【第1回】クリスマス
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ロシアの冬は寒い。毎年冬になると、冴花は日本の気候が恋しくなる。もちろん日本の冬も寒いのだが、夏には確かに流れていたはずの河が跡形もなく凍りつくほどの寒さではなかった。
「ああ、寒い!早く家で暖まりたい!」
冴花は、被っていたコートのフードを両手でギュッと掴んだ。そんな彼女を見たフロイは、軽やかな笑い声を上げた。
「あははっ。本当に君は寒さに弱いよね。」
先程と体勢を変えることなく、こくこくと頷く少女の肩をフロイは優しく抱き寄せた。驚いたのか、少女の細い肩がびくりと震え、綺麗な薄紫色の瞳が大きく見開かれた。でもきっと心臓の速さなら自分の方が速い、と彼は思った。
「くっついたら、少しは温かくなるかと思って。」
鼓動の速さを悟られぬ様、ゆっくりはっきりと言い訳を述べる。本当は、何でも良いから彼女に触れたかった。
そんな彼の想いに気付いているのか気付いていないのか、冴花はふっと微笑むと彼の首元に自分の頭を預け目を閉じた。
「うん、本当だね。…温かい。」
自分より少しだけ背が高いだけなのに、何故だかとても逞しく感じる。そして、包み込んでくれる様なこの温もりが心地良かった。
そんな穏やかな気持になっている冴花とは対照的に、フロイは予想外の彼女の行動に戸惑っていた。好きな子にこんな可愛いことをされて嬉しくない訳がない。でもそれ以上に、蓋をしたはずの想いが溢れ出してしまいそうで怖かった。
「フロイといると落ち着くわ…。何かね、弱くても良いんだって思えるの。」
冴花は、彼の首元に埋めていた頭を少しだけ動かすとそう言った。彼女にとって、彼は温もりそのものだった。まるで母親の様に、いつだって優しく包み込んでくれる。
フロイは、自分に心を許し甘えてくれる少女が愛おしくて堪らなかった。彼女の吐息が首にかかる度に身体中が熱くなり、鼓動が更に速くなる。このまま彼女を攫っていけたならどんなに良いだろう。彼女の美しい瞳に、自分だけが写ったならどんなに良いだろう。
そんな想いを押し殺して、彼は冴花の頭にぽんっと手を置いた。
「冴花、信号青になったよ。…行こうか。」
その言葉に、冴花はゆっくりと目を開けると、名残惜しそうに彼から離れた。しかし、離れた途端に襲ってきた寒さに耐えかねて、再び彼の腕にしがみついた。
「無理!寒すぎて1人じゃ歩けない!…ね、フロイ良いでしょ?今日だけ、くっついて歩かせて?」
上目遣いで懇願してくる愛らしい少女に、思わず手を伸ばしたくなる、そんな衝動を必死に抑え、フロイは優しく微笑んだ。
「…良いよ。君が望むなら幾らでも、喜んで。」
ありがとう、と嬉しそうに笑う少女は、彼と違って恋を知らない。だからどこまでも、無邪気で残酷だった。
「ふふっ。今の私たち、側から見たら誰もが羨む美男美女カップルだよね。」
恋を知っている少年は、その言葉が本当ならどんなに良いかと思いながら、本心を隠すかの如く戯けた調子で相槌を打つのだった。
fin.
ロシアの冬は寒い。毎年冬になると、冴花は日本の気候が恋しくなる。もちろん日本の冬も寒いのだが、夏には確かに流れていたはずの河が跡形もなく凍りつくほどの寒さではなかった。
「ああ、寒い!早く家で暖まりたい!」
冴花は、被っていたコートのフードを両手でギュッと掴んだ。そんな彼女を見たフロイは、軽やかな笑い声を上げた。
「あははっ。本当に君は寒さに弱いよね。」
先程と体勢を変えることなく、こくこくと頷く少女の肩をフロイは優しく抱き寄せた。驚いたのか、少女の細い肩がびくりと震え、綺麗な薄紫色の瞳が大きく見開かれた。でもきっと心臓の速さなら自分の方が速い、と彼は思った。
「くっついたら、少しは温かくなるかと思って。」
鼓動の速さを悟られぬ様、ゆっくりはっきりと言い訳を述べる。本当は、何でも良いから彼女に触れたかった。
そんな彼の想いに気付いているのか気付いていないのか、冴花はふっと微笑むと彼の首元に自分の頭を預け目を閉じた。
「うん、本当だね。…温かい。」
自分より少しだけ背が高いだけなのに、何故だかとても逞しく感じる。そして、包み込んでくれる様なこの温もりが心地良かった。
そんな穏やかな気持になっている冴花とは対照的に、フロイは予想外の彼女の行動に戸惑っていた。好きな子にこんな可愛いことをされて嬉しくない訳がない。でもそれ以上に、蓋をしたはずの想いが溢れ出してしまいそうで怖かった。
「フロイといると落ち着くわ…。何かね、弱くても良いんだって思えるの。」
冴花は、彼の首元に埋めていた頭を少しだけ動かすとそう言った。彼女にとって、彼は温もりそのものだった。まるで母親の様に、いつだって優しく包み込んでくれる。
フロイは、自分に心を許し甘えてくれる少女が愛おしくて堪らなかった。彼女の吐息が首にかかる度に身体中が熱くなり、鼓動が更に速くなる。このまま彼女を攫っていけたならどんなに良いだろう。彼女の美しい瞳に、自分だけが写ったならどんなに良いだろう。
そんな想いを押し殺して、彼は冴花の頭にぽんっと手を置いた。
「冴花、信号青になったよ。…行こうか。」
その言葉に、冴花はゆっくりと目を開けると、名残惜しそうに彼から離れた。しかし、離れた途端に襲ってきた寒さに耐えかねて、再び彼の腕にしがみついた。
「無理!寒すぎて1人じゃ歩けない!…ね、フロイ良いでしょ?今日だけ、くっついて歩かせて?」
上目遣いで懇願してくる愛らしい少女に、思わず手を伸ばしたくなる、そんな衝動を必死に抑え、フロイは優しく微笑んだ。
「…良いよ。君が望むなら幾らでも、喜んで。」
ありがとう、と嬉しそうに笑う少女は、彼と違って恋を知らない。だからどこまでも、無邪気で残酷だった。
「ふふっ。今の私たち、側から見たら誰もが羨む美男美女カップルだよね。」
恋を知っている少年は、その言葉が本当ならどんなに良いかと思いながら、本心を隠すかの如く戯けた調子で相槌を打つのだった。
fin.
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