第二章

* * *



 幸せな日々は長くは続かない。これは世の中の決まりなんだろう。神様というものは残酷で、この日々が永遠に続きますようにと願えば願うほど反対のことをしてくるのだ。


「メイディ…」


 ベットの上で死んだように動かない彼女の頬をそっと撫でる。頭に包帯を巻いて、腕に点滴の管を何本も繋がれた彼女はいつ目を覚ましてくれるのだろう。ギブスで固定された右手で彼女に触れることができない、それがとてつもなく悔しかった。せめて最後に、彼女を両手で感じたかった。


「私を見て…お願いよ」


 ちょうど半月前、私と彼女は不幸にもある事件に巻き込まれた。否、正確には私が彼女を巻き込んだのだ。人身売買を行なっている組織に連れて行かれそうになった私を助けようと大胆に襲撃を仕掛けた彼女は、棍棒で頭を強打された上に私を連れて20mはあろう崖から飛び降りたのだ。


『大丈夫、私を信じて。必ず助かるから』


 怖くはなかった。どうせ飛び降りなくても待っているのは地獄だ。例え助からなくたって、彼女と一緒なら良いと思った。
 でも、こんな結末は望んでいない。今彼女のいる場所には私が行くべきだった。私だけこんな軽傷で済むなんて、あまりにも不公平じゃないか。


「メイディ…。私ね、テニス辞めることにしたの」


 当然返事は返ってこない。死んだように動かない、もう目を覚ますこともないかもしれない、私のせいで不幸になった優しい女の子。
 彼女の未来を奪った奴らを、私は決して許さない。


「怪我はきっと大したことないの。リハビリ頑張れば復帰できるかもしれないってお医者さんも言ってた。…でも、貴方がこんな状態なのに、私だけ楽しい事なんてできるわけない」


 私は今でもテニスが好き。貴方のおかげで思い出した。兄の背中を追いかけていた楽しい日々を、もう一度取り戻すことができた。全部全部貴方のおかげ。


「…だからこそ、テニスはもうやらない。貴方との思い出を閉じ込めて、日本に戻るわ」


 ごめんね。本当はずっと一緒にいたいけど、私はまだまだ子どもなの。自分の意志だけでドイツに残れるほどの力がないの。でも、きっといつか戻ってくるから。テニスは諦めてしまうけど、貴方のことは諦めない。例え何年かかろうとも、もう一度貴方の瞳に映れる日まで絶対に諦めないから。




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