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第六章

♢♢♢ 第六章 ♢♢♢




 半年後、幸村精市が手術を受けるという話を耳にした。情報源はもちろん不二さんで、その日も私は美術室で一人昼休みを潰していた。


「そうですか。良かったです」
「相変わらず冷めた反応だね」
「元々こういう性格なんです」


 そうだっただろうか。もはや色んな顔を使い過ぎて元々の自分の性格を忘れてしまった。兄に追い付きたくて優等生の振りをしていた時期もあれば、誰とも関わりたくなくてわざと心を閉ざした時期もあった。私の本当の性格って、一体どんなのだろう。今彼の前にいる私は、本来の私だと言えるのだろうか。


「手塚が言ってたよ。君は、表情豊かでよく笑う子だったって」
「…兄が貴方にそんなこと言うとは思えません」
「え〜…。僕って全然信用されてないんだね」


 そりゃそうでしょう。全然ってわけじゃないけど、信頼度で言えばかなり低いわ。だって貴方、何考えてるか分からないんだもの。いつも見えない壁で自分を包み込んでいる、そんな印象を受けてしまうんだもの。


「信用はしてないけど、仲間意識は持ってます」
「 どういう仲間意識?」
「 手塚国光が好きで堪らない」
「ブハッ…!」


 キャンバスの前で盛大に吹き出した彼を一瞥した私は、すぐに目を逸らすと素早く鉛筆を動かした。何だか良い絵が描ける気がする、そう思ったのだ。


「ふっ…、ふふふ。君、面白いこと言うね」
「事実でしょう?」
「まぁ…僕の場合は好きというよりかは憧れに近いのかな」
「私も似たようなもんです」


 もう一度、彼の顔を盗み見る。いつも怖いほどに整った顔が今日はほんの少し崩れていて、それがいつも以上に美しく見える。こんなベストショットを逃すものか、そんな思いでひたすらに手を動かしていた。


「…君も怪我がなかったら、テニス部に入ってた?」
「怪我がなければ、青学ここにはいませんよ。ずっとドイツで暮らしていたと思います」
「そっか」


 彼がそっぽを向いたのと私が鉛筆を置いたのはほぼ同時だった。我ながら素晴らしい出来だと思わず頬が緩む。


「笑った顔、初めて見たかも」
「私も、貴方が楽しそうに笑うところ初めて見ました」


 そう言ってキャンバスを差し出せば、細い彼の目が大きく見開かれる。勝手に描いたことに文句を言われるか、もしくは喜んでくれるか。どっちでも構わないけど、少なくとも私は今物凄く気分が良い。


「これが本当の貴方なんでしょうね」


 人物画は苦手だけど、今日は楽しく描けたと思う。モデルが良いと作品も良くなるのは当然だけど、別にこの絵をどうにかしたいとは思っていない。肖像権もあるだろうし、この人に差し上げようと思っていた。


「…上手だね」
「美術部ですからね、一応」
「これ、どうするの?」
「差し上げますよ。いらなければ貴方のファンにでも…」
「ありがとう。喜んで頂くよ」 


 彼が私の頭を軽く撫でた。思わずギョッとしてしまったけど、彼はそんな私を気にすることなく優しい笑みを浮かべていた。思えば、彼にこんな温かい眼差しを向けられたのはその日が初めてだった。




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