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幽霊列車とともに水の底に沈みながら、リュウはひどく昔のことを思い出していた。
それは、先ほどの神社でユウトウによって無理やり引きずり出された、忌まわしき記憶だった。
幼い頃、友と呼べる悪魔がいた。小さな猫の悪魔だった。
台湾では知らぬ者のない名門の祓魔一族に生まれたがゆえの辛く苦しい日々を支えてくれた、唯一の友だった。
無害な悪魔だった。愛らしい姿や仕草で彼を癒し、修業で出来る傷をざらついた舌で舐めてくれた。
何度、その存在に救われたことか。
だが、ある日、友の存在を一族の長である祖父に知られてしまった。
祖父はまだ幼い彼を容赦なく打ちすえた。情けない。
それでもリュウ家の男か、と思いつく限りの侮蔑と失望の言葉を彼に浴びせた。
恥ずかしさと悲しさに両膝から下がガクガクと震える。蔑んだ目が怖かった。
それでも、言わずにはいられなかった。
『・・・たいせつな・・・トモダチ、なんです・・・』
『笑わせるな。悪魔と友になどなれん』
冷ややかにそう言った祖父は、己が一族の恥を孫に語り聞かせた。
そして、自らの手でその悪魔を殺せ、と彼に命じた。
一族の中で長の命令は絶対であり、その晩、泣きながら彼は友を殺した。
胸のえずきをこらえ、涙でにじんだ瞳で赤く染まった己の手を見つめる。
乾いた頬を冷たい風がなぶっていった。その冷たい感触に張り裂けそうだった胸が、
ゆっくりと空虚になっていくのがわかった。そこから、乾いた砂がこぼれ落ちていく。
さらさら、さらさら・・・と。
それは、彼の短すぎる少年期が終わる音だった。
それ以後は、悪魔を祓うためだけに生きてきた。
そうしなければ、自分が自分でいられなかった。
自ら奪った友の命の重さに押し潰されてしまいそうだった。
それが一族の恥辱をそそぐことだと己の行いを正当化し、悪魔を殺し続ける。
いつしかそんな事実があったことすら忘却し、
ただ悪魔を祓うことが生きる術となり変わっていった。
祓えば祓うだけ、殺せば殺すだけ、心が空っぽになっていく。
そんな彼にとって、なりふりかまわずがむしゃらにユウトウを守ろうとする燐は、
疎ましいのを通り越して、吐き気すらもよおす存在だった。
その偽善的な言動が、無性に苛立たしい。
まっすぐすぎる未熟なすべてが、厭わしくてならない。
なぜこれほどまでに腹が立つのかわからないほどに、イライラする。
その裏に、自分が諦めてしまったものを必死に守り通そうとする少年への嫉妬が、
歪んだ羨望があることに、リュウは気づかない。
否、気づいていながら、なおも気づかないふりをしているだけかもしれない。
燐の進もうとしている道。
それは、己の選べなかった道ではなく、
選ばなかった道なのだ、と。
暗い双眸で水面を見上げる。
不意にリュウの横を沈んでいく幽霊列車の身体が、ぴくりと動いた。
全身を大きくくねらせると、水面に向かって浮上し始める。
(まだ、動くのか・・・)
リュウの薄い唇に、うっすらと笑みが浮かぶ。
いいだろう。ならば、動けなくなるまで攻撃するだけだ。
一片も残さず肉をそぎ落とし、この世から滅してやる。
口元から笑みを消したリュウが、胸の中で経文を唱え、
悪魔の頭部に突き刺したままの棍をより深く押し入れる。
暗い水中を閃光が満たす。棍が突き刺さった部分が、内側から破壊し、
それに誘発されるように、幽霊列車のいたるところがたて続けに爆発した。
幽霊列車の身体が、前と後ろの二つにちぎれる。
リュウの顔に再び歪んだ笑みが浮かぶ。
しぶとい悪魔をしとめたという快感にも近い達成感が、身体の芯を熱くする。
そこへ、分裂した幽霊列車の後部が素早く絡みついてきた。
(な・・・!?)
一瞬の虚をつかれたリュウが、悪魔の肉に捕らえられる。
容赦なく締め付けられた。
(くっ!!)
胸の内で経文を唱える。内側から悪魔の後部を破壊させその拘束を解くも、
その際の反動で自身もいくらかの手傷を負った。わずかに顔をしかめる。
息を止め続けているのもそろそろ限界だった。
唇の端から気泡がこぼれる。
そんなリュウの脇を、幽霊列車の上部が泰然と浮上していく。
切断面から肉が盛り上がり、見る間に尻尾を自己再生すると、
水の外へと勢いよく飛び出した。
(・・・なんて・・・生命力だ)
唖然としたリュウは、ゆらゆらとゆれる暗い水面を見上げる。
そして、我に返ったように舌打ちすると、
腕にこびりついた悪魔の肉片を払い、その後を追った。
それは、先ほどの神社でユウトウによって無理やり引きずり出された、忌まわしき記憶だった。
幼い頃、友と呼べる悪魔がいた。小さな猫の悪魔だった。
台湾では知らぬ者のない名門の祓魔一族に生まれたがゆえの辛く苦しい日々を支えてくれた、唯一の友だった。
無害な悪魔だった。愛らしい姿や仕草で彼を癒し、修業で出来る傷をざらついた舌で舐めてくれた。
何度、その存在に救われたことか。
だが、ある日、友の存在を一族の長である祖父に知られてしまった。
祖父はまだ幼い彼を容赦なく打ちすえた。情けない。
それでもリュウ家の男か、と思いつく限りの侮蔑と失望の言葉を彼に浴びせた。
恥ずかしさと悲しさに両膝から下がガクガクと震える。蔑んだ目が怖かった。
それでも、言わずにはいられなかった。
『・・・たいせつな・・・トモダチ、なんです・・・』
『笑わせるな。悪魔と友になどなれん』
冷ややかにそう言った祖父は、己が一族の恥を孫に語り聞かせた。
そして、自らの手でその悪魔を殺せ、と彼に命じた。
一族の中で長の命令は絶対であり、その晩、泣きながら彼は友を殺した。
胸のえずきをこらえ、涙でにじんだ瞳で赤く染まった己の手を見つめる。
乾いた頬を冷たい風がなぶっていった。その冷たい感触に張り裂けそうだった胸が、
ゆっくりと空虚になっていくのがわかった。そこから、乾いた砂がこぼれ落ちていく。
さらさら、さらさら・・・と。
それは、彼の短すぎる少年期が終わる音だった。
それ以後は、悪魔を祓うためだけに生きてきた。
そうしなければ、自分が自分でいられなかった。
自ら奪った友の命の重さに押し潰されてしまいそうだった。
それが一族の恥辱をそそぐことだと己の行いを正当化し、悪魔を殺し続ける。
いつしかそんな事実があったことすら忘却し、
ただ悪魔を祓うことが生きる術となり変わっていった。
祓えば祓うだけ、殺せば殺すだけ、心が空っぽになっていく。
そんな彼にとって、なりふりかまわずがむしゃらにユウトウを守ろうとする燐は、
疎ましいのを通り越して、吐き気すらもよおす存在だった。
その偽善的な言動が、無性に苛立たしい。
まっすぐすぎる未熟なすべてが、厭わしくてならない。
なぜこれほどまでに腹が立つのかわからないほどに、イライラする。
その裏に、自分が諦めてしまったものを必死に守り通そうとする少年への嫉妬が、
歪んだ羨望があることに、リュウは気づかない。
否、気づいていながら、なおも気づかないふりをしているだけかもしれない。
燐の進もうとしている道。
それは、己の選べなかった道ではなく、
選ばなかった道なのだ、と。
暗い双眸で水面を見上げる。
不意にリュウの横を沈んでいく幽霊列車の身体が、ぴくりと動いた。
全身を大きくくねらせると、水面に向かって浮上し始める。
(まだ、動くのか・・・)
リュウの薄い唇に、うっすらと笑みが浮かぶ。
いいだろう。ならば、動けなくなるまで攻撃するだけだ。
一片も残さず肉をそぎ落とし、この世から滅してやる。
口元から笑みを消したリュウが、胸の中で経文を唱え、
悪魔の頭部に突き刺したままの棍をより深く押し入れる。
暗い水中を閃光が満たす。棍が突き刺さった部分が、内側から破壊し、
それに誘発されるように、幽霊列車のいたるところがたて続けに爆発した。
幽霊列車の身体が、前と後ろの二つにちぎれる。
リュウの顔に再び歪んだ笑みが浮かぶ。
しぶとい悪魔をしとめたという快感にも近い達成感が、身体の芯を熱くする。
そこへ、分裂した幽霊列車の後部が素早く絡みついてきた。
(な・・・!?)
一瞬の虚をつかれたリュウが、悪魔の肉に捕らえられる。
容赦なく締め付けられた。
(くっ!!)
胸の内で経文を唱える。内側から悪魔の後部を破壊させその拘束を解くも、
その際の反動で自身もいくらかの手傷を負った。わずかに顔をしかめる。
息を止め続けているのもそろそろ限界だった。
唇の端から気泡がこぼれる。
そんなリュウの脇を、幽霊列車の上部が泰然と浮上していく。
切断面から肉が盛り上がり、見る間に尻尾を自己再生すると、
水の外へと勢いよく飛び出した。
(・・・なんて・・・生命力だ)
唖然としたリュウは、ゆらゆらとゆれる暗い水面を見上げる。
そして、我に返ったように舌打ちすると、
腕にこびりついた悪魔の肉片を払い、その後を追った。