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第七章

♢♢♢ 第七章 ♢♢♢




 兄が九州へ行くことになった。なんでも、関東大会の氷帝戦で無茶をし過ぎたらしい。私はその場にいなかったけど、彼の腫れ上がった腕を見ていたら試合の様子が頭に浮かんで苦しくなった。


「兄さんの決めたことに口出しする気はないけど…これは酷いよ」
「ああ、分かっている」
「分かってるのに何で無茶したの?」
「俺はこのチームを日本一に導く使命がある」


 使命だなんて、そんなのやめてよ。貴方ほどの人が、そんなことのために自分を犠牲にすることないのよ。たかが部活なんだから、そこまで命をかける必要なんて無いはずよ。


「…それは、兄さんの選手生命よりも大事なことなの?」


 兄は何も答えない。私も答えて貰おうなんて思ってない。ただ、兄の対戦相手が執拗に兄の弱点を狙った、それが無性に腹ただしい。戦略としては素晴らしいし、私が彼の立場でも同じことをすると思うけど、だからこそ余計に腹が立つ。


「仇を取ってあげようか?」
「…真剣勝負で負けたんだ。それに、結果としてチームは勝ったから問題ない」
「そういうこと言ってるんじゃない」


 そいつを同じ目に合わせてやると言っているの。勝つためとはいえ古傷を再発させた、その落とし前は付けるべき。人を痛めつけるなら、自分も相応の痛みを負う覚悟がいる。


「兄さんの痛み、分かってもらわない?」
「…お前は優しいな、優里。俺のために怒ってくれる」
「当たり前。私だって…」


 そこまで言って口を噤んだ。これ以上は言うべきでないと、もう一人の冷静な私が叫んでいる。例え試合でも卑怯なことに変わりはない、兄のテニス人生に大きな傷跡を残したことに変わりはない、それでも私たちとは状況が違う。テニスどころか人生の全てを奪われたあの子と兄を重ねるのはお門違いだ。


「ごめん、出しゃばったね」


 兄が心配だった。九州に行けば本当に怪我は治るのだろうか。完治したはずの肘を無意識に庇って次は肩を痛めた不運続きの兄が心配で仕方ない。肩が治っても次は…なんてことがあるんじゃないかって、怖くて怖くて仕方ない。


「自分を大事にしてね。…お願いよ」


 私、チームなんてどうでも良い。いつでも自分の為だけに戦ってきた、団体戦とは縁のない私に貴方の気持ちは分からない。だからこそ、これ以上干渉するのは間違っている。


「それじゃ、お休み」


 私は兄さんさえ無事ならそれで良い。貴方がいくら懸けていようとも、貴方のチームのことなんて知らない。そこまで気にできるほど出来た人間じゃないの。


「ありがとうな、優里」


 やめてやめて。そんな優しい声で私の名前を呼ばないで。自分の冷たさが嫌になるから、そんな優しい目で私を見ないで。
 私は絶対、兄さんの思ってるような人間じゃないの。貴方の気持ちを汲み取れない、共感性に欠けた人間なんだわ。




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