一番星に手を伸ばす
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黄昏時 、と言うべきか。 太陽が姿を隠し、その名残で西の空が薄らとした赤に色付いている。そんな、どこか物悲しさを感じる時間帯に、西の空と同じ髪色の少女が一人で歩いていた。そよそよと吹いている風が、彼女の美しい髪を揺らす。
「…逢魔時 。」
顔にかかる髪を払いながら、少女はゆっくりと空に目をやる。薄暗くなっている空には、一番星が元気よく輝いていた。
「…今日は一段と綺麗だね。」
人は亡くなると星になると言われている。それならば、あの星は誰の命だろうか。少女の脳裏に浮かび上がってきた人物は、母親ではなく青い髪をした少年だった。
もう、何度思い出したか分からない。幾ら思っても、彼の姿が脳裏から離れる事は無かった。
母親を思っていた頃は、星を見る度に強くなれる気がしていた。しかし彼が消えてからは、星を見る度に弱くなっている。何故だか分からないが、どうしようもなく胸が痛み、気が付けば涙が溢れているのだ。
「…充。」
少女は、薄れる事を知らない彼の面影を思い、静かに涙を流す。何度か彼の名前を読んでみるけど、返事など来るはずが無かった。
あとどれくらいの時間を過ごせば、胸の痛みが消えるのだろうか。あとどれくらい泣けば、涙は枯れ果ててくれるのだろうか。
「…貴方が恋しい。」
いつも、不器用ながらに私を守ろうとしてくれていた、あの背中が恋しい。楽しそうにボールを追いかけていた、彼の背中が恋しくて堪らない。
「…あと、どれだけ待てば良い?」
これから先の人生、どれだけ耐えれば良いのだろう。
もちろん、今が辛い訳ではない。良い仲間に恵まれ、思いのままに好きな事をして、何一つ不満など無い。それなのに、時々どうしようもなく寂しくなって、いつの間にか居ない彼の名を呼んでいるのだった。
「…冴花?」
一人で涙を流していた少女に、誰かが声をかけた。少女はその声の主を知っていたが、振り向く事は出来なかった。両手で顔を覆い、溢れ出す涙を隠すのがやっとだった。
「…泣いてるの?」
心配そうに問いかけてくるその声を聞いて、彼女は思わず顔を上げた。涙で滲む視界の向こうには、戸惑ったような顔をした少年が立っていた。そして彼の顔を見た途端、少女の中で張り詰めていた糸が切れる様な音がした。
「…フロイ、私を犯して。」
自分でも、何を言っているのか分からない。しかし、得体の知れない感情で押しつぶされそうな今、何でも良いからすがり付きたかった。何もかも、どうでも良いと思いたかった。
「もう、嫌なの…。何もかもどうでも良い。何も考えたく無いから、全てが分からなくなるくらい滅茶苦茶にして…!!」
腕をぎゅっと掴み、悲しみに顔を歪めて必死に訴えてくる少女を、フロイは驚いた顔で見つめていた。彼女の熱が、洋服越しにも伝わってくる。
「あの子が居ない世界なんて…!!」
その言葉を聞いたフロイは、思わず彼女を抱き締めた。
彼女が、親友だった彼のことを想っていることは昔から知っていたが、ここまで取り乱している姿を見たのは初めてだった。きっと、隠していただけで本当は毎日の様に泣いていたのだろう。
「…辛いよね。良いんだよ、幾らでも泣けば良い。」
細っそりとした彼女の身体が微かに震える。そして、堰を切ったかの様に声を上げて泣き出した。
「うっ…!!ああぁ…!充…、充…!!」
腕の中で必死に彼の名を呼ぶ少女は、彼に想いを告げることが出来なかったのだ。それどころか、自分の想いに気付いてすらいない。何が何だか分からないまま、得体の知れない寂しさに苦しんでいたのだろう。
「…大丈夫、大丈夫だよ。」
子どもの様に泣きじゃくる少女を、更に強く抱きしめる。彼女の小さな頭をそっと撫でると、彼女は震える声で嘗ての親友の名を呼ぶのだった。
fin.
「…
顔にかかる髪を払いながら、少女はゆっくりと空に目をやる。薄暗くなっている空には、一番星が元気よく輝いていた。
「…今日は一段と綺麗だね。」
人は亡くなると星になると言われている。それならば、あの星は誰の命だろうか。少女の脳裏に浮かび上がってきた人物は、母親ではなく青い髪をした少年だった。
もう、何度思い出したか分からない。幾ら思っても、彼の姿が脳裏から離れる事は無かった。
母親を思っていた頃は、星を見る度に強くなれる気がしていた。しかし彼が消えてからは、星を見る度に弱くなっている。何故だか分からないが、どうしようもなく胸が痛み、気が付けば涙が溢れているのだ。
「…充。」
少女は、薄れる事を知らない彼の面影を思い、静かに涙を流す。何度か彼の名前を読んでみるけど、返事など来るはずが無かった。
あとどれくらいの時間を過ごせば、胸の痛みが消えるのだろうか。あとどれくらい泣けば、涙は枯れ果ててくれるのだろうか。
「…貴方が恋しい。」
いつも、不器用ながらに私を守ろうとしてくれていた、あの背中が恋しい。楽しそうにボールを追いかけていた、彼の背中が恋しくて堪らない。
「…あと、どれだけ待てば良い?」
これから先の人生、どれだけ耐えれば良いのだろう。
もちろん、今が辛い訳ではない。良い仲間に恵まれ、思いのままに好きな事をして、何一つ不満など無い。それなのに、時々どうしようもなく寂しくなって、いつの間にか居ない彼の名を呼んでいるのだった。
「…冴花?」
一人で涙を流していた少女に、誰かが声をかけた。少女はその声の主を知っていたが、振り向く事は出来なかった。両手で顔を覆い、溢れ出す涙を隠すのがやっとだった。
「…泣いてるの?」
心配そうに問いかけてくるその声を聞いて、彼女は思わず顔を上げた。涙で滲む視界の向こうには、戸惑ったような顔をした少年が立っていた。そして彼の顔を見た途端、少女の中で張り詰めていた糸が切れる様な音がした。
「…フロイ、私を犯して。」
自分でも、何を言っているのか分からない。しかし、得体の知れない感情で押しつぶされそうな今、何でも良いからすがり付きたかった。何もかも、どうでも良いと思いたかった。
「もう、嫌なの…。何もかもどうでも良い。何も考えたく無いから、全てが分からなくなるくらい滅茶苦茶にして…!!」
腕をぎゅっと掴み、悲しみに顔を歪めて必死に訴えてくる少女を、フロイは驚いた顔で見つめていた。彼女の熱が、洋服越しにも伝わってくる。
「あの子が居ない世界なんて…!!」
その言葉を聞いたフロイは、思わず彼女を抱き締めた。
彼女が、親友だった彼のことを想っていることは昔から知っていたが、ここまで取り乱している姿を見たのは初めてだった。きっと、隠していただけで本当は毎日の様に泣いていたのだろう。
「…辛いよね。良いんだよ、幾らでも泣けば良い。」
細っそりとした彼女の身体が微かに震える。そして、堰を切ったかの様に声を上げて泣き出した。
「うっ…!!ああぁ…!充…、充…!!」
腕の中で必死に彼の名を呼ぶ少女は、彼に想いを告げることが出来なかったのだ。それどころか、自分の想いに気付いてすらいない。何が何だか分からないまま、得体の知れない寂しさに苦しんでいたのだろう。
「…大丈夫、大丈夫だよ。」
子どもの様に泣きじゃくる少女を、更に強く抱きしめる。彼女の小さな頭をそっと撫でると、彼女は震える声で嘗ての親友の名を呼ぶのだった。
fin.