第1章

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 一点の曇りもない青々とした空の下には、無機質な色をした墓石が幾つも並べてある。そこは、亡くなった鬼殺隊員が弔われている場所だった。
 昼間にも関わらず閑静としたその場を、一人の少女が花束を抱えて歩いていた。気が遠くなりそうな数の墓石から、迷うことなく目当ての場所へ辿り着いた少女は、ゆっくりと地面に跪いた。


「来たよ、旭」


 少女は微笑むと、両端に置かれている花瓶に手を伸ばし、抱えていた花束を綺麗に生けた。桃色と緑の混ざった花瓶を見て満足気に笑う少女は、生けられた花に引けを取らないくらい美しかった。


「今日で、貴方が居なくなってから5年が経つのね。…時が経つのは早いわ」


 少女は目を細めると、墓石に掘られた名前をじっと見つめる。



" 氷向旭ひなたあさひ "



 わずか9歳でこの世を去った、彼女のたった1人の弟だった。剣士でなかったにも関わらず、不幸にも鬼の手に掛かってしまった哀れな少年だった。


「こんな私でも、まだ生きているのよ。…貴方が守ってくれたこの命、無駄にはしないわ」


 少女は泣き笑いの様な表情を浮かべると墓石に刻まれた名前を優しく指でなぞった。


めい


 背後から聞こえてきたその声に、少女は驚きの表情で後ろを振り返った。
 そこには、穏やかな微笑みを称えた青年が立っていた。青年の額は、火傷でも負ったかの様に焼きだだれている。そして、その両脇には小さな少女が2人、彼を支えるかの様に付き添っていた。


「お館様…!」


 とっさに体制を整えようとした少女を、お館様と呼ばれた人物が制す。


「ああ、良いんだよそのままで」


 やんわりとした心地の良い彼の声に、少女は思わず聞き惚れてしまった。何度も何度も聞いているその声は、高ぶっていた鼓動を落ち着かせるかの如くすっと彼女の中へと入っていく。


「今日は旭の命日だね。…私にも、祈らせてくれるかい?」


 穏やかな表情のまま近付いてきた彼に、少女はパッと端へと移動して道を開けた。


「勿論です…!!」


 どくんどくん、と波打つ鼓動が徐々に収まっていく。少女はそっと自分の胸に右手を当てると、小さく深呼吸した。そして、弟の墓の前で手を合わせる青年の横顔をじっと見つめた。痛々しい額にも関わらず、青年はこの世の者とは思えぬ程美しかった。
 ゆっくりと瞳を開けた青年は、少女の方に向き直ると再び優しい笑みを浮かべた。


「大丈夫、鳴はちゃんと旭の思いを繋いでるよ。…君に生きて欲しいというのが、あの子の思いだった」


 青年のその言葉に、少女は思わず紅の美しい瞳を大きく見開いた。収まっていたはずの鼓動が、再び早く音を刻み出す。


「私は、君が幼い頃からずっと君のことを見ていた。辛い出来事を乗り越えて、この鬼殺隊を支えてくれている君は私の誇りだよ」


 少女の頭に、青年の大きな手が置かれる。不思議な声音のせいか、はたまた彼の優しい言葉のせいか、少女は不意に泣きそうになった。


「時が経つのは早い…。幼かった君が、今となっては柱の中でも古参だ」


 青年は、我が子の成長を実感した父親の様な表情で少女を見つめる。彼の脳裏には、10にも満たない幼い少女の姿が浮かび上がっていた。


「勿体ないお言葉ですわ。…私は今でも、自分が柱で良いのか分からなくなります。でも、少なくとも私の力で救われた命がある。それだけが救いでございます。…お館様にそう仰って頂けることが、何よりの喜びでございます」


 今にも泣き出しそうな顔で微笑む少女は、最愛の弟を失い心を閉ざしていた頃、自らを救ってくれた神の様な青年に深々と頭を下げる。
 青年はそんな彼女を少し悲しげな表情で見つめていたが、やがて再び口を開いた。


「近いうちに、何か大きな出来事が起こる。…それは、長い間待ちわびていた希望の光かもしれない」


 少女から目をそらし、真っ青な空を見上げて目を細める彼は、本当に神の様だった。
 先程までと変わらない穏やかな彼の表情の中に微かな興奮を見出した少女は、一瞬その美しい顔を強張らせた。ずっと彼に仕えていた少女は、彼のそんな表情を見るのは初めてだった。


「…左様ですか。それは、楽しみでございます」


──出来ることなら、私が貴方にその様な表情をさせて差し上げたかった。


 その言葉を飲み込み、氷向鳴子ひなためいこはにっこりと綺麗な笑みを浮かべた。




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