第一章

♢♢♢ 第一章 ♢♢♢




 私は兄が嫌いだ。何をやっても私より優れている、そんな兄が憎くて憎くて堪らない。いっそ何か一つでも私より劣ってくれていたならまだ許せたけど、何一つ私には譲ってくれない。


「ずるいなぁ、ずるい。…いなくなってくれないかなぁ」


 そう言って、真っ暗な部屋で何度も兄を呪った。彼さえいなければ、私はこんなにも虚しい思いを抱くことはないのだから。
 今まで私のことを色眼鏡無しで見てくれた人はいない。両親ですらも、私を私としては見てくれなかった。父も母も、声を揃えてこう言うのだ。


「お前も国光のようになりなさい」
「もっと頑張りなさい」


 嫌だわ、本当に吐き気がする。私が何をしていても、どんなに頑張っていても、結局貴方たちは兄を引き合いに出して私を虐げるのね。血の滲むような努力をしても、兄に勝てなければ意味がないのね。


「お前は充分過ぎるほど頑張っている」
「何それ。慰めのつもり?」


 私を唯一見てくれていたのは兄だったのに、私は彼の言葉を素直に受け取れなかった。裏なんて一切ない言葉だと分かっていたのに、私のちっぽけなプライドは兄の優しさを全面的に拒否していた。


「お前は、最近全然笑わないな」
「誰のせいだと思ってるの?」


 そうよ、全部貴方のせい。貴方の存在が私を苦しめているのよ。それくらい分かっているくせに、気安く話しかけてこないで欲しい。私は貴方の顔さえ見たくないのだから。


「少なくとも俺のせいではないだろう?それはお前も分かっているはずだぞ」


 ああ、本当に嫌いだ。こういう風に正論を投げ付けてくるところも大嫌い。私の心の奥底までも見透かしたような、強く澄んだ瞳が大嫌い。


「そうよ、私が無能だから悪いのよ。…いくら頑張っても貴方に勝てない私のせいよ!!」
「…!!違う、そんなことは…」
「慰めなんていらない!!あんたに私の気持ちなんて分からないから!!一生、分かりっこないんだから!!」


 泣きながら自分の部屋に飛び込んだあの日、私と兄の間には大きな溝ができた。否、正しくは元々あった溝が更に深くなったのだ。それまでは辛うじて仲の良い兄妹に見えただろうが、この日を堺に他人以上家族未満の素っ気ない関係になってしまった。


「後悔なんてしてないから…」


 嘘。本当は死ぬほど後悔してる。兄を僻んでいたのは事実だけど、本当は嫌いなんかじゃないのだから。ずっとずっと憧れていて、兄の背中を追い続けて、がむしゃらに走り回る日々が楽しかった。心配しながらも認めてくれる、強く優しい兄が大好きだった。
 でも、兄を恨まなければ私は私を保てそうになかった。こんなにも弱く脆い自分に絶望しながらも、逃げるように兄を憎むようになったのだ。


「…嫌いよ、大嫌い」


 そう、これは戒めの言葉。私が私を見失わないための、愚かで悲しいまじないだ。例え誰も私を認めてくれなくたって、兄を憎み続けていれば幾分か救われる気がしたのだ。




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