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第十二章

♢♢♢ 第十二章 ♢♢♢




 早くも全国大会の準決勝が終わった。青学VS四天宝寺戦は青学の快勝で、この試合でも兄が圧倒的な強さを見せた。試合が始まる前、会場付近で出会った千歳さんはテニス部を辞めたと言っていたが、仲間のはからいでエントリーされており希望通り兄と対戦することができた。試合後の彼の顔を見て、やはり兄は色んな人に追いかけられているのだなと感じた。
 会場から少し離れた通りを、今日の試合を思い出しながらふらふらと歩く。見慣れない道だからそれなりに注意を巡らせながらも、これから会う約束をしている二人に思いを馳せて楽しくなる。
 しばらく歩けば、大通りから少し離れた細い道が目に入り、そこを曲がって小走りすれば目的地はすぐに分かった。夕暮れの小ぢんまりとした公園に立つシルエットを発見した私は、一度立ち止まって大きく手を振ると彼らの元へ走った。山吹色のジャージだけじゃない、白いワイシャツと暗い緑色のスラックス姿も似合う彼らに会うため今日私はここに来た。


「精ちゃん!弦ちゃん!」


 私は彼らに飛び付くと、力の限り抱き締める。背の高い二人を充分に抱き締められるタッパは無いけど、気持ちだけなら誰にも負けない。二人一緒に包み込んで、今日までの苦労を労いたい。


「お疲れ様」


 でも、これ以上の言葉は言わないわ。きっと彼らにとって決勝進出は当たり前のことで、彼らが欲しいのは三連覇だけなのだろう。だからお祝いの言葉や褒め言葉は的外れで、これ以上は必要ないと思った。
 私の頭に手を乗せているのは精ちゃんで、控え目に肩を掴んでいるのが弦ちゃん。二人とも変わったと思ってたけど、私の扱いに関しては昔と変わらないのね。迷惑そうな顔をしつつも引き剥がさないのが弦ちゃんで、優しい微笑みを浮かべで受け入れてくれるのが精ちゃんだった。


「良かった、来てくれた」
「来ないわけないじゃない。二人に会えるならどこへでも行くわ」
「俺たちから逃げた子がよく言うよ」
「別に逃げたわけじゃない」


 目が合うなりそんなことを言ってくる精ちゃんだが、その表情はとても柔らかくて彼の私に対する思いがよく伝わってくる。今も昔も彼は、私に愛しいという感情を向けてくれていたのだろう。
 温かい気持ちになった私は、そのまま弦ちゃんに視線を移す。前も思ったけど、昔はほとんど変わらなかった二人の背丈にも差ができていて、弦ちゃんはいつの間にか結構な長身男子になっていた。もちろん精ちゃんも高い方だと思うが。
 そんな長身の彼は、私を見下ろすと微かに気まずそうな顔をした。何故そんな表情をするのか分からないが、だからと言って無闇に聞き出すほど私も積極的じゃない。


「奴らと帰らなくて良かったのか?」
「…何故私があの人たちと一緒に行動するの?」
「何故って…お前は手塚といたいのだろう」
「…ああ、そういうこと」


 なるほど、彼は気を遣ってくれているのだ。彼らにとって決勝に残るのは当たり前だけど、兄たちにとっては初めてのこと。そんな兄を祝わずにここに来て良いのか──彼が言いたいことはザッとそんなところだろう。


「良いのよ。兄には帰れば会えるから」 


 だから今は私との時間に集中してよ。私は今日ここに来ることに何の迷いもなかった。遠目で見るだけでも全然良いと思ってたけど、やっぱりこうして近くで話せる方が幸せ。王者立海のトップ2じゃなくて、私の友人として一緒にいれる時間が本当に嬉しい。


「ふふっ、真田ってばずっと気にしてたんだよ。良いのか~大丈夫なのか〜って、親戚の叔父さんみたいだった」
「なっ…!!何を言うか幸村!!普通は気にするだろう!!」
「そう?俺は多少無理言ってでも会うつもりだったけど」


 ああ、懐かしいこの感じ。真面目で固いけど憎めない弦ちゃんと、真面目ではあるけど意外とノリが良い精ちゃん。この二人の会話はいつも自然で、それなのにどこか愉快でクスリと笑ってしまう。
 私は弦ちゃんの腕に軽く手を当てると、20センチは上にありそうな彼の顔を見上げた。


「大丈夫よ弦ちゃん。確かに私は兄さんが好きだけど、そこまでベッタリしないわ」


 兄には兄の人間関係があって、私にも私の人間関係がある。それぞれ居場所は違っているけど仕方のないこと。私は兄の居場所に足を踏み入れる気はないし、兄もきっと同じだと思う。


「それに私、今日は二人に会えるからいつもの倍楽しみにしてたの」


 1回目の氷帝戦が行われた日──途中で大雨が降ったあの日、会場から少し離れた広場のベンチで雨宿りする精ちゃんと遭遇した。仲間の待つ会場まで送っていくと傘を差し出した私の腕を引いて「いつゆっくり話せるの?」と少し拗ねたように聞いてきた彼に驚きながらも、「貴方に合わせる」と即答した結果提案された日が今日だった。


「今日は二人の時間が許す限り、ゆっくり話しましょう」


 思えば、私たち3人で心ゆくまで話すのはニ年以上間がある。最後に3人で馬鹿げた会話をしたのはそれこそ小学生の頃以来で、その時私はまだ兄を嫉んでいた。彼らに隠し事を沢山していた。


「そうだね。幸いにも決勝は3日後だし、朝まで語り明かそうか」
「それはさすがに無理だろう。女子は暗くなる前に帰さんと危ない」
「なら、帰さなければ問題ないね」


 精ちゃんはそう言うと、背後から覆いかぶさるような感じで私に両腕を回す。前も思ったが、再会してからというもの彼は私に対するスキンシップが増えた。私が小さくなったから触りやすいのか、はたまた別の理由があるのかは謎だが、今も昔も彼の体温は心地良い。
 私は精ちゃんの腕に手を置くと、静かに目を閉じた。このまま時間が止まれば良いのに、なんて彼らの事情も考えず願ってしまう私は悪い人間だろうか。


「私も、帰りたくないわ」


 一日ぐらい野宿でも良いかもね。いや、お金はあるから彼らと同じ宿に泊まるのも有りかもしれない。でも、彼らは今部活の一貫で来ているのだから邪魔したくない。帰りたくないのもずっと一緒にいたいのも本音だけど、彼らのテリトリーに踏み入る気はこれっぽっちも無い。
 目を開ければ、すぐ前に立つ弦ちゃんと目が合った。少し驚いたような顔をしているのは、私の言葉が意外だったからだろうか。
 そんな彼の顔を見て何だか愉快になってきた私は、未だに私を包み込んでいる精ちゃんの顔を見るべく首を斜め上に動かすと、彼の頬をそっと撫でた。


「私は寂しがり屋なんだって。同中の先輩が言ってた」


 あの時はそんなことないと思ってたけど、案外当たっているかもしれない。何やかんや不二さんは他人の本質を見抜く人だから、客観的な視点に立てば彼の評価は正しい気がする。


「うん、知ってるよ。寂しがり屋で強がりさん」


 精ちゃんは微笑むと、頬に触れていた私の手を優しく掴み体を離した。夕方とはいえ真夏だから暑いはずなのに、彼が離れた後は何だか肌寒く感じた。





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