第七章

* * *



 兄が九州へ立ってしまった。悲しくなるから空港まで見送りには行かなかったけど、それはそれで虚しいからやっぱり行っておくべきだったかもしれない。


「…そんなことは無いな。これで良かったのよ」


 ぼんやりとした頭で電車に乗っていたら、いつの間にか隣の県に来ていた。
 中学生にもなって迷子なんて笑えない。本当に私は最近どうかしている。兄が行ってしまってから、何とか塞がりかけていた心の穴が再び開きかけているように思う。


「…最悪。ケータイの充電切れてるじゃん」


 終わった。いくら第二の故郷とはいえ、私は神奈川という町の一部しか知らない。昔通っていたテニススクールと、その周辺しか知らない。おまけに付け加えるとするなら、一度だけ足を運んだ立海大附属中の周辺は何とか分かる。


「あ〜あ」


 河原のベンチに腰掛けると、大きなため息と共に空を見上げた。太陽が徐々に沈みかけているのを見ると、もうすぐ夕方になるのだろうか。真夏の一日は長いから時間感覚が鈍ってしまう。


「暑いなぁ…」


 蝉の声がうるさい。ミンミンミンミン、性懲りもなく鳴き続けるものだから腹が立つ。いつもはそんなに気にならないのに、今日は無性にイライラしてしまう。


「…泳ぎたいなぁ」


 目の前を流れる川を見てそう思った。決して浅くもないけど、かといって深くもなさそうだ。さすがに服のまま飛び込もうとは思わないけど、足をつけるくらいなら良いだろう。


「あはっ…。ぬるいや」


 きっと日差しが強すぎたのね。身体の隅まで行き渡るほどの冷たさを期待したのに、足の先すらも冷やしてくれない。この火照った頭を冷やして帰りたかったのに、それすらも叶わないみたい。


「…このまま流されるのも悪くないかもね」


 いっそ海まで流れていって、誰もいないところに消えてしまうのも良いかもしれない。寂しさとかやるせなさとか、何も感じなくて良い所まで、遠く遠く流れて行きたい。


「 …なんてね」


 そんなことしたら兄さんに会えなくなる。メイディを目覚めさせてやれなくなる。私はもう、あの日を繰り返すつもりはない。前だけを見て生きていくと決めたのだから、馬鹿なこと考えるのは止そう。


「さて、帰りますか」 


 まずここがどこなのか把握するところから始まるけど、あの日の兄の温もりを思い出したら邪念が消えてしまった。
 きっと直ぐに帰れるはず。とにかく駅まで歩いて、あとは駅員さんに聞けば良い。大丈夫、何とでもなるわよこのくらい。




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