第十二章
* * *
楽しい時間はあっという間だ。彼らの部活のことや、私の夏休みのことを話していたらいつの間にか外は暗くなっていた。店の掛け時計に目をやれば、時刻は19時を回っている。スマホを確認すれば通知が1件届いていて、それは今打ち上げをしているであろう兄からだった。
『暗くなる前に帰るんだぞ』
まったく律儀なものだ。今日は私のことなんて忘れて仲間たちと騒いでいれば良いものを。それに、どうせ兄も夜遅くなるんだろうから私の安否なんて関係ないじゃないか。
『分かってるよ。焼肉楽しんでね』
でも心配はかけたくないから、心置きなく楽しんで欲しいから返事はちゃんと返す。事実確認なんてされないだろうし、されたところで言い訳は準備できている。
「大丈夫?もう帰らないとまずい?」
「ううん、私はいつでも大丈夫。貴方たちに合わせるわ」
「そんなこと言ったら一生帰れないよ?」
「それも良いかもね」
このまま二人と一緒に消えてしまいたい。いや、二人は消えたら駄目だから最後は私が一人になるけど。でもそれでも良いの、一秒でも長く同じ時間を過ごして思い出に変えたい。あの夏は最高だったと、何年経っても思い返せるくらい心に焼き付けておきたい。
「良いわけなかろう!幸村も優里もふざけるのはよせ」
「ふざけてないよ」
「ふざけてないわ」
弦ちゃんのツッコミに私たちのボケが重なった。正確にはボケじゃなくて結構本気だけど、弦ちゃんみたいな現実的な人がいてくれて良かった。精ちゃんは昔から私に甘いところがあったから、二人きりなら本当に帰らなかったかもしれない。
「私、明日の始発で帰ることにしたから。夜は二人の部屋に泊めて?」
「は…?なっ…、何をバカなことっ…!!」
「良いよ、おいで。何なら決勝までいて良いよ」
「幸村!?お前まで何を言っとるのだ!!」
ああ、もう本当に楽しいわ。思わず声を上げて笑ってしまった。店内だから何とか我慢しようとしたけど無理だった。
「何を笑っとるのだ優里!!そもそもお前が変なこと言い出すからっ…!!」
「ふっ…ふふふっ…あははははっ!!」
せっかく収まりかけたのに復活してしまった。彼があまりにも真に受けるから面白くて堪らない。腹を抱えて笑ったのは本当に久しぶりで、心ゆくままに笑うのってこんなに気持ちいいんだなと改めて思った。
「ふふふっ…弦ちゃんって全然変わらないのね。こんな強面になっても面白いままなのね」
「なっ…!!おい優里、歳上をからかうのはよせ!!」
そうね、思えば貴方たちは私よりも1年長く生きてるのよね。何だか全然そんな気がしなくて、同年代の友達と同じ感覚で喋ってたけど出会ったのが小学生だから仕方ない。今更敬語に直したところで変な感じになるだけだ。
笑い過ぎて涙が溜まった目元を軽く拭うと、呼吸を整えるべく大きく深呼吸をした私は正面に座る精ちゃんに視線を戻す。
「弦ちゃんは私に帰って欲しいみたいだから、今日中に帰ることにするわ」
「え〜残念。お前のせいだよ真田」
「なっ…!当然のことを言っただけだ!!」
二人は部活でもこんな感じなんだろうか。本当に仲が良くて微笑ましい幼馴染だ。4歳から中3までずっと一緒に頑張ってきた彼らの絆は大層固いものだろう、私なんかが入り込む余地はない。
でもそれで良いの。私は彼らが残してくれる僅かな居場所に立っていられれば充分。例えその居場所がなくなったとしても、心の中で生き続けるからきっと大丈夫。
「大会が終わったらさ…お泊まり会か何かしようよ」
貴方たちと語り明かすにはとても一日じゃ足りないわ。私が知らない貴方たちの青春を教えて欲しい。立海でどんな日々を過ごして、これからどんな道を歩んでいくのか知りたいの。
「いいね、やろう!…真田の家が広いから良いかもね」
「俺は別に構わんが…」
「決まりね。約束よ、楽しみにしてるから」
良かった、私はこの大会が終わっても貴方たちと繋がっていられる。一番核心的な部分には触れられないけど、彼らの思い出の一部に残れたならこれ以上の喜びはない。いつ切れるか分からない不確かな縁だけど、私からこの縁を切るつもりはもうない。
「…約束は絶対守るんだよ」
そう言って目を細める精ちゃんの脳裏には過去の私が焼き付いているのだろうか。彼らに黙ってドイツに経ったあの頃、次の夏は海を見に行こうと約束していた。その約束は果たされなくて、でもこれで良かったのだと未練を振り切って遠い地へと旅立った。
「…その時は海に行きたいわ」
あの日の約束も果たしましょう。彼らが私を忘れなかったように、私も本当は彼らのことを忘れられなかった。辛くなるから忘れた振りをしていたけど、一人の夜はいつも会いたかった。
「うん、行こう。連れて行ってあげる」
きっと神奈川の海は綺麗よね。恥ずかしながら私、日本の海を見たことがない。兄は釣りが好きでよく海に行ってたけど、私は兄と一緒が嫌でなかなか行く気になれなかった。
まずは彼らと海を見て、次は兄と一緒に見たい。兄が昔から見ていた景色を、数年の時を経てようやく見ようという気になれた。妬みや僻み、承認欲求を捨ててしまえば苦しみはなくなって、今私の心残りといえばメイディだけになった。
楽しい時間はあっという間だ。彼らの部活のことや、私の夏休みのことを話していたらいつの間にか外は暗くなっていた。店の掛け時計に目をやれば、時刻は19時を回っている。スマホを確認すれば通知が1件届いていて、それは今打ち上げをしているであろう兄からだった。
『暗くなる前に帰るんだぞ』
まったく律儀なものだ。今日は私のことなんて忘れて仲間たちと騒いでいれば良いものを。それに、どうせ兄も夜遅くなるんだろうから私の安否なんて関係ないじゃないか。
『分かってるよ。焼肉楽しんでね』
でも心配はかけたくないから、心置きなく楽しんで欲しいから返事はちゃんと返す。事実確認なんてされないだろうし、されたところで言い訳は準備できている。
「大丈夫?もう帰らないとまずい?」
「ううん、私はいつでも大丈夫。貴方たちに合わせるわ」
「そんなこと言ったら一生帰れないよ?」
「それも良いかもね」
このまま二人と一緒に消えてしまいたい。いや、二人は消えたら駄目だから最後は私が一人になるけど。でもそれでも良いの、一秒でも長く同じ時間を過ごして思い出に変えたい。あの夏は最高だったと、何年経っても思い返せるくらい心に焼き付けておきたい。
「良いわけなかろう!幸村も優里もふざけるのはよせ」
「ふざけてないよ」
「ふざけてないわ」
弦ちゃんのツッコミに私たちのボケが重なった。正確にはボケじゃなくて結構本気だけど、弦ちゃんみたいな現実的な人がいてくれて良かった。精ちゃんは昔から私に甘いところがあったから、二人きりなら本当に帰らなかったかもしれない。
「私、明日の始発で帰ることにしたから。夜は二人の部屋に泊めて?」
「は…?なっ…、何をバカなことっ…!!」
「良いよ、おいで。何なら決勝までいて良いよ」
「幸村!?お前まで何を言っとるのだ!!」
ああ、もう本当に楽しいわ。思わず声を上げて笑ってしまった。店内だから何とか我慢しようとしたけど無理だった。
「何を笑っとるのだ優里!!そもそもお前が変なこと言い出すからっ…!!」
「ふっ…ふふふっ…あははははっ!!」
せっかく収まりかけたのに復活してしまった。彼があまりにも真に受けるから面白くて堪らない。腹を抱えて笑ったのは本当に久しぶりで、心ゆくままに笑うのってこんなに気持ちいいんだなと改めて思った。
「ふふふっ…弦ちゃんって全然変わらないのね。こんな強面になっても面白いままなのね」
「なっ…!!おい優里、歳上をからかうのはよせ!!」
そうね、思えば貴方たちは私よりも1年長く生きてるのよね。何だか全然そんな気がしなくて、同年代の友達と同じ感覚で喋ってたけど出会ったのが小学生だから仕方ない。今更敬語に直したところで変な感じになるだけだ。
笑い過ぎて涙が溜まった目元を軽く拭うと、呼吸を整えるべく大きく深呼吸をした私は正面に座る精ちゃんに視線を戻す。
「弦ちゃんは私に帰って欲しいみたいだから、今日中に帰ることにするわ」
「え〜残念。お前のせいだよ真田」
「なっ…!当然のことを言っただけだ!!」
二人は部活でもこんな感じなんだろうか。本当に仲が良くて微笑ましい幼馴染だ。4歳から中3までずっと一緒に頑張ってきた彼らの絆は大層固いものだろう、私なんかが入り込む余地はない。
でもそれで良いの。私は彼らが残してくれる僅かな居場所に立っていられれば充分。例えその居場所がなくなったとしても、心の中で生き続けるからきっと大丈夫。
「大会が終わったらさ…お泊まり会か何かしようよ」
貴方たちと語り明かすにはとても一日じゃ足りないわ。私が知らない貴方たちの青春を教えて欲しい。立海でどんな日々を過ごして、これからどんな道を歩んでいくのか知りたいの。
「いいね、やろう!…真田の家が広いから良いかもね」
「俺は別に構わんが…」
「決まりね。約束よ、楽しみにしてるから」
良かった、私はこの大会が終わっても貴方たちと繋がっていられる。一番核心的な部分には触れられないけど、彼らの思い出の一部に残れたならこれ以上の喜びはない。いつ切れるか分からない不確かな縁だけど、私からこの縁を切るつもりはもうない。
「…約束は絶対守るんだよ」
そう言って目を細める精ちゃんの脳裏には過去の私が焼き付いているのだろうか。彼らに黙ってドイツに経ったあの頃、次の夏は海を見に行こうと約束していた。その約束は果たされなくて、でもこれで良かったのだと未練を振り切って遠い地へと旅立った。
「…その時は海に行きたいわ」
あの日の約束も果たしましょう。彼らが私を忘れなかったように、私も本当は彼らのことを忘れられなかった。辛くなるから忘れた振りをしていたけど、一人の夜はいつも会いたかった。
「うん、行こう。連れて行ってあげる」
きっと神奈川の海は綺麗よね。恥ずかしながら私、日本の海を見たことがない。兄は釣りが好きでよく海に行ってたけど、私は兄と一緒が嫌でなかなか行く気になれなかった。
まずは彼らと海を見て、次は兄と一緒に見たい。兄が昔から見ていた景色を、数年の時を経てようやく見ようという気になれた。妬みや僻み、承認欲求を捨ててしまえば苦しみはなくなって、今私の心残りといえばメイディだけになった。