第三章

◇◇◇ 第三章 ◇◇◇




 中学1年生の9月、私は日本に戻ってきた。1年半ぶりの空港が懐かしくてキョロキョロしていた私の瞳に飛び込んできたのは、ずっと憎んでいた兄の姿だった。


「おかえり優里」
「…ただいま」


 きっと誰も迎えになど来ない、そう思っていたから驚いた。そして同時に、今まで彼の顔を見る度に思い出していた劣等感が消えていることに気付いた。


「来てくれなくても良かったのに」
「そう言うと思っていた」


 微かに眉を下げた兄は優しい目をしていた。思えば、兄とまともに口を聞いたのはあの日以来かもしれない。


「兄さん」


 こうやって貴方を呼ぶのもあの日以来だね。本当はずっと、あの日のことを謝りたかった。八つ当たりしてごめん、傷付けてごめんって謝りたかった。


「あの時、私酷いこと言ったよね。腹立ったよね。…ごめんなさい」
「…俺の方こそ、無神経だった」


 そんなことない。貴方はちゃんと私を見てくれていた。私のことを想ってくれていた。


「もう私、人を僻むのやめたから」
「…そうか」


 その時、兄は少しだけ悲しそうに微笑んだ。私がこの1年半で色々あったように、兄にも色々あったのだろう。私は全部を語れないけど、兄には全部を語って欲しい。中学ではどんな感じなのか、学校生活のことも部活のことも、全部全部聞かせて欲しい。


「帰り道、兄さんのことたくさん聞かせて」
「特に聞かせることもない。…俺はお前の話が聞きたい」
「ドイツは良い所だったよ。…兄さんは、夢を叶えてね」


 私の夢は何だったのだろう。多分、ドイツに行く前は両親に認めてもらうことだった。そしてそんな小さな夢のために、好きだったはずのテニスを利用したのだ。
 でも、あの子に会ってからは違う。私はあの時確かに、彼女と同じ道を歩みたいと思ったのだ。


「私はもう空っぽだから」


 私の夢は兄に託す。そしてこれからは新たな夢に生きるんだ。あの子の目覚めを祈りながら、強く正しく生きてみせるから。




1/3ページ
スキ