第六章

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 神様なんて信じてなかったけど、他にできることがないから毎日神社に通っている。今は神様を信じているのかと聞かれたら困るけど、全く信仰がないとは言えないだろう。


「精ちゃんの手術が成功しますように。メイディが目を覚ましますように。…兄さんの怪我、再発なんてしませんように」


 あの時ここで身投げを試みて以降、私は1日も欠かさずお参りを続けている。もちろん一週間は風邪で寝込んでいたから行けてないけど、それくらい許されても良いはずだ。


「願掛け、ただの願掛けよ。もしかしたらって思うのは、悪いことじゃないでしょう?」


 完全に神を信じたなら、きっと何もできなくなってしまう。私は何もしなくて良いのだと、祈るだけで良いのだと思ってしまう。


「そんな弱い人間にはなりたくないの」


 私は誰にも頼らない。メイディが眠りについたあの日、私は心に決めたのだから。彼女の目を覚まさせると誓ったのだから。


「精ちゃんの病気も兄さんの怪我も、治せるような世界にしてやる」


 私は研究者になる。医者も考えたけどそれじゃ駄目なの。根本的な問題を解決できない限り、彼らのように苦しむ人を救うことはできない。そう決めた日ほど自分の若さを呪った時はないけど、この若さで今を生きていなければ描くこともなかった大きな夢だ。


「さて、帰りましょうか」


 ここは滅多に人が来ないから好き。私がどんなことを言っていても、聞いている人なんて誰もいない。だから心置きなく好きなことが言えるの。


「…優里」


 それから、たまにこうして兄が迎えに来てくれるから好き。逢魔時おうまがとき、私が訪れる場所はここしかないことを彼は知っているのだ。


「暗くなる前に帰れと何度も言ってるだろう」
「ごめんごめん。…でも、この時間が一番好きなの」


 兄の腕に寄りかかれば、夢の中から現実へと呼び戻された気分になる。でも、それは少しも嫌なことじゃない。お前の生きる世界はここだと、兄の大きな手が教えてくれるのだから。




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