第三章

* * *



 妹がドイツから帰ってくると知った時、素直に嬉しかった。彼女は俺のことを嫌っていたが、俺は一度たりとも彼女を恨んだことはない。彼女の苦しみを分かってやれなかったことへの不甲斐なさはあったが、嫌われているからといって嫌いになれるほど単純な関係ではなかった。


「腕は大丈夫か?」
「うん、平気」
「大変だったな」
「う―ん」


 帰りの電車の中、どこか煮え切らない返事と共に苦笑いをした妹は寂しそうだった。もうテニスはできない、電話越しにそう言っていた彼女の声は無機質で何の感情も読み取れなかったが、今の彼女には今にも消えてしまいそうな脆さがある。


「兄さんも、怪我には気を付けてね」
「…ああ」


 俺も腕を痛めている。1年前のとある事件以来、この怪我と共にプレイせざるを得なくなった。でも、俺よりも更に酷い状態の彼女の前で言えることではない。彼女に比べれば、自分の怪我など大したことはない。


「…私ね、ドイツに置いてきたものがあるの。だからいつか、迎えに行く」


 窓の外を眺めながらポツリと呟いた妹の横顔は、以前に比べるとかなり大人っぽくなった。ドイツに行く前は長かった髪も、今は肩の辺りまで切られている。
 思えば、妹の顔をきちんと見たのはあの日以来かもしれない。


「そうか。…その時は俺も一緒に行こう」
「約束ね」


 彼女が微笑む。久しぶりに俺に向けられたその笑顔は、昔まだ俺たちの間に溝がなかった時のものと同じだ。
 長い間、一番近くて一番遠い存在だった妹がやっと戻ってきた。以前のような関係にはなれないかもしれないが、ここから新たな関係を築いていければそれで良い。




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