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第三章

* * *



 兄の腕の故障を知ったのは、私が青春学園に通い始めて少し経つ頃だった。部屋でアイシングをしている彼を偶然見かけてしまったのだ。


「兄さん、怪我してるの?」
「いや、少し疲れただけだ。気にするな」
「…へぇ」


 嘘ね、何か隠している。でも、言いたくないなら無理には聞かない。そこまで干渉できるほど、私たちの仲は修復してないと思うから。
 でも、情報とは思いもよらないところから入ってくるものだ。私に事実を教えてくれたのは、兄の友人の大石さんだった。


「君、手塚の妹さんだよね?」
「…はい、手塚優里です」
「俺は大石秀一郎。手塚と同じ男子テニス部なんだ」


 花壇でぼーっと空を眺めていたものだから変に思われたのかもしれない。突然話しかけてきた丸頭の彼は、言葉には出さないけど心配そうな顔をしていた。


「良い天気だなと思ってたんです」
「あっ…ああそうだね!」 


 この人はきっと隠し事ができないタイプだ。良い人なんだろうけど、なんだか色々と損をしてそう。


「兄は部活ではどんな感じですか?」
「えっ…それはもう、真面目だよ真面目!」
「やっぱり兄が一番強いですか?」
「そりゃぁ、もちろん!」
「 先輩よりも?」
「 もちろん!」


 やっぱり兄は凄いのね。今や名前を知らない人はいないであろう全国区。きっと誰もが彼に憧れているのだろう。前までの私なら素直に喜べなかったんだろうけど、今はとても誇らしい。でも、少し不安ではある。


「僻まれてないですか?」


 昔の私のように、兄を目の敵にしている人はいるはずだ。ましてや彼はまだ2年生だから、立場的にも微妙なはず。


「…大丈夫だよ、今は」
「今は、ですか」
「…聞いてない?」
「兄はあまり自分のことを語りませんから」


 それは私も同じだけど。私たちは兄妹だけど、互いに秘密を抱えてる。私はテニスを辞めた本当の理由を言ってないし、兄は部活での出来事を全く話さない。きっとテニスを辞めた私への気遣いでもあるんだろうけど、そんなの必要ないのにな。


「1年生の時、手塚の強さに嫉妬した先輩がラケットで手塚の腕を殴ってね…。それ以来、手塚は左腕を痛めているんだ」


 思わず目を見開いた。まさか兄の故障がそんな理由だったとは。兄を僻む上級生の気持ちはよく分かるが、何故そんな酷いことができるのだろう。ラケットで殴るなんて、スポーツマンシップ以前に人間としてどうかしている。


「…どこに行っても、クズはいるんですね」


 本当、笑えない。人を傷付けるのはいつだって人だ。兄もメイディも、愚かな人間のせいで傷付いた。そしてその愚かな人間の中には私も含まれているということ、絶対に忘れてはならない。


「兄のこと、よろしくお願いします」


 私、あの子にも兄にも何もしてやれない。ただ祈ることしかできない。馬鹿げたこと言うけど、怪我を治す超能力とかがあれば良かったのに。




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