とある少女の物語【過去編】







 母の葬儀で、一つ分かったことがある。それは、父と母は親族から良く思われていなかったということだ。これは後に母の遺言から知らされた事実なのだが、両親は駆け落ちだったらしい。そういえば私は親戚に会ったことが無いなぁと、その時初めて思った。
 でも、両親の経歴が何であろうと私には関係なくて、心から愛した人を失っても娘にひたすら愛情を注いだ彼女は、私の憧れで自慢の母親だった。

「息子を誑かしたあの女にそっくりだ。こんな子供、引き取れる訳なかろう。」
「何を言うか。誑かしたのはお宅の息子だろう。あんな男の子供など引き取らん。それに、娘とは縁を切っている。我々には関係ないことだ。」

 母の遺骨を抱いて俯いていた私の頭上を、心無い大人たちの会話が飛び交っていた。私はその時初めて祖父母に会ったが、彼らは私を見るなり顔をしかめたのだった。
 そして、自分はこの先母がいた時の様に幸せにはなれないと、幼ながらに悟ったのだ。


「なら、私たちが引き取りますよ。私たち子どもが欲しかったので、丁度良かったです。」


 そんな時、会話に入ってきたのは1人の美しい女性だった。その女性は母の再従姉妹にあたる人物で、母とは違ったタイプの派手な美人だった。


「冴花ちゃん、真里ちゃんに似て綺麗だわ。安心してください、彼女は私たち夫婦が責任を持って育てます。」


 "真里ちゃん"とは、母のことだ。その時は知らなかったが、この女性は母のことを憎んでいた。昔から何でも出来て、厳格な両親にも逆らい我が道を行った母を妬んでおり、今でも嫌いだと後に語ってくれた。そして、私を引き取ったのはお金の為だと、そんな事まで教えてくれたのだった。


「死なれたら困るから最低限のことはしてあげるけど、極力私の前に姿を現さないで。」


 私は義母のその言葉を忠実に守っていた。私も、母のことを悪く言うこの女とは極力関わりたくなかったからだ。しかし、それだけなら良かったものの、義母はかなり酒癖が悪く、毎晩酔って帰ってきては私の部屋までやって来て暴力を振るうのだった。


「ムカつく!ムカつく!何であんたばっかり…!死ねば良いのよ、早く死ね!!」


 きっと、私を母と錯覚しての行為だったのだろう。彼女はいつも、母を妬む様な言葉を繰り返していた。
 義母がどんな過去を抱えて、どんな思いで少女時代を過ごしてきたのかは知らないが、哀れな人だと思った。だから、彼女に対しては恐怖も怒りも湧いてこなかった。
 私の心に大きな傷を残したのは義父の方だった。義父は仕事で家を開けることが多く、週に1回程顔を合わせるくらいだった。彼は義母との夫婦仲も良く、最初の方は私も良い印象を持っていた。しかし後に、私は彼の恐ろしい性癖を知ることになる。
 私が引き取られてから2ヶ月ほど経つと、彼は義母がいない時間を見計らって私の部屋にやって来ては、身体を舐める様に触り、気が済むと出ていくのだった。初めは訳がわからず、只々気持ちが悪かった。抵抗すると殴られ、身体に痣が増えていく。それが恐ろしくて、私はいつの間にか抵抗するのを辞め、気持ちが悪いという感情すらも忘れていった。

 家は地獄で、私の居場所などなかった。だから学校では居場所を作ろうと必死だった。母に強く生きると約束した私は、常に明るく笑顔で振る舞い、誰からも羨まれる様な、そんな人物を演じていた。


「冴花ちゃんって本当完璧だよね!美人だし勉強も出来るし、運動も出来るし性格も良い!お母さんも綺麗だし本当恵まれてるよね、羨ましい!」


 友人にそう言われることが私の生き甲斐で、それだけが私の自尊心を保てる唯一の方法だった。
 家で酷い仕打ちを受けていることが周囲にバレたら、私はきっと哀れな目で見られてしまう。そんなことになったら、自分がもっと惨めになる。だから私は虐待のことを誰かに相談する気は無かったし、助けてほしいとも思ってなかった。
 完璧な美少女を演じている以上、少々不審な点があっても気に留めないのが他人という者だ。実際、私は痣がバレない様夏でも長袖長ズボンという格好だったが、それについて怪しまれたことは一度もなかった。何度か暑くないのと聞かれたことはあったが、その度に適当な言い訳でやりくるめていた。思えば、私の計算高く可愛げのない性格はこの頃の代物だったかもしれない。

 学校で不便な思いをしなければそれで良かった。だから、自分の生き方に疑問を呈すことなど一度も無かった。


_そう、あの青い兄弟に会うまでは。





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