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第八章

♢♢♢ 第八章 ♢♢♢




 精ちゃんに会いたい。でも、それ以上に会うのが怖かった。私の知ってる彼の姿とかけ離れていたなら、きっとその場に泣き崩れてしまう。一番辛いはずの本人の前で涙を流すなんて、そんなの愚かだ。


「明日は関東大会の決勝戦なんだ」
「ええ、知ってます」
「応援に来てよ」
「…遠慮しておきます」
「まあまあそう言わずに。手塚の代わりだと思って観にきてよ」


 珍しく部活に顔を出したは良いものの、居心地が悪くて校舎の周りをふらふらしていた私は、不幸にも不二さんと出くわしてしまった。相変わらずの微笑みを浮かべて覗き込んでくる彼からは悲壮感なんて微塵も感じられない。部長である兄が九州に発ってからそこまで日が経っていないので心配していたが、この調子だと他の面子も問題ないのだろう。


「私が観て何になるんですか」
「手塚にさ、報告してよ。僕らの勇姿を」
「それは貴方たちの誰かがやれば良いこと。私には関係ありません」


 そう、私には関係ない。彼らの戦いは彼らのものだから、部外者の私が首を突っ込むことではない。弦ちゃんといい不二さんといい、分かりきったことを言わせないで欲しい。


「…それは本心?」
「当然。私に関係があるのは兄だけですから」


 小さくため息をついたつもりが、思いの外大きくなってしまった。少し感じが悪かったと思えど、次から次へと押し寄せてくる周囲の変化に心労が絶えないのだから仕方ない。


「寂しいこと言うね」
「別に普通でしょう」
「僕らのこと、気にならない?」


 そう言って覗き込んでくる不二さんにイラッとする。これだからこの人は苦手なんだと、心の中で更に大きなため息をついた。


「気になりますよ、とても。…だから、普通の観客として観に行きます」
「クスッ…。まったく素直じゃないんだから」


 満足気に微笑んだ彼に背を向ける。私の気持ちなんて最初から分かっていたくせに、不必要に絡んでくるのは何故だろう。時間の無駄とは思わないのだろうか。


青学ぼくらと立海、君はどっちを応援するの?」


 追いかけるように聞こえてきたその言葉に歩みを止める。尽く意味の無いことを聞いてくる人だと思いながら、少し後ろの方にいる彼に顔だけを向けた。


「愚問ですね。私はただ、観るだけですよ」


 そう、どちらを応援するかなんて聞かれるまでもない。そこには兄さんも精ちゃんもいないのだから。私のよく知る人はたった一人、弦ちゃんしかいないのだから。


「クスッ…そっか。でも、勝つのは青学ぼくらだよ」


 そう言って不敵に微笑む不二さんに、ほんの少し頬が緩んだ。昔、精ちゃんもよく似たような表情をしていたっけ。


「素敵な一日になりますように」


 どうか、全ての選手にとって悔いのない一日になりますように。試合に出れない選手にとっても、未来に繋がる一日になりますように。
 皆のために願うなんて性じゃないけど、かつて一人のテニス選手だった私は彼らの成功を祈らずにはいられない。きっとこの祈りだけは、切り捨てても切り捨てられない呪いのようなものだろう。




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