【第2回】正月





 冴花はFFI終了後、幼い頃からずっと一緒に居た一星光と別れ、ロシアに残ることを決意した。それは、彼にはもう自分以外の仲間が居るから、自分が居なくても強く生きていけると確信したからである。そしてロシアに残り、自分たちを救い苦しめたオリオン財団の行末を近くで見守りたかった。
 そんな彼女だが、大晦日になると日本に戻り、一星が暮らしている寮に泊まっていくのだった。


「新妻さんてさ、中々一星くん離れ出来ないよね。」


 そう言ってからかうような顔をするのは、野坂悠馬である。
 現在、野坂、西蔭、一星、冴花の4人が1室に集まって談話している。冴花は、面白そうに自分の方を見ている野坂に目をやると、ふっと軽く微笑んだ。


「出来るわけないでしょ、弟は何歳になっても可愛いんだから。」


 冴花と一星は、決して姉弟ではない。その関係を世間一般的に表すとすれば、幼馴染みである。しかし、冴花も一星もお互いのことを家族の様に思っており、その絆は本当の家族よりも強いかもしれない。


「あはは…。冴ちゃんはいつまで俺の所に戻って来てくれるんだろうね。いつか来てくれなくなるんじゃないかって思うと寂しいよ。」


 一星は少し物悲しそうな笑みを浮かべ、隣に座っている少女の綺麗な髪をそっと撫でた。紅色と紫色が混ざった様な、不思議な色をした髪の毛が、彼の手に触れると微かに揺れて輝いた。


「何言ってるの。会いに来るよ、この先もずっと。貴方が、貴方達が私の帰る場所なんだから。」


 自分の髪に触れていた彼の手を優しく握り、冴花は優しい笑顔でそう言った。すっかり大きく逞ましくなった一星の手を、あれから成長したのか分からない自分の小さな手で精一杯包み込む。とても、片手では事足りなかった。


「…野坂さん、これは浮気には入らないのでしょうか?」


 2人のやり取りを見ていた西蔭が、隣に座っている野坂に問いかける。野坂は肩をすくめると、「どうかな」と言って笑った。


「まあ、それはフロイ君が決めることなんじゃないかな。」


 それを聞いて苦笑する一星の隣で、冴花はやや怪訝そうな顔をして野坂達を見た。


「浮気だなんて人聞きの悪い…。貴方たちは、家族と触れ合ってる恋人に対して浮気だなんて言うの?」


 意味が分からないとでも言いたげな少女の顔を見て、野坂は顎に手を当て考える素振りをした。


「どうかなぁ…。僕は家族というものが良く分からないから何とも言えないけど、恋人が他の男に触れてるなんて考えたら腹わたが煮えくり返るよ。」


 そんな野坂に、冴花は眉間にシワを寄せると「小さい男だな」と吐き捨てた。しかし、口ではそう言っているが、彼女も彼の言う事は一理あると思っていた。
 容赦無い批判を食らった野坂だが、気分を害する様子もなく楽しそうに笑っていた。


「厳しいなぁ、新妻さんは。…でも、男ってそんなもんだよ。ねえ一星くん。」


 急に話を振られた一星は、「ええ、俺ですか!?」と困った顔をした。しかし彼は、かつて兄が乗り移っていた時に少女に抱いていた感情を覚えており、その感覚は今でもぼんやりと思い出せるのだった。


「きっと、男だけじゃない。人間なんて、皆そんなものだよ。」


 一星の代りに、冴花が静かに答えた。伏せ目がちに微笑む彼女は美しさに加えて色気まで漂い、彼らは時の流れを感じずには居られなかった。








 野坂と西蔭が去った後、2人は暫くその場で談笑していた。他愛の無い会話を繰り広げていた彼らだったが、不意に訪れた沈黙に、冴花はそっと目を伏せた。


「…光。貴方にもね、好きな子ぐらいは居るでしょう?その子が貴方に、私に会わないで欲しいって言うのなら、その願いを聞いてあげて。」


 恋を知った彼女は、彼に視線を戻すと優しい笑みを浮かべて言葉を続けた。恋という感情が、ただ美しい物では無いということを知ってしまったからこそ、いずれは訪れるであろう試練を覚悟していた。
 自分たちが幾ら家族だと言い張っても、周囲から見たらそうではない。周囲はどうしても、異性の他人同士だと認識してしまうのだろう。


「私は、光が生きているならそれで良い。ここに居れば、私が心配することなんて何も無い。…仲間を大切にするんだよ。」


 今までの様に、彼の側に居ることは叶わないかもしれない。でも、例え離れていても同じ空の下に立っていられるならそれで良い。そして、時々その声を聞かせてくれさえすれば十分だ。それが、家族愛というものだろう。


「寂しいこと言わないでよ、冴ちゃん。…俺は、好きな人にも堂々と冴ちゃんのこと紹介するよ。俺の大切な家族だって。」


 一星の優しい声を聞いた彼女は、「ありがとう」と綺麗に笑った。




fin.
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