とある少女の物語【過去編】




 新妻冴花という少女は、昔から嘘が上手かった。
 俺が初めて彼女の存在を知ったのは、学校で友人に囲まれてにこやかに笑っている姿を見た時だった。あの日、歳の割に大人びていて綺麗な子だと思った記憶がある。
 でもそれ以上に、彼女が浮かべていた人形の様に美しい笑みがどこか不自然で、不気味だと思った。直感的に、無理していると感じた。

 俺は、昔から思ったことは直ぐに口に出してしまう質で、初めて彼女と言葉を交わした時、思わず溢れてしまったあの言葉が、彼女を傷つけたことをずっと気にしていた。
 だからあの雨の日、彼女と巡り合わせてくれた神に感謝している。そして、ずっと我慢していたであろう心の内を吐き出してくれた彼女を、守ってやりたいと思った。


「これ、ありがとう。ちゃんと洗濯したから汚くないよ。」


 雨が降った次の日、冴花は俺が貸した服を綺麗に洗濯して教室まで持ってきてくれた。わざわざ先生に俺のクラスを聞いて、届けに来たのだった。


「それから、昨日のことは全部忘れてね。」


 冴花は俺の耳元に口を近付けると、やや低い声でそう言った。ふんわりと甘い匂いが鼻をかすめ、心臓がどくんと大きく脈を打った。


「じゃあね。」


 ふっと笑って踵を返した彼女の腕を、無意識のうちに掴んでいた。想像以上に細かったその腕が、驚きの表情から微かに読み取れる恐怖が、俺の胸を締め付けた。


「今日の放課後、遊ばないか?」


 気が付けばそんなことを口走っていた。特に考えがあった訳ではないが、彼女を一人にしたくないと思った。


「…突然なに?それは、脅しのつもりか?」


 明らかに警戒している彼女に、慌てて弁明しようとした。でも、本当のことを言えば彼女は絶対に断ると思った。


「ああ、そうだよ。昨日のこと、全部忘れてやる。その代わり、放課後は毎日俺のために時間を使え。」


 我ながら、らしくないと思った。こんな悪人みたいな真似、したくなかった。
 きっと彼女は、俺のことを良く思っていない。それは構わないのだが、彼女が一瞬浮かべた恐怖の表情が、俺の胸に突き刺さった。


「…分かった。その条件、飲むよ。」


 どうせ、家に居場所はない。そう言って諦めたような笑みを浮かべる彼女は、今にも消えてしまいそうだった。
 こんなにも悲しそうな顔をしている少女に、どうして今まで誰も気付いてやれなかったのだろう。その答えは分かっているが、本当の彼女を知ってしまった以上、放っておくことはできなかった。




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