第九章

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 彼女との通話が切れたことを確認した俺は小さくため息をつく。まさか彼女の口から越前リョーマという名前が出てくるとは思わなかった。そして彼が、他でもない彼女と接点を持ってしまったことにモヤモヤする。淡々とした声音の中に潜んだ熱りが読み取れてしまったから尚更だった。


「ねえ優里…君はその子に惹かれたのかい?」


 分かっている、彼女に他意は無い。一見誰のことも認めない孤高の人間に見える彼女だが、意外にも他人を評価して素直に褒めることができる。だから今回もいつものそれで、気にすることではないと分かっている。


「…それでも、俺だけを見ていて欲しかった」


 少なくともあの頃、彼女の瞳に映っていたのは俺だった。自惚れなんかじゃなくて、俺のテニスを、俺の全てを肯定して好いてくれていた。今も好いてくれているとは思うけど、離れていた時間が長過ぎて互いに歩み寄れない壁がある。果たして彼女は、今の俺を見てもあの頃みたいに凄いと言って笑ってくれるのだろうか。


「分らないんだ。俺はただ勝ちたい。三連覇のためなら何でもできる、それだけしか分からない」


 きっと今の俺は彼女の瞳には映れない。むしろ軽蔑されるかもしれない。勝つために後輩を利用しようと考えている俺なんて、きっと認められるわけない。


「…それでも立ち止まるわけにはいかない」


 ねえ優里、俺は昨日本当に嬉しかったんだ。君が俺のために泣いてくれたことが嬉しくて、あの時だけは全てがどうでも良いと思えたんだ。このまま時間が止まってしまえば良いと思ってしまったんだ。


「…嫌いになっても良い。全国大会では見ていてよ、今の俺を」


 君はどんな俺でも愛せると言ってくれた。そもそも彼女が俺を好いてくれたきっかけはテニスじゃなかった。でもだからこそ、俺の全てであるテニスを彼女に見て欲しかった。





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