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戦闘民族メメメ人




空の高い晴天だった。
暑い砂漠を越え、民家の点在する広大な田園地帯に入った。何かの果実の盛りのようで、赤い実が樹木にたわわに実っているのが遠くからでも見て取れた。アレは美味いのかな?と話しかけてみたが、ベジータは返事をしなかった。
ひたすら北に進路を取りながらバギーを走らせた。舞空を使えば早く目的地に行けるのだが、べジータはおんぶや抱っこを激しく嫌がったので、時間をかけてバギーで行くしかなかった。

「てめえの体に触れるなど、想像しただけで反吐が出るぜ」

などと、出発前に、本当に反吐を吐くような表情で言われてしまった。
自分に対する嫌悪感を、ここまでハッキリと見せられて、ヤムチャはズキズキとした胸の痛みを引きずっていた。変な話、好きな女の子にこっぴどくフラれた時と同じようなショックを感じてしまったのだ。
(なんでベジータに言われて、こんなに傷つかなきゃならないんだ……?相手はあのベジータなんだぞ……?)
不快なような、悲しいような、複雑な気持ちだった。
ヤムチャは助手席に座るベジータをチラリと盗み見て、ふうっと息を整えた。
(いくら綺麗な姿だろうが。ベジータを好きになるとか。無い無い。こんな性格悪い凶悪サイヤを好きになるとか、絶対に無いからな)
そんな風に自分を納得させて、女体化ベジータをのっけたバギーを走らせ続けた。
道中、ベジータはほとんど喋らなかった。途中スタンドに寄って給油した時、飲み物は要らないかとたずねたが一言も返してこなかった。
己の女体化の進行に、ショックを受けているのだろうなと思った。
荒い砂利道をバギーのタイヤが踏むたびに、ベジータの胸がポヨポヨ揺れた。
体の前で腕組みしてプロテクトしていても、振動が伝播するぐらいに豊かに育ってしまっていた。ベジータの今の容姿は、もうじゅぶんに女として成長しきった感じがあった。
……これ以上の女体化の進化なんて、あり得るのだろうか?

「あの店で腹ごしらえするか」
灰色の砂利道、岩肌ばかりをさらした山岳の連なる、さみしい感じの地域であった。
そのふもとにポツンと、一軒の木造の飲食店を見つけたので、バギーを停めて入店した。
風が肌寒かったので、二人とも長袖服を着ていた。ベジータは例のパーカーを着て、フードをかぶって顔を半分隠していた。
入店すると、店内は意外にも来客で賑わっていた。全員が男の客だ。
だいたいが灰色に汚れた作業服を着て、飲食したり談話をしたり煙草を吸ったりしていた。
「ああそうか、ここから採掘場が近いんだな」
ヤムチャは岩肌をさらした山を思い出して呟いた。
ベジータと向かい合って座るのは気が引けたので、カウンター席を選んだ。
ベジータはおとなしくヤムチャの左隣に座った。店内の空気は煙草や労働者の体臭でよどんでいるのに、文句ひとつ言わなかった。椅子が高く、ベジータの足は空中でぶらぶらしていた。
何も喋らないベジータのために、ヤムチャは女の子でも食べやすそうな軽いメニューを選び、自分には労働者向けの大盛り定食を注文した。

実はベジータは、食が細くなっていた。
昨日、サンドドラゴンの焼き肉を大量に作ってやったが、本来の大食らいはナリをひそめていて、しかも肉の硬さに難儀してあまり食べられずに終わってしまったのだ。顎の力すらも、一般の女子レベルに弱くなっていたのだ。
もはや、今のベジータには、口の悪さ以外に本来の姿を見ることが出来なくなっていた。
こうして何も喋らずおとなしくされると、ベジータでは無いような……全くの別人を連れているような錯覚に陥ってしまう。
フードで髪を隠されているので、なおさらである。
ベジータはジャージズボンのポケットから何かを取り出した。見ると、それはヤムチャの家にあったメモ帳とペンだった。ベジータはそれに何かを書いてから、ヤムチャの前にスッと滑らせてきた。
『連中の態度をどうにかしろ』
尖ったベジータの筆跡で、こう書かれていた。
その文章の意味が分からなかったので、ヤムチャは「ん?」と首をかしげた。
ベジータは舌打ちをすると、メモをひったくり、再び何かを書き込んで、シャッと滑らせて寄越してきた。
『後ろでオレをジロジロ見てる野郎が何人も居る。あいつらを今すぐ殺してこい』
ヤムチャは数秒間、その文面を見つめた。
最後の5文字は無視するとしても、文面に不穏なものを感じたので、店内を物珍しそうに見回すふりをして背後にあるテーブル席をザッと確かめてみた。
確かに居る。
テーブル席に座る男たちの中には、ベジータの後ろ姿に不躾な視線を飛ばしている者が何人も居る。
『不快だから殺してこい』
ベジータはペンを持つ手を伸ばして、さらに文言を付け足した。
ヤムチャは後ろ頭を掻きながら、小声を使って
「見られてるだけじゃ、なんともしようがねえよ」
と言って諫めてやった。
言った通りである。
実際に接近されて絡まれるとかしない限り、こちらから暴力を使用した防衛手段など生まれようも無いのだ。
『自分を鑑賞物にされてると思うだけで、やつらをぶっ殺したくて仕方ない』
それでも、ベジータはイライラした筆跡でヤムチャに訴えてきた。普段から王族の血筋を誇っている男なのだから、汚らしい身なりの男共に性的な目を向けられるなど、到底許せない事なのだとは予想がつく。
『しょうがねえだろ、今のお前は、綺麗な女の姿なんだし』
ヤムチャは後ろの連中に悟られないよう、自身も筆談をして合わせてやった。
『これが嫌なら、ブルマと仲直りして、女体を解除してもらえよ。男に戻って、好きなように奴らをぶっとばせばいいだろ』
『大体てめえは、いつになったら解除アイテムを盗ってくるんだ?』
『だからあ、オレには無理だって言ってんだろ?無茶ぶりにもほどがあるぜ』
『あちこち連れ回しやがって。一体どこへ行こうってんだ。ただ問題解決の先延ばししてるだけじゃねえのか』
『ええ~?ウソだろ~?お前がソレを言っちゃう~?』
ウダウダとやりとりをしているうちに、メニューが運ばれてきた。
「さっさと食っちまうぞ」と言いながら、ヤムチャは飯を食い始めた。
ベジータは、桃色の唇でライスを食べながら、なおもしつこく筆談を続けていた。後ろの労働者に対する文句とヤムチャに対するやつあたりばかり、同じような言い回しを繰り返すばかりだった。
ここにきて、ベジータは、悪口を発しないよう己を戒め、その代わりに筆談のみで鬱憤を放出するという方法を徹底しだした。女体化に懲りて、これ以上の進化を食い止めたいのかもしれなかった。
だが、どう考えたって遅すぎる。
ベジータはもう、女として育ちきってしまった。
ヤムチャは小声で、「早く食って出ようぜ」と促した。
こうしてベジータが筆談をする姿を見せる事によって、後ろの連中に誤解される可能性があった。
喋らずに筆談しているのが、〝声帯に障害を持つ者〟〝口のきけない病気の者〟と捉えられた場合、ベジータは一体どんな目に遭ってしまうのだろう……。
今のベジータは、女体化とともに戦闘力を失っている。武器だって持ち合わせていない。舞空も出来ない体となっている。
男たちに狙われ襲われてしまったら、あらがう事も逃げる事も出来ないのだ。
ヤムチャはキッと目を尖らせて、気合いを入れた。
口は悪くて、性格はわがままで、本当に最悪なヤツだと思う。
けれども今のベジータはとても無力だし、女の体を持つとなると、ヤムチャにとっては全く話が変わってくる。――女は守らなくちゃならない存在だと、心の底から思っている。
ベジータは大食いを試したようで、のどに詰まったのかコホコホとむせて苦しんでいた。その姿には、女の弱さしか見えてこない。うまく食べられない事に悔しがり、少し震えながらうつむく姿には弱者の葛藤しか見えてこない。

――ベジータを守らなくっちゃならない。

信念のようなものが、ヤムチャの心に芽生えた。
二人とも食事を終えて、会計を済ませようと財布を開くと、まだじゅうぶんに金が残っていた。ベジータは小食となってるから経済的な負担が少ないのだ。
これが男のままだったら、とても面倒なんか見きれなかったと思う。
バギーを発車させて、さらに山の奥深くへと目指していった。

「何かいい方法は無いかな。ブルマと対面できないなら、電話で謝ってみるとか?」
「だから、なぜオレさまがアイツに謝る話になってるんだ」
「そんな姿を続けてるよりは、さっさと謝って解決したほうがマシだと思うがなあ……」

しばらくバギーを走らせたら、ベジータは普通に会話を返してくるようになった。
さっきの店で、男共に、女として見られて性的に鑑賞されてしまった。
いまさら女体化進行を食い止めたところで、もはや無駄だという事を、ベジータは認識したのだろうか?
普通に喋る様子には、なんとなく、開き直った態度が見えてくる。

「だいいち、声がここまで変質してるのに、どうやってオレの声だと識別するんだ」
「うーん……きっとブルマなら、分かってくれるんじゃねえかなあ……真剣に謝れば許してくれるんじゃねえかなあ……」
「そりゃてめえの希望的観測だろ。こんなイカれたアイテムを使用する時点で、あの女に、その手の良心や人間性を期待は出来んという事に気づけんのか?そんなんだからてめえは栽培マンにやられちまうんだ、ゴミめ」
「……。というか、お前らさあ。なんでそんなにこじれてんの?お前ブルマに相当悪いことしたんだろ、なあ」
「…………」
「やっぱり、したんじゃねえか、もう……」
「オレを苛立たせるあの女が全面的に悪いのだ」
ぷいとそっぽを向いて、ベジータはふんぞりかえっている。
顔をそらしても、女性らしい、まあるいほっぺが全く隠せていない。『機嫌直せよ~』とおどけながら、指でつっつきたくなるような、可愛い可愛いほっぺである。
つっつきたくなるのを我慢して、ヤムチャは真面目に諭してやった。
「ベジータさあ、お前はもうちょっと……こう……、反省を覚えた方が……、……フリでもいいから反省する態度を持ってた方が、CCで生きやすくなると思うぞ。反省って言葉の意味は知ってよな?」
「はッ……、反省……?」
ベジータが驚愕しながらヤムチャの方に向き直った。
いきなり落雷が直撃したみたいな、半分恐怖を伴ったような驚きぶりであった。
「こッ……このベジータさまに、反省をしろと……?あんな地球の、下品極まりない、まともなパンツも選べんような色狂いの女を相手に、サイヤの王子のオレが、反省……?正気で言ってやがるのか……?」
「ベジータさあ、お前がいつも言う、その、サイヤの王子とか、サイヤの身分とかさあ……。それが通用すんのって同じサイヤ人だけだと思うぞ?正直、地球人のオレらには、全然カンケーのない話だしさあ……。お前はブルマとは対等の立場なんだよ。そこんとこ肝に銘じて、偉そうに振る舞うのを、控えてみたらどうなんだ?」
ヤムチャは静かに諭し続けた。
それは、ベジータを思っての事だった。ブルマという驚異の科学者と付き合い続けるには、己を守る技術も持っていなければ、今回のように簡単にハメられてしまう。
そこを分かってもらいたくてヤムチャは語って聞かせるのだが、ベジータは全く受け入れられないようで、わがままな反論ばっかり返してくる。

ウダウダと会話を続けるうちに、バギーは曲がりくねる山道に入った。
坂はだんだんと急勾配になり、本当に道なのかも怪しい草の生い茂る未舗装の土道を突き進むうちに、深緑に天を閉ざされた山中には霧が立ちこめ始めた。
ヤムチャは深く息を吐いて、精神を研ぎ澄ませた。
この先にある目的地とは、天津飯の修行場であった。
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