわ。


「別に、ただの中学生」


 敢えて名乗る必要もないでしょう。正直私、彼に良い印象は持ってない。関東大会といい全国大会といい、随分と野蛮なプレイを繰り広げていたことはちゃんと記憶に残っているから。
 じゃあね、と彼の横を通り過ぎようとした時、咄嗟に腕を掴まれた私は反射的に振り返ると彼を思いっ切り睨み付けた。


「お前、どっかで会ったことねぇ?」


 威嚇する私に構うことなくそう言った彼は、小さな子どもみたいにコテンと首を傾げた。さっきまでの無愛想な男子とは打って変わり、どこか憎めないその感じに何だか腹が立ってくる。


「…知らないわ」


 そうか、彼も越前リョーマと同じタイプだ。愛想は無いけど可愛げはある、歳上に好かれるタイプの人間だ。だから精ちゃんは彼の話をする時楽しそうで、弦ちゃんは小言を言いながらも生き生きして見えたんだ。
 私と同い年で私と同じく嫌煙されてそうな彼も、私が欲しいと思っているものを持っている。何だか世の中って不公平だよな、なんて少し暗い気持ちになったけど、次の瞬間大声を出した彼のおかげで一気に正気に戻った。


「あー!!思い出した!!お前、幸村部長と真田副部長と一緒にいた奴!!」


 至近距離で叫ばれると耳にキーンとくる。そうか、彼もあの大会のどこかで私を目撃してたんだ。この人は気になったことはすぐ聞きそうだから、もしかしたら私たちの関係を知ってるかもしれない。


「いやー…幸村部長はともかく、副部長が女子と喋ってんの意外でさ〜、聞こうと思ってたんだけど忘れてたんだよな。お前、あのバケモン二人とどういう関係なわけ?」


 何だ、聞いてないのか。ホッとしたようながっかりしたような微妙な気持ちだ。いや、がっかりというよりかは面倒事が増えたことに対する煩わしさと言うべきか。


「別に、ただの知り合い。昔、少しだけ仲良かった。それだけ」


 カタコトになってしまったのは、敢えて控え目な表現を使ったから。本当は凄く仲が良かった、今でも大好きな友達なのって言いたい。でもこの人相手に素直に話せるわけなくて、あくまで昔の知り合いというスタンスを取るのが賢明だと思った。きっと精ちゃんがこの場にいたら寂しそうな顔するんだろうな、なんて不毛な罪悪感が生まれてくる。


「え、マジ!?昔のあの人たち知ってんの?」
「…ええ、まあ」
「嘘だろマジかよ〜!!今年一番の驚きだわっ!!」


 何故か頭を抱えてうずくまった彼を、私は冷めた目で見下ろした。この程度が今年一の驚きなんて随分と薄い人生を送ってるものね、ともう少しで声に出そうだったけど既のところで飲み込んだ。


「あの二人、昔からあんなん?」
「…あんなんって?」
「バケモン並みに強かった?」
「…そうね、強かったわ」


 今でも鮮明に思い出せる。二人ともタイプは違ったけど、二人とも疑いなく強かった。どんな打球も淡々と打ち返して完璧なテニスで相手を負かす精ちゃんと、圧倒的な力技で真っ向勝負を挑み相手をねじ伏せる弦ちゃん。今も昔も、彼らのプレイスタイルは変わっていなかった。


「うわ〜、バケモンは生まれた時からバケモンかぁ」
「そんなことはないでしょう」


 残念ながら世の中に才能というものは存在するけど、例え凡人だったとしても努力次第で追い付けることはある。当然あの二人には才能があったわけだが、彼らがトップに居座れたのは人並みならぬ努力があってこそ。いくら才能ある人でも、努力しなければ開花させることはできないのだから。


「先輩たちに負けないよう、精々励むことね」
「何だよ偉そうに」


 ギロッと睨み付けてきた彼を一瞥すると、私は彼がやって来た道に視線を移した。人通りの少ない細い道だけど、不思議と寂しい感じはしないからきっと私はこの街が好きなのだろう。そこまで馴染みがあるわけじゃないけど、この街で青春を送る彼らの日々に触れてる気がして温かい気持ちになる。


「そういえばお前、どこの学校?」
「…東京」
「東京?わざわざ東京から何の用だよ」


 この流れでその質問が出てくるあたり、彼はあまり読解力がないようだ。普通は察せるはずだけど、まあ世の中には色んな人がいるから深く考えずスルーしよう。


「会いに来たのよ、バケモン二人に」
「…マジ?じゃあ俺案内するわ」
「いえ結構。場所は分かるから一人で行くわ」
「お前さ、可愛げねえってよく言われねぇ?」
「そんなものなくて結構。あの人たち、まだ学校にいるのよね?」


 初対面の相手にまで言われてしまうということは、私って本当に可愛くないのね。自然体でいるだけだから全然良いんだけど、こうも立て続けに同い年から言われると少し胸にグサッとくる。


「多分な」
「そう、ありがと」


 半ば逃げるように立ち去ろうとした私の腕を、またもや彼が掴んだ。初対面の相手に対して随分と積極的だが、悪く言えば無礼だ。仮にも私は女子なんだし、少しは遠慮というものをしてはどうか。


「まだ何か?」
「やっぱ俺も着いてくわ。なんか面白そうだし」
「面白いことなんて何もないから。くだらないこと言ってないで帰りなさいよ」
「あー、なんか今の副部長っぽいわ」


 ダメだ、この人話が通じないタイプだ。一度こうするって決めたら誰が何と言っても絶対に聞かない厄介な人種。こういった輩は刺激せず無視するに限るけど、腐ってもあの二人の後輩だから邪険に扱うこともできない。


「…勝手にすれば。後で怒られても知らないけど」
「安心しろ、隠れてっから!!」


 ニカッと笑って親指を立てる彼にイラッとする。野次馬精神働かせても良いことなんて一つもないのにバカな人。隠れるなんてそんなこと許すわけないでしょう、きちんと報告させて貰うから。
 彼に今一度冷ややかな視線を投げかけると、私は早足で歩き出す。早くこの邪魔者を追い払ってあの二人とゆっくり話がしたい、なんていつの間にか最初とは真逆の考えになっていた。



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