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第五章

♢♢♢ 第五章 ♢♢♢




 幸村精市が倒れたと知ったのは、冬休みが明けて少し経つ頃のことだった。前例もほぼ無い免疫系のもので、治るかどうかも怪しい難病だという。


「それ本当ですか?」
「本当みたいだよ」


 今私の目の前にいるのは、兄と同じ男子テニス部に所属している不二さんだ。学校で兄と話しているところを見られてからというもの、良いおもちゃを見つけたと言わんばかりに近寄ってくる彼のことは得意じゃないが、こうやって有益な情報をいち早く教えてくれるから案外悪くないとも思う。


「そうですか。神の子も、病気には勝てなかったみたいですね」
「優里ちゃんって、案外冷たいよね」


 昼休み、美術室で一人もくもくと絵を描いていた私の目の前に座る彼は、その奇麗な顔を微かに歪めていた。


「別に、特別冷たいわけでもないでしょう」
「冷たいよ」
「何故?」
「だって君、彼と友達だったんでしょ?」


 その瞬間、私の手から筆が転げ落ちた。幸いなことに被害を受けたのは床だけだが、私の心は穏やかじゃない。


「何を言っているんですか?」
「とぼけなくても良いよ。…乾のデータは正確だからね」


 なるほど、そういうことか。一瞬兄が喋ったのかと思ったが、彼は無闇に人のことを言いふらすような人間ではなかった。
 あの眼鏡のデータマンが喋ったのなら仕方ない。それこそ何故知っているのか気にはなるけど、彼に関しては気にしたら負けな気がする。


「昔の話です。もう何年も会ってませんから」


 さらっと嘘をつく私は悪い人間だろうか。私の脳裏には、あの日の二人の顔がこびり付いて離れないけど、それを悟られたくないと思うのは悪いことだろうか。


「でも、友達だったんでしょ?」
「それが何ですか?」
「そんな反応、冷たいよ」


 一体この人は何が言いたいんだろう。私がどんなことを言えば、どんな顔をすれば満足するんだろう。そもそも、この人はどうして今この場にいるんだろう。


「なら何ですか。泣けば良いんですか」
「素直になれば良いと思う」


 駄目だ、意味が分からない。やっぱり私はこの人が苦手。何を考えているのか分からないし、全てを見透かしたような奇麗な瞳が怖くて怖くて仕方ない。


「…意味が分かりません」


 私が立ち上がったのと同時に、休憩終了の予鈴が鳴る。いつもはうるさいチャイムの音が、今日は天からの救いに思えて少しだけ愉快になった。




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