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戦闘民族メメメ人


翌朝。
窓からの光で目覚めたヤムチャは熱のこもる体をノロリと起こした。
昨晩も寝苦しい熱帯夜で、ベッドは汗で湿ってジメジメしていた。
清潔な普段着に変えてから居間に行くと、そこに寝ているはずのベジータの姿が無かった。
「あれっ」
キョロキョロと室内を見回すうち、ヤムチャはふと気づいた。
卓上に一枚の小さな紙切れが置いてあった。
昨夜のブルマの手紙もベジータの文書も、丸めてゴミ箱に捨てたはずだった。
まさか、ベジータが何か書き残して出ていったのではないかと思い、慌ててその紙面を見てみると、

ヤムチャさまへ
すみません
ボク、暑くて暑くて、
ここに居るのが耐えられそうにありません
しばらくの間
涼しいところに行ってきます
プーアルより

「どこに行ったんだよ」
ヤムチャは裏も見て調べてみたが、行き先が書いてなかった。
いつ出発したのかも見当がつかなかった。
居間に泊まらせた人間を見て、プーアルなりに何か思うところがあったのだろうか?
この行動の真意が、ヤムチャには全くわからなかった。
「オレに黙って行くなんて……」
プーアルの気は小さすぎてヤムチャには拾えない。
どこに行ってしまったのだろう?
ヤムチャは予想できる行き先を考えた。
プーアルの仲間といえば、ウーロン、亀ハウスの面々、天津飯、ブルマ――
「ベジータ……」
ヤムチャがつぶやくと、背後から静かに流水音が聞こえた。
それは浴室に隣接されたトイレから聞こえてきた。
振り向くと、昨日と同じ格好をした、小さく細いベジータがうなだれながらトイレから出てくるところだった。フードに隠れた顔には、不安そうな影が落ちていて、肌が雪のように白くなっている。
「なんだ、トイレかよ」
「…………」
黙って俯くベジータに、ヤムチャは異変を感じて眉をひそめた。
「どうした?気分でも悪いのか?」
「……替えの服を寄越せ」
「え?」
「……汚れちまって、もう使い物にならん」
「ん? んん?」
意味が分からなくて首をかしげていると、ベジータは業を煮やしたかのように、突然怒鳴りつけてきた。
「血まみれになったから、早く着替えを寄越せと言ってるんだ!!」
ベジータは俯きながらダン!と床を踏み鳴らした。
高く透明な怒鳴り声には、はっきりと屈辱の音が混じっていた。
ヤムチャは、その言葉の意味がすぐには解せなかった。
やがて「血まみれ」というのが、女に特有のあの現象を指しているのだと気づくと、急激に恥ずかしくなって、ワタワタと狼狽してしまった。
「あっそうか!そういう事か!い、今のお前って、そういう年頃っぽいもんなあ!」
「いちいち言及するんじゃねえーー!早く着替えを持ってきやがれ馬鹿野郎ーー!」
「す、すまん、すまん、えーーっと……」
ワタワタ慌てながら、着用出来そうな服を全て引っ張りだしてきてベジータに与えた。ベジータは何も選択せずに、最初に手に触れたモノを乱暴に広げるとズボンのベルトをガチャガチャ外し始めた。
サイズが合う訳が無かった。
長身のヤムチャ服が、身長140センチほどの細い小柄にフィットする訳が無いが、ベジータは構わずその場で着替えはじめた。
「わーーーー!!」
目の前で、ベジータがいきなり下半身を露出した。
一瞬だけだが白い股に柔らかそうな黒い恥毛が見えてしまったので、ヤムチャは慌てて顔を背けた。
「バカお前…!あっちの脱衣所で着替えてこいって!」
「クッソ女め……なんでオレさまがこんな……ぐあああ畜生〜〜〜!」
「聞こえないのか!?い、今のお前は、女の子なんだから、もう少し人目とか……節度ってものを考えてくれベジーターー!!」
「ガタガタ抜かすなーー!こんなモン、てめえに見られた所で、オレさまは痛くも痒くも」 
ヤムチャの橙色の拳闘ズボンに片脚を突っ込んだところで、ベジータはピタリと動きを止めた。上の黒パーカーは着たままだ。
半端に背を向けた格好なので、白い女のケツが丸見えである。
沈黙する事、約5秒。

「……まさかとは思うが、貴様。……今のこのオレの姿を見て、変な気を起こしてるんじゃねえだろうな……?」

ドロロロ!と声が地を這った。
異様な電波を伴って、それはヤムチャの全身に浴びせられた。そして、言葉の意味を把握する間もなく、凄まじい悪寒に襲われてしまった。
ヤムチャはビビった。
部屋の空気がガラリと変わったからだ。女体化して戦闘力を失ったといえども中身はベジータである。精神性はベジータそのものなのだ。死にものぐるいの鬼訓練に耐えうる頑強な精神の持ち主から発せられた『疑惑』のオーラは強烈だった。朝の明るい室内は、ベジータの『疑惑オーラ』によって真っ黒な蜘蛛の巣に覆われたように暗黒化し、当の本人は、眩しいぐらいに可愛らしいケツを隠しもせずに、厳しい佇まいでヤムチャの『返答』を待っている…………
「……そんな訳ないだろ」
ヤムチャは怒鳴りたかったが、デカい声が出てこなかった。
そして泣きそうになってくる。
本当に、そんな訳は無かったのだ。
変な気なんか起こしてないし、節度うんぬんを口にしたのは、女性の身体は大切なものだから人目から守られるべきだし、それが容易く性的鑑賞されるのは女性の尊厳を傷つける事になるし、それを避ける為にも節度を持てと言って女性を尊ぶ気持ちを表したまでの事である。
『真っ当な倫理観』から発せられた言葉であったのだ。
それを、万が一にも。
万が一にも、ゲスな方面にとられてベジータに曲解されて軽蔑されるなんて、絶対にゴメンだと思った。
――ヤムチャはだんだんムカついてきた。
ここにきて不遜な態度を続ける、白いプリケツ丸出しのベジータに対して、めちゃくちゃに腹が立ってきたのだ。

なんでオレが?
なんでオレがお前なんかに?
オレがお前に変な気起こすとか、あり得ねえんだけど?
なんだよ、その狂った発想。
頭おかしいんじゃないのか?
オレはなあ。
このヤムチャさんはなあ。
みんな勘違いしてるみたいだけどなあ。
ルックスだけでホイホイ釣られるような軽い男じゃねえんだよーー!!!
全てはブルマによる風評被害なんだ……誤解なんだよ……
お前までオレをそんな扱いするなんて
ふざけんなよ。
自惚れるんじゃないぞベジータ
ちょっといいケツしてるからって
ちょっと綺麗な肌してるからって調子に乗るなよ?
だれがお前みたいな口も性格も最悪な女体化サイヤに、惚れるもんかよこの野郎ーー!

と、これぐらいは怒鳴りたかったが、ヤムチャはグッとこらえた。
無駄な喧嘩を発生させて、これ以上事態をややこしくしたくはなかった。
「もっとマトモな服は無いのか」
ベジータが腰紐を縛りながらサイズについて文句をつけてきた。
ヤムチャはデカいため息をついて憤懣を散らした。
「ある訳ないだろ……。お前、CCの便利さに慣れすぎじゃないのか?なんでも自分の思い通りになると思うなよ?」
CCの物品供給力は、ベジータのわがままを助長しているような気がした。王子王子と自ら宣うコイツに、ブルマは腹を立てながらも、ナチュラルに甘やかしまくっているのではないか……。
「ここにはオレとプーアルが暮らせるだけの最低限のシロモノしか置いてない。嫌ならブルマに謝って、CCの生活を自力で取り戻せ」
ヤムチャは毅然として言い放った。
「元はと言えば、貴様の不始末だろう」
ベジータは毅然として返してきた。
ヤムチャはグニャッと背を丸めた。
これを言い出したベジータが、絶対に折れない事をヤムチャは知っていた。永遠に終わる事のない不毛な問答を思うと、早くも疲れてきた。
思考停止に陥ってしまったヤムチャは降参してうなだれた。
「無いモンは無いぜ。とりあえず服買いに行くか……。それの処理用のモノも買わなくっちゃな……」
経血の事だった。
ヤムチャは財布を持ってノロノロと玄関に向かった。

一番近くの街に行く事になった。
ベジータは汚れが滲み出るのを恐れて、橙色の拳闘ズボンの中にタオルを突っ込んでいた。ヤムチャは居城の裏に停めてある乗り物の埃をはらいエンジンをかけた。
ベジータにたずねると、やはり舞空が出来ないとの事だったからだ。おんぶも嫌がったので、ここは盗賊時代に乗り回していた旧型バギーを使う事にした。
座席が狭く、どうしても肩がぶつかった。「くっつくんじゃねえ」とか「なんてノロい機械なんだ、新型ぐらい持っておけ」とか散々文句を言われながらヤムチャは真っ直ぐに街を目指した。
手助けしてやっているのにベジータは文句ばかりだ。
女体化という現象に相当イラついているからだろうが、ここまで言われるとヤムチャは腹が立ってくる。
けれどもこらえた。
出来る事ならこの問題を解決して、早く日常を取り戻して貰いたいと優しいヤムチャは思うのだ。ベジータが日々努力しているのはよく知っていたし、ここで見捨てるほどのドライさも持てないし、同情心ゆえに強い嫌悪もわいてこなかった。

――さっきバギーに乗る寸前。
2人に一陣の突風が吹きつけたのだ。
その時、ベジータが被っていたフードが風にめくられて隠された相貌があらわとなった。
トゲのように逆立つ黒髪は以前と変わらなかった。
でも、顔つきは丸っこくて、目つきはやや鋭いけれども可愛らしい女の子そのものだったのだ。ベジータは慌ててフードを被り直して、「さっさと出せ!」とデカい声で発進を急かしてきた。
彼は今の容姿を見られる事を激しく嫌がっているのだ。これまで生きてきた〝男〟の要素を根こそぎ奪われて、心もとない心理状態に陥っているのだろう。
(この雰囲気……アイツに似てんなあ……)
ヤムチャはカーラジオの流行音楽に耳を傾けた。
かしましいドラムとギターが掻き鳴らされ、キンキンした女声の咆哮するロックミュージックが流れていた。
(金髪のランチによく似てるよなあ……あの目をそのまんま黒くしたような……)
いつどこからロケットランチャーを取り出して、いつ誰に向かって発砲するかも分からない、あの金髪ランチを思い出す。
そしてそのランチ像にベジータとの共通点をいくつも見出しながら、緊張ぎみにドライブを続けた。



「まずはシモの問題だな。それ対策用のグッズがある。それぐらい知ってるよな?」
街なかの、店舗の立ち並ぶ通りに面した広めの路上にバギーを停めて、ヤムチャは言った。ベジータはピョンとバギーから飛び降りるとソッポを向いたまま
「知らん」
と短く答えた。
「え?」
「そんなモン知らん。女の細かい事情などオレは知らん」
「いやいや、ブルマと一緒に暮らしてんだから、そのぐらい見たことあるだろ?トイレの棚ん中にあったろ、なんかこういう……」
ヤムチャはオロオロと手指を使って、そのシロモノを形容してみたが、ベジータは見向きもしなかった。
「これぐらいの大きさで、血が漏れないようにパンツにくっつけて使うヤツだよ」
ヤムチャは、ちょっと人目を気にして声をひそめて説明した。
「…………」
「オイ、マジか。一度も見た事ないのかよ」
「あの女にそこまで興味は無いからな」
「オレなんか、アレが来るたんびに、ブルマに愚痴られて、色々聞かされたもんだけどなあ」
「それは、てめえがアイツに舐められてるからだ。そんなしょうもない事情を言わせん為にも、オレさまは普段からヤツを厳しく躾けているのだ」
「いやいやお前、全然躾できてないだろ。そんなヘンテコな復讐受けていながら、ソレは言えないと思うぞベジータ」
「全部全部てめえのせいだ。あのクソ女を……甘やかしやがった結果がこのザマなんじゃねえか、畜生め」
ベジータはわなわなと肩を震わせた。うつむいて両手をポケットに突っ込んでいる様子は、拗ねた思春期のガキにしか見えなかった。僅かに胸が膨らんだのか、ベジータは胸を押さえて「ううう」と苦悶した。
ヤムチャは困ってしまった。
本当はベジータに生理用品を買いに行かせたかったが、今の彼は「女体化」に対する嫌悪が大きすぎて、それを肯定するような女体化適応行為の一切を拒否しようとしている。
でもほっとく訳にもいかないので、ヤムチャは恥をしのんで薬局に入り、恥をしのんで生理用品を買った。娘のために買いに来たお父さん、という体を装って頑張った。

「あそこの公衆トイレで、これをパンツにくっつけてこい」
もう恥ずかしいやら情けないやら、かなり打ちのめされた気分で、物品の入った紙袋を差し出すヤムチャ。
「パンツをはいてない」
ベジータは地面を見つめながら機械のように言った。「汚れたから、てめえの家のゴミ箱に捨ててきた」と静かに言うのだった。

ヒョオオォーーーと、閑散とした街なかに南風が吹いて、ヤムチャの髪をヘロヘロヘロと靡かせた。
風にのったゴミクズが地上を走り、儚くどこかへ吹き去ってゆくのを、ヤムチャは視界のすみで捉えていた。
「マジかよ」
カッサカサの唇から、ヤムチャの力ない言葉が発せられた。
ベジータはヤムチャから顔を逸らしたまま、小さな全身から、てめえが全部どうにかしやがれオーラを大噴射していた。

女性向けのパンツを購入するという、恥ずかしいミッションが発生した。

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