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第十二章

* * *




 今日は準決勝で、決勝は三日後。さすがの立海も試合があった日にがっつり練習するほどスパルタではないらしく、今日はもう自由時間らしい。強いチームは休息も大事にすると言うが、結構当たっていると思う。
 立ち話も何だし場所を変えることにした私たちは、路地裏にある感じの良い喫茶店に入ると各々飲み物を頼んでまったりする。目の前に置かれたココアから漂う甘い香りは今の私の気持ちを代弁しているみたいだ。


「そういえば優里、制服じゃないんだね」


 そう言って微笑む精ちゃんはカフェラテを頼んでいて、彼の隣では弦ちゃんがティーカップに角砂糖を入れてくるくるかき混ぜている。


「目立ちたくないから」


 今日に限らず、大会を見に行く時は私服で出かけている。制服だと「私は青学の生徒です」と自己紹介してるみたいで嫌だから。きっと誰も私のことなんて見てないけど、万が一億が一絡まれたら面倒くさいから。


「優里って変なところ気にするよね」
「そう?変なのかなぁ」
「変というかさぁ…服装は関係ないと思うんだよね。真田はどう思う?」


 何故か険しい表情で紅茶をかき混ぜていた弦ちゃんは、突然話を振られて驚いたのか更に険しく眉を寄せた。彼の性格をよく知らない一人なら怒っているのかと誤解するくらいには迫力のある形相だ。


「…質問の意味が分からんのだが」
「優里は何で目立つんだと思う?」
「待って、私目立ってるの?」
「あれ、そういう意味で言ったんじゃないの?」


 何だか話が噛み合ってない。私は目立ちたくないから制服でウロウロするのを控えているという話をしていたのだが、何故か私が既に目立ってる前提の話になっている。さすがにそれは無いと思いたいけど、もし本当ならかなり恥ずかしいので早急に対処しなければ。


「もしかしてこの格好派手?…いやでも普通よね、暗い色だしほぼ無地だし」


 そもそも私は派手な格好なんてしたことない。今日だって、白いロゴ入りの黒Tに深緑色のワイドパンツだから全然無難で普通だと思う。むしろ、ここ数日会場で見かけた女の子に比べたらシンプル過ぎるくらいだ。


「変じゃないよね?」
「うん、可愛いよ」
「そういうことは言わなくて良いから。…でも、だったら何で目立つんだろ」
「オーラがあるからだろうな」


 突然訳の分からないことを言い出した弦ちゃんに目が点になる。精ちゃんならともかく、弦ちゃんは冗談なんて言える人じゃないから流そうにも流せない。


「…オーラとは?」
「上手く言えんが…他の者とは違う雰囲気がある」
「あー、それ分かるかも」


 そう言って相槌を打った精ちゃんは、手を伸ばして私の髪を一房掬うと微笑んだ。髪の毛だから温度は感じないはずなのに、不思議と顔の周りが熱を帯びてる気がして彼の手を払おうとしたけど払えない。私から彼の手を振り払うのが勿体なくて、多少暑くても我慢しようと思った。


「理屈じゃなくて、目を引かれるんだよね。…きっとどんな人混みでもすぐに見付けられる」
「…それは便利ね。迷子になっても大丈夫だわ」


 目立つのは嫌いだけど、彼らに見付けて貰えるなら全然良い。他でもないこの二人の目印になる何かがあるのなら、このまま変わる必要はないかもしれない。


「でもね、オーラなら貴方たちの方があると思うよ」


 だって私、貴方たちが渋谷のど真ん中をあるいていても見付けられる自信あるもの。例えどんな地味な格好をしていてもすぐに見付ける。今大会を見に来て改めて思ったけど、彼らは他の選手たちと比べて明らかに貫禄があって人の目を引く。
 私には彼らのような貫禄もなければ他の女の子たちみたいな華やかさもない。至って地味で、人より勝っているところがあるとすれば大切な人を忘れない心くらい。一度こうすると決めたら絶対に曲げない頑固さくらい。


「貴方たちに探されるまでもない。私が先に見付けるわ」
「…本当かなぁ。君は案外、俺のこと見てないよ」


 そう言って少し寂しそうに笑った精ちゃんにチクリと胸の奥が傷んだ。「俺たち」じゃなくて「俺」に限定するあたり、彼は私に思うことがあるのだろう。あの雨の日もそうだった、仲間に会っていかないかという精ちゃんの誘いを断った私を、どこか悲しそうな目で見つめていた。


「それは誤解よ。…私はね、貴方たち二人しか見てないだけ」


 半分は嘘でもう半分は本当。他にも見ている人はいるけど、その中でも特別視しているのが彼らと兄だ。この三人は私の心臓みたいなもので、手塚優里という人間は彼らがいないと今を生きていなかった。そう思えるくらいには、特別で大切な存在なのだ。



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