第一章

* * *



 手塚優里は誰にも心を開かない。彼女がチームにやってきて二月が経とうとしていたけど、彼女は一向に心を閉ざしたままだった。
 彼女がやって来てから初めての練習試合、彼女は桁違いの強さで生徒たちを圧倒した。誰もが彼女を褒め称えたし、あんなに彼女を嫌っていた真田までも感嘆の声を抑えきれていなかった。あれだけの実力を見せられたら誰もが黙っていない。皆揃って彼女に近付くけど、彼女は冷ややかな視線を投げかけるだけで誰も相手にしなかった。


「なんだアイツ感じ悪い」
「私はあんた達とは違いますよーとでも言いたいのかしら」 
「俺らみたいな平民は眼中にないってか」


 違う、それは違うよ。あの子は決して僕たちを見下しているわけじゃない。その証拠に、彼女はいつも練習の時誰かを見ている。最初は仲良くなりたいのかと思っていたけど、あれは技を盗んでいたんだ。


「どんなに上手くても性格悪かったら尊敬できねー」
「どんなに可愛くても高飛車女は好きになれねー」


 わざとあの子に聞こえるように言ってるね。きっとあの子には何のダメージもないだろうけど、幼稚だなぁと思ってしまう。もちろんあの子にも問題はあるけど、だからといって何を言っても良いわけじゃない。


「負け犬の遠吠えは気持ち良いわね」
「なんだとっ!!」
「やめなよ君たち」


 思わず彼らの間に入る。いくらなんでも上級生の男子が女の子一人を攻撃するのは見過ごせない。わざと挑発に乗る彼女にも非はあるけど、今回はどっちもどっちだ。


「喧嘩は良くないよ」
「幸村っ…!」
「気持ちは分かるけど、今回は僕に免じて許してやってよ」


 先輩たちにペコリと頭を下げる。僕は比較的チームのメンバーに好かれていたから何とか丸く収まったけど、背中に刺さる棘のような視線が痛くて仕方ない。


「余計なことをしてくれたな」
「君、どんどん口悪くなってない?」


 とても小学4年生の女の子の口調とは思えない。どこの不良かと思うほどドスも聞いてて迫力がある。


「お礼なんて言わないから」


 彼女が踵を返す。横で一つに束ねられた黒髪が風に揺られ、夕日に照らされて何かキラキラと輝く粒が見えた気がした。その粒が彼女の涙だったことに気付いたのは、真田がやって来てからのことだった。




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