第四章
♢♢♢ 第四章 ♢♢♢
青春学園に通い始めて二月が経とうとしたある日、少し余裕のできてきた私は思い出の地に足を踏み入れた。
1年半振りに訪れた神奈川は少しも変わっていない。たかが1年ちょっとで都市の景色が変わることなんてないだろうが、人は案外短期間で変わってしまうものだから、そう思うと都市の変化の無さは安心する。
特に何か用事があるわけではないけど、2年弱お世話になった街でもある。もちろん私の生活の拠点は東京だったけど、隣の神奈川は第二の故郷みたいなものだ。
「良かった…。どこも変わってない」
ここの河川敷、よく彼らと歩いて帰ったっけ。駅への分かれ道が見えないことを、毎日毎日祈ってたっけ。
「元気かなぁ、二人とも」
彼らは今どうしているだろう。私は結構情報通だから、彼らの中学での活躍は当然知っている。あの頃から既に強かったのだ、予想はしていたから大して驚きもしなかった。確か彼らの通う立海は、昨年も今年も全国一位だったはず。
「会いたいなぁ…。でも、会えないや」
そう、会えない。会わす顔がない。だって私、もうテニスやってないんだもの。あの子たちとの繋がりの全てだったテニスを切り捨てた今、私が彼らと会う理由も権利も無いのだ。
「会えないって、誰に?」
突然背後から聞こえてきた声に飛び上がりそうになる。幸い変な声は出なかったけど、心臓が口から飛び出そうなくらいには驚いた。
「ふふっ。…こんな場面、前もあったね」
「…どちら様?」
「いやいや、絶対分かってるでしょ。ねぇ、真田」
「全くだ。相変わらずお前は無礼だな」
そうよね、分からないわけがない。だって少しも変わってないんだもの。変わったとすれば、二人とも私より背が高くなって大人っぽくなったことくらいだ。
「ごめんごめん。まさかここにいるとは思ってなかったから」
「それはこっちの台詞だよ。…いつ日本に戻ってきたの?」
「…9月だから、1ヶ月前かな」
「そっか、結構最近なんだね。…なら仕方ないか」
「仕方ないって何が?」
「1年前とかであればぶん殴っていたという話だ」
「いや、さすがに殴らないけどね?真田じゃあるまいし」
「なっ…!さすがに女子に手は出さんわ!!」
「 さっき殴るって言ったじゃん」
「バカもん!!例えに決まっとるだろうが!」
ああ、なんだろうこの感じ。家族には悪いけど、我が家に帰った時よりもずっと懐かしくてずっと落ち着く。私は今日になってやっと、帰ってきたなぁという実感が湧いてきた。
「ふっ…あはははは!」
駄目だ我慢できない。やっぱり私この人たちが好き。だって、こんなに気持ち良く声を出して笑ったのはメイディが眠りについて以来だもの。
「ふっ…ふふふ、なんで、貴方たちそんなに楽しいの…」
なんで私、女なんかに生まれちゃったんだろうね。私が男で、今の家じゃなくて神奈川に生まれていたら、この人たちとずっと一緒にいられたかもしれないのに。
「悔しいなぁ…」
でも、私が男だったらあの子には出会えていなかった。私が兄さんの妹じゃなかったら、きっとテニスなんてしていなかった。
やっぱり全てを手に入れようなんて強欲なんだ。人生なんて思い通りにいかないのが普通なんだから。何かを諦めないと、何も手に入れられなくなってしまう。
「あのね、二人に話があるの」
だから私、貴方たちを手放すわ。きっと貴方たちにとっても、私は大した存在ではなかったはず。貴方たちは優しいから私を突き放しはしなかったけど、所詮私はうるさいよそ者でしかなかったはず。
「私、テニス辞めたの」
驚いたよね、失望したよね。もう私には何の価値もないでしょう?テニスができない私なんて、貴方たちからすればそこら辺の雑草以下でしょう?
「今日はお礼を言いに来たの。…あの時、仲良くしてくれてありがとう。それから、さようなら」
最後、二人をまとめて抱き締めた。ドイツに行く前よりも辛い別れ方になってしまうけど、何も言わずに終わらせてしまったあの日よりはマシなはず。「ありがとう」と「さようなら」、涼しい顔で言えた私は充分過ぎるほど頑張ったわ。
青春学園に通い始めて二月が経とうとしたある日、少し余裕のできてきた私は思い出の地に足を踏み入れた。
1年半振りに訪れた神奈川は少しも変わっていない。たかが1年ちょっとで都市の景色が変わることなんてないだろうが、人は案外短期間で変わってしまうものだから、そう思うと都市の変化の無さは安心する。
特に何か用事があるわけではないけど、2年弱お世話になった街でもある。もちろん私の生活の拠点は東京だったけど、隣の神奈川は第二の故郷みたいなものだ。
「良かった…。どこも変わってない」
ここの河川敷、よく彼らと歩いて帰ったっけ。駅への分かれ道が見えないことを、毎日毎日祈ってたっけ。
「元気かなぁ、二人とも」
彼らは今どうしているだろう。私は結構情報通だから、彼らの中学での活躍は当然知っている。あの頃から既に強かったのだ、予想はしていたから大して驚きもしなかった。確か彼らの通う立海は、昨年も今年も全国一位だったはず。
「会いたいなぁ…。でも、会えないや」
そう、会えない。会わす顔がない。だって私、もうテニスやってないんだもの。あの子たちとの繋がりの全てだったテニスを切り捨てた今、私が彼らと会う理由も権利も無いのだ。
「会えないって、誰に?」
突然背後から聞こえてきた声に飛び上がりそうになる。幸い変な声は出なかったけど、心臓が口から飛び出そうなくらいには驚いた。
「ふふっ。…こんな場面、前もあったね」
「…どちら様?」
「いやいや、絶対分かってるでしょ。ねぇ、真田」
「全くだ。相変わらずお前は無礼だな」
そうよね、分からないわけがない。だって少しも変わってないんだもの。変わったとすれば、二人とも私より背が高くなって大人っぽくなったことくらいだ。
「ごめんごめん。まさかここにいるとは思ってなかったから」
「それはこっちの台詞だよ。…いつ日本に戻ってきたの?」
「…9月だから、1ヶ月前かな」
「そっか、結構最近なんだね。…なら仕方ないか」
「仕方ないって何が?」
「1年前とかであればぶん殴っていたという話だ」
「いや、さすがに殴らないけどね?真田じゃあるまいし」
「なっ…!さすがに女子に手は出さんわ!!」
「 さっき殴るって言ったじゃん」
「バカもん!!例えに決まっとるだろうが!」
ああ、なんだろうこの感じ。家族には悪いけど、我が家に帰った時よりもずっと懐かしくてずっと落ち着く。私は今日になってやっと、帰ってきたなぁという実感が湧いてきた。
「ふっ…あはははは!」
駄目だ我慢できない。やっぱり私この人たちが好き。だって、こんなに気持ち良く声を出して笑ったのはメイディが眠りについて以来だもの。
「ふっ…ふふふ、なんで、貴方たちそんなに楽しいの…」
なんで私、女なんかに生まれちゃったんだろうね。私が男で、今の家じゃなくて神奈川に生まれていたら、この人たちとずっと一緒にいられたかもしれないのに。
「悔しいなぁ…」
でも、私が男だったらあの子には出会えていなかった。私が兄さんの妹じゃなかったら、きっとテニスなんてしていなかった。
やっぱり全てを手に入れようなんて強欲なんだ。人生なんて思い通りにいかないのが普通なんだから。何かを諦めないと、何も手に入れられなくなってしまう。
「あのね、二人に話があるの」
だから私、貴方たちを手放すわ。きっと貴方たちにとっても、私は大した存在ではなかったはず。貴方たちは優しいから私を突き放しはしなかったけど、所詮私はうるさいよそ者でしかなかったはず。
「私、テニス辞めたの」
驚いたよね、失望したよね。もう私には何の価値もないでしょう?テニスができない私なんて、貴方たちからすればそこら辺の雑草以下でしょう?
「今日はお礼を言いに来たの。…あの時、仲良くしてくれてありがとう。それから、さようなら」
最後、二人をまとめて抱き締めた。ドイツに行く前よりも辛い別れ方になってしまうけど、何も言わずに終わらせてしまったあの日よりはマシなはず。「ありがとう」と「さようなら」、涼しい顔で言えた私は充分過ぎるほど頑張ったわ。