星降る夜に
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
蘇芳色の少女が、誰もいない部屋で大きなため息を吐いた。そして窓を開けると、吐いた息を取り戻すかの如く外の空気を大きく吸い込んだ。
明日、イナズマジャパンはロシアへ旅立つ。アジア予選を終え、本大会が開催されるロシアへと向かうのである。
少女の1番の悩みの種は、第4試合目のサウジアラビア戦で解決された。
ずっと、これで良いのかと思いながらも、なす術無く彼の味方でいることを選び、過ちを犯した。何があっても彼の隣にいることが、守るということだと思っていた。
でも、それは間違いだと気付いた。いや、本当は最初から分かっていたのだ。ただ、自分一人ではどうしようもないとどこかで諦めていた。そして、自分は心のどこかで充が生きていると錯覚したかったのだ。嘘でも良いから、充と光の両方が存在する世界で生きていたかった。
あり得ない、叶いもしない夢を見ていたのは光じゃなくて冴花自身だったのかもしれない。
「それくらい、貴方達のことが好きだった…。
本当に、家族だったんだよ。…心から愛していた。」
思いの丈を声に出してみるけど、充には一生届かない。
きっと、光の中で自分たちを見守ってくれているはずだ。そして、二度と現れることは無いのだろう。
「…ああ、せめてもう一度会いたい。」
冴花は物悲しげな顔で空を見上げた。藍色の空には、キラキラと無数の星達が輝いている。
藍色は、彼らの色だ。その藍色に浮かぶ星々の中に、充がいるのだろう。
充は、数年前の事故で星となり、光を心配して戻ってきた。そして自分の役目を終え、再び空へと帰っていった。
解離性同一障害なんて、そんな簡単な病名で片付けて欲しくない。実際その通りなのだが、違う。
夢なんかじゃなくて、あの時は確かに充と光が存在していた。
きっと、自分が彼らの為に出来ることなんて最初から無かった。ただ、彼らが自立する日を待つだけで良かったのだ。
そう思うと、冴花は幾分か気が楽になった。
「さよなら、充。…愛してたよ。光のことは任せて。
…どうか見守っていて、私たちのこと」
無数の星々のどこかに充がいる。きっと、届いたはず。
「冴花」
背後から声がした。彼女は驚いて後ろを振り返る。そして、目を見開くと声の主の方へ近付き手を伸ばした。しかし、あと少しで触れるという所で動きを止めた。
「…幽霊なの?…触れられないの?」
今冴花の目の前にいる人物は、この世にいるはずのない人物だ。そして、彼女が会いたいと願った人物でもあった。
「…幽霊じゃない。触れるよ。」
その人物は、自分の目の前で動きを止めていた冴花の手を優しく握り、微笑んだ。
驚きと不安の表情を浮かべていた冴花は、彼の体温を感じると顔を綻ばせた。そして、もう片方の手で、自分の手を包み込んでいる彼の手を優しく握った。
「ああ、充。…来てくれたんだね。」
冴花は目を閉じ、彼の手を自分の頬に引き寄せた。
その表情は、普段の凛々しく美しい笑顔とは違い、母が子を慈しむ様な優しい笑顔だった。
「聞こえたよ、お前の声。」
そう言う充の表情は、愛しい人を見る者のそれそのものであった。そして彼は、ゆっくりと冴花を抱き寄せた。
「ずっと、辛い思いさせてごめん。
でも、お前のこと本気で好きだった。」
充の体温を感じながら、今が現実であることへの喜びを噛みしめ、冴花は優しく充を抱きしめる。
「貴方のせいで辛い思いをしたことなんてない。
私は、充のこと愛してたよ。ううん、愛してる。」
貴方のこと、家族だと思っている。言葉では言い表せないくらい、大切な人。
「私の恩人だよ。今の私があるのは貴方のおかげ。本当にありがとう。…忘れないよ、絶対に。」
その言葉を聞いた充は、冴花を抱きしめている腕の力を強めた。彼女が命を全うするまで、二度と感じることの出来ない温もりを焼き付けるかの様に、その腕に力を込める。
「ああ。その言葉だけで十分だ。…光を頼む。」
自分の想いは伝えた。きっと彼女は、俺の本当の気持ちに気付くことは無いのだろう。でもそれで良い。彼女の家族になれた、その事実だけで十分だ。
「さよなら、冴花」
充はゆっくりと冴花から体を離す。冴花は、離れていく彼の体に手を添えて微笑んだ。
「さよなら、充。ゆっくり休んで」
充がにっと笑った次の瞬間、彼の体から力が抜けその場に座り込んだ。
「…あれ、冴ちゃん?」
不思議そうに辺りを見回した後 、冴花を見て首を傾げたのは一星光だった。
冴花は光に目線を合わせると、こう言った。
「光。貴方は私の恩人で、大切な家族だよ。
私を変えてくれてありがとう。昔も今も変わらず、貴方のこと愛してる。これからも宜しくね」
fin.
蘇芳色の少女が、誰もいない部屋で大きなため息を吐いた。そして窓を開けると、吐いた息を取り戻すかの如く外の空気を大きく吸い込んだ。
明日、イナズマジャパンはロシアへ旅立つ。アジア予選を終え、本大会が開催されるロシアへと向かうのである。
少女の1番の悩みの種は、第4試合目のサウジアラビア戦で解決された。
ずっと、これで良いのかと思いながらも、なす術無く彼の味方でいることを選び、過ちを犯した。何があっても彼の隣にいることが、守るということだと思っていた。
でも、それは間違いだと気付いた。いや、本当は最初から分かっていたのだ。ただ、自分一人ではどうしようもないとどこかで諦めていた。そして、自分は心のどこかで充が生きていると錯覚したかったのだ。嘘でも良いから、充と光の両方が存在する世界で生きていたかった。
あり得ない、叶いもしない夢を見ていたのは光じゃなくて冴花自身だったのかもしれない。
「それくらい、貴方達のことが好きだった…。
本当に、家族だったんだよ。…心から愛していた。」
思いの丈を声に出してみるけど、充には一生届かない。
きっと、光の中で自分たちを見守ってくれているはずだ。そして、二度と現れることは無いのだろう。
「…ああ、せめてもう一度会いたい。」
冴花は物悲しげな顔で空を見上げた。藍色の空には、キラキラと無数の星達が輝いている。
藍色は、彼らの色だ。その藍色に浮かぶ星々の中に、充がいるのだろう。
充は、数年前の事故で星となり、光を心配して戻ってきた。そして自分の役目を終え、再び空へと帰っていった。
解離性同一障害なんて、そんな簡単な病名で片付けて欲しくない。実際その通りなのだが、違う。
夢なんかじゃなくて、あの時は確かに充と光が存在していた。
きっと、自分が彼らの為に出来ることなんて最初から無かった。ただ、彼らが自立する日を待つだけで良かったのだ。
そう思うと、冴花は幾分か気が楽になった。
「さよなら、充。…愛してたよ。光のことは任せて。
…どうか見守っていて、私たちのこと」
無数の星々のどこかに充がいる。きっと、届いたはず。
「冴花」
背後から声がした。彼女は驚いて後ろを振り返る。そして、目を見開くと声の主の方へ近付き手を伸ばした。しかし、あと少しで触れるという所で動きを止めた。
「…幽霊なの?…触れられないの?」
今冴花の目の前にいる人物は、この世にいるはずのない人物だ。そして、彼女が会いたいと願った人物でもあった。
「…幽霊じゃない。触れるよ。」
その人物は、自分の目の前で動きを止めていた冴花の手を優しく握り、微笑んだ。
驚きと不安の表情を浮かべていた冴花は、彼の体温を感じると顔を綻ばせた。そして、もう片方の手で、自分の手を包み込んでいる彼の手を優しく握った。
「ああ、充。…来てくれたんだね。」
冴花は目を閉じ、彼の手を自分の頬に引き寄せた。
その表情は、普段の凛々しく美しい笑顔とは違い、母が子を慈しむ様な優しい笑顔だった。
「聞こえたよ、お前の声。」
そう言う充の表情は、愛しい人を見る者のそれそのものであった。そして彼は、ゆっくりと冴花を抱き寄せた。
「ずっと、辛い思いさせてごめん。
でも、お前のこと本気で好きだった。」
充の体温を感じながら、今が現実であることへの喜びを噛みしめ、冴花は優しく充を抱きしめる。
「貴方のせいで辛い思いをしたことなんてない。
私は、充のこと愛してたよ。ううん、愛してる。」
貴方のこと、家族だと思っている。言葉では言い表せないくらい、大切な人。
「私の恩人だよ。今の私があるのは貴方のおかげ。本当にありがとう。…忘れないよ、絶対に。」
その言葉を聞いた充は、冴花を抱きしめている腕の力を強めた。彼女が命を全うするまで、二度と感じることの出来ない温もりを焼き付けるかの様に、その腕に力を込める。
「ああ。その言葉だけで十分だ。…光を頼む。」
自分の想いは伝えた。きっと彼女は、俺の本当の気持ちに気付くことは無いのだろう。でもそれで良い。彼女の家族になれた、その事実だけで十分だ。
「さよなら、冴花」
充はゆっくりと冴花から体を離す。冴花は、離れていく彼の体に手を添えて微笑んだ。
「さよなら、充。ゆっくり休んで」
充がにっと笑った次の瞬間、彼の体から力が抜けその場に座り込んだ。
「…あれ、冴ちゃん?」
不思議そうに辺りを見回した後 、冴花を見て首を傾げたのは一星光だった。
冴花は光に目線を合わせると、こう言った。
「光。貴方は私の恩人で、大切な家族だよ。
私を変えてくれてありがとう。昔も今も変わらず、貴方のこと愛してる。これからも宜しくね」
fin.
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