第一章

* * *



 幸村精市はしつこかった。どんなに素っ気なくしても飽きることなく近寄ってくる。最初は適当に返事をしていた私だけど、一月経つ頃にはすっかり面倒臭くなって完全に無視するようになっていた。


「おはよう手塚さん。今日は良い天気だね」
「今日は学校何時間目まであったの?」
「手塚さん、学校ではどんな感じなの?」


 うるさいうるさい鬱陶しい。一体なんの嫌がらせ?私があんたに何をした?
 私は誰かに特別嫌な態度を取ったことなんてない。皆に平等に嫌な態度を取っているから誰かから特別恨みを買うことなんてないはずなのに。


「あのさ、ウザいよあんた」
「あ、やっとこっち向いてくれた」
「ねぇやめて、本当に嫌なの」
「なら僕と友達になってよ」
「頭湧いてるの?絶対に嫌」
「なんで?」
「私はね、仲良しごっこするためにここに来たわけじゃないの」


 ギロリと彼を睨み付ける。無害そうな女顔が視界を埋め尽くし、胸の奥からイライラが込み上げてくる。


「ずっと一人でいるつもり?」
「そうよ、一人が良いの」
「一人はつまらないだろう?」
「誰かといる方がつまらない」


 私は学校ではそれなりに友人が多い。否、友人というかただの知り合いだ。心を許せる人間なんて一人もいないけど、学校というテリトリーではそれなりに良い顔しておかないと損をする。自分の評価を上げるためなら、兄に追い付くためなら、それくらいの我慢いくらでもする。


「だから、ここでは好きにさせて」


 テニススクールなら尚更、誰とも仲良くしたくない。仲良くなったら絶対家族のことを聞かれる。家族のことを聞かれたら兄のことを言わなくてはならない。兄のことを言ったら、皆私を見てくれなくなる。


「…分からないなぁ」
「分からなくて良い。むしろ分かってほしくない」


 貴方、いかにも恵まれてそうだものね。テニスも桁違いに上手くて、おまけに性格も良いの。私の気持ちなんて分かるわけないし、分からなくて良い。


「貴方を見てると大嫌いな人を思い出す」


 不快なの。完璧な人って見てるとイライラする。自分の不甲斐なさを容赦なく突き付けられるから気分が悪い。


「もう話しかけてこないで」


 分かってる、こんなの八つ当たりでしかない。でも、私が私を保つためには誰かを責めないとやっていけない。誰でも良いから、私以外の誰かを敵にして、兄以外の誰かに目を向けて、私が作り上げた終わりのない地獄を抜け出したいの。




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