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第十一章

* * *




 コートの周りには見覚えのある人物が何人かいた。それもそのはず、青学のメンバーはほとんどこの場に集まっているのだから。
 私を会場に送り届けるなり忽然と姿を消した不二さんは一体どこに行ったのか。つくづく分からない人だとため息をついた私は、知り合いに見つからない所へ移動しようとしたが虚しくもその試みは叶わなかった。


「あれ、優里じゃねぇか!」


 真っ先に私に気付いたのは同じクラスの桃城武だ。クラスではどちらかといえば浮いている私だけど、彼だけは避けることなく気安く話しかけてくる。私が手塚国光の妹だからか、唐突に私に話を振ってくるのだった。


「お疲れ様」
「なんだ来るなら言ってくれよ!お前ひとことも言ってなかったじゃねぇか!」
「貴方に話す理由が無いわ」
「お前本当に可愛げねぇな」


 可愛げなんて無くて結構、そんなもの何の役に立つって言うの。誰かに媚びたところで何の得にもならないし、何より嘘の自分を演じるのは疲れる。私がまだ兄を妬んでいた頃は愛嬌くらいあったと思うけど、そんな日々は窮屈で息苦しかった。
 彼の言葉には何も答えず少し横の方に視線をずらせば、いつぞやかの少年が驚いたような顔で私を見ていた。気の強そうな大きな目が印象的な彼は、私と目が合うなりわざとらしくそっぽを向いた。


「桃城君、後輩と仲良いのね」
「おう良いぜ!なあ越前」
「うわっ、何するんスかやめて下さいよ」


 乱暴に肩を組んできた桃城君に迷惑そうな顔をした彼は相変わらず生意気な一年生だ。でも不思議と憎めないから、彼には可愛げがあるのだろう。取り繕ったわけじゃない素の可愛げがあるのだろう。


「羨ましいな」
「え?なんて?」
「いえ何でも」


 思わず心の声が漏れてしまった。クラスメイトから言われた言葉なんて全然気にしてないけど、目の前の一年のように自然と可愛がられる才能があれば私の自尊心はもう少し高かったかもしれない。それが良い事なのかは分からないけど、その才能があったなら両親も私を見てくれたのかもしれない。


「えー!?誰あの美人!!」
「こら英二!!人を指差すな!!」


 またもや暗い気分になりかけてた私だけど、そう遠くない場所から聞こえてきた大きな声にハッと顔を上げた。一人は初めて聞く声で、もう一人は聞き覚えのある人のものだ。


「あ、英二先輩に大石副部長」


 そう、聞き覚えのある一人は大石さんだ。そういえばこの人はテニス部の副部長だったと今更ながら実感する。普段は何だかオドオドしていて頼りないけど、それこそ委員会の時なんてテキパキしていて頼りになる先輩だから案外向いていると思う。


「え〜!!誰々この子!!桃の彼女?」
「まさか。クラスメイトっすよ」


 桃城君に訂正されてる人にも見覚えがある。彼は確か、関東大会決勝戦で王者立海のダブルス相手に善戦していた人だ。大石さんと一緒にダブルスを組んでいる人だ。


「はじめまして、ただのクラスメイトです」
「え〜、本当に??つまんにゃいの〜」
「コラ英二!失礼だぞ!」


 露骨につまらなそうな顔をした彼を大石さんが咎める。この二人はまるで保護者と子どもみたいだけど、ダブルスを組んでいる時はお互いに支え合っていて良いコンビだと思った記憶がある。
 大石さんは私の隣に立つと、相棒の彼に私を紹介した。


「彼女は手塚優里さん。手塚の妹さんだよ」
「えええー!!!手塚の!!??うっそ、全然似てないじゃん!!」


 清々しいほど素直な反応をしてくれる人だ。そしてやっぱり私と兄は似てないんだと分かったから、千歳さんは少し独特な感性を持っていたのだろう。大石さんにも不二さんにも似てるなんて言われたことないから、きっと彼らもこの英二という人と同じ感想だったと思う。


「ごめんね手塚さん。こいつ悪い奴じゃないんだ、許してやって」
「許すもなにも、気に触ること言われた覚えはありませんよ」


 はっきりした人は好きだ。大石さんや彼のように、分かりやすい人の方が接しやすい。心の内まで気にしなくて済むからラクで良い。


「いやいや英二先輩。コイツ部長そっくりッスよ。なんかこう、近寄り難いとことか」


 フォローのつもりなのか、しれっと失礼なことを言ったクラスメイトは無視しておこう。
 でも、やっぱり私は近寄り難いと思われていたのか。彼のような明るい人にまでそう思われているのだから、クラスでは相当浮いてるのだろう。まあ、例えそうだとしても日常生活に支障は無いからどうでも良い。周りにどう思われていても、今更人当たりを良くすることなんてできない。


「そッスか?部長もこの人も近寄り難いとは思わないッスけどね」


 今まで黙っていた、三白眼の彼が口を開く。予想していなかった人物からそんなことを言われると、不思議と安心してしまう。ほとんど関わりの無い彼だけど、あの日の短時間のやり取りで私に悪い印象を抱いてないならホっとする。


「無愛想だとは思いますけど」
「いやお前が言うなよ」
「何々おチビ〜。美人には優しいんだにゃあ」
「何言ってんスか」


 生意気な後輩と、そんな後輩が可愛くて仕方ない上級生が微笑ましい。彼らの姿を見ていると、部活というのも悪くないのかもしれないなんて、らしくない考えが過ぎってしまった。





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