第五章

* * *



 あの日神社から帰った後、優里は高熱を出して一週間学校を休んだ。小学校の頃から皆勤賞を取っていた彼女には珍しいことで、いつもそこまで優里を気にかけない両親もかなり心配していた。


「私は平気だから、気にしてくれなくて良いよ」 
「気にしないなんて、できるわけないだろう」
「…もう飛び降りたりしないよ」
「そんなことしたら今度こそ許さんぞ」


 ベッドに横たわって苦笑いする妹の頬にそっと触れる。あの日大泣きしていたのが嘘なのではと思うほど整っている表情は、俺のよく知る彼女とは違っている。彼女は俺と距離を置いていた数年間でかなり変わってしまった。


「ずっと苦しい思いさせていたんだな。もっと寄り添うべきだった」


 彼女はこの一週間で、少しずつではあるが色んなことを語ってくれた。
 ずっと引っかかっていたドイツでの出来事も、全て語ってくれた。女性にとって最も恐ろしい経験を強いられた上に親友までも失いかけた、決して語りたくなかったであろう出来事までも語ってくれた。


「私が遠ざけていたの。側にいて欲しくなかった」
「それでも、お前を失うことに比べればずっとマシだ」
「…兄さんは優しいね」


 優しいもんか。俺はお前が幸村や真田と一緒にいることを素直に喜べなかった人間だぞ。お前が奴らに心を許していると知った時、やり場のない嫉妬で壊れそうになった最低の兄だぞ。


「でも、ずるいなぁ。…私ばかり追いかけて、貴方は私に見向きもしない。ずっと、そう思ってたの」
「…そんなわけないだろう。俺はお前をちゃんと見ていた」
「うん。分かってるよ、今は」


 力なく微笑む妹が愛おしい。初めて腹を割って話せた気がして堪らなく嬉しい。彼女と疎遠になる前でも、ここまで互いに素直になったことはなかった。


「優里」


 俺は、あの日初めて手塚優里という人間を真正面から見た気がする。彼女の内面の内面まで、嘘の上手い彼女が隠し続けてきたであろう奥深いところまで見えた気がする。


「生まれてきてくれてありがとう。俺の妹でいてくれて、ありがとう」


 あの日、踏み止まってくれてありがとう。俺の声に反応してくれてありがとう。生きていてくれて、本当にありがとう。




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