ブラック・マジシャン
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もし神聖なものを手に入れたとしたら、私は身が滅ぶまでそれを大切にしたいと願った。信じていたものが現実になり、大切なものの側にあることを許され、愛していたものが愛してくれたとして、私は元のままの私でいてもいいのだろうか。
私が覚えているのは、それだけ。
maybe you'll be coming over again
「なまえ〜! ホラホラこっち、がんばれ〜!」
テーブルの端を小さな手で掴んで必死に立ち上がる幼子。
「アッ……!」
尻もちをつきそうになるなまえを、青い手がゆっくりと支えて痛くないように下ろしてやる。それでもなまえは“うまくいかなかったこと”に癇癪を起こして大泣きをした。
「あーあー痛かったねぇ、よしよし。また頑張ろうねぇ」
あやす母親の手の中で、なまえはふとその青い陰に目を向ける。
目が合った……?
初めて自分に意思があると感じたのはこの時だった。ただぼんやりと揺蕩う青い陰。目の前の幼い娘が私の存在を認識した時、私も自分という存在を認識した。
それが“今度の現世”の1番最初の記憶。
赤ん坊だった貴女が成長するにつれ、私は自分のことを思い出し始めた。
貴女がこの世に生を宿してから、ずっと側にいた。貴女が何度生まれ変わろうと、それぞれの生涯を私は見守り続けていた。貴女という大切なもののために、私は私自身の形を失ってまで側に居続けていた。
私は誰かの残留思念で出来た仮の精神。繰り返し生を受ける貴女の魂に寄り添い、貴女を守るためだけに何千年という時を生かされた囚人。
今や自分の本来の姿さえ忘れ、ただ貴女の周りに漂うだけの存在。
そう、自分の姿形はとうの昔に失ってしまった。ただ貴女の側に潜むことしかできない、青い陰。だがそれでいい。食も眠りも疲れも知らず、帰る場所も必要ない。そのお陰で私は貴女を見守り続けることができるのだから。
私は覚えている。これこそ私が死をもって叶えた願い。私が貴女に贖える唯一の手段。
貴女へ誓った愛。
「ねぇお嬢様のこと……」
「ええ、気味が悪い。今日もお一人で……」
ヒソヒソと陰口を交わす家政婦たちを知ってか知らずか、なまえは魔導士たちとのお遊びに夢中だった。
「本当に幽霊と遊んでるのよ、私見ちゃったの。物やカーテンが勝手に動いて……」
まだ3つになったばかりのなまえ。不思議な力にまわりの人間は彼女を避けるようになった。……母親でさえも。
私は精霊である魔導士達をその身に宿し、復活させたこの娘を見て記憶が鮮明に蘇った。
この世に尊い方が目覚められる。
自らこの首を撥ねたあの時から、私の魂は貴方の永遠の剣。私の体は貴女の永遠の盾。一番大切なその志を取り戻して、貴女を覆う青い陰は色を濃くした。
私をふたつに割って離れ離れになった、2人の尊いお方。あの方達が再び巡り合えたとき、我が王女の願いは果たされる。
それまで私は貴女を守り続けると誓った。例え貴女が何度この世に生を受けようとも、例え片割れを求め行くあてもなく彷徨われようとも、例え貴女がその生涯の内に何も思い出すことができなくとも。……私は“貴女”が目覚めるのを待ち続ける。
貴女の願いが叶えられるまで、私は貴女の側にいる。例え……貴女に私が見えなくても。
ついに貴女は目覚めようとしている。
この幼い“私の王女”はまだ悟られていない。無邪気に遊ばれるその精霊達こそ、貴女がその
この時の私の衝撃を、失った体で精一杯に震えた喜びと不安を、今の貴女はご存知ないでしょう。……貴女を愛した記憶は、これから貴女を愛し、また書き加えられていく。その期待と喜びに震えた私の心の目覚めを、今の貴女はご存知ないでしょう。
「私の名はシャーディー。……善悪の両端を知った業を裁かれて、現世に蘇った尊い者よ。私はお前に千年秤を預ける。
その千年秤はお前の前世の象徴。これから現れる“運命の男”を、お前はいずれその片方の杯に載せるだろう。
お前はその身に宿した精霊を現世に蘇らせ、再びその手に“聖なる札”を束ねる。そのときこそ運命の男が現れる。───黒き魔術師が!」
「私が最初に作った魔導書のカード、ユーはそれを全てその手に束ねた。これは私に与えられた預言…… ユーにこの“ブラック・マジシャン”のカードを授けマ〜ス。
but,このカードは黒き魔術師の肉体のカード。魂の抜け殻デ〜ス。黒き魔術師の魂を束ねて初めて、ユーは真実に出会うデショウ。
ユーが失った家族の愛、ユーが渇望する他人との絆。その飢えを満たすために、孤高のデュエルクイーンが今ここに誕生したのデ〜ス!」
この世に生み出されたカードゲームを媒体として、私はついに姿形を取り戻すことができた。
貴女が私と出会うために。
それでも…… どうしてこの愛を貴女に打ち明けられようか。
「あなたを知ってる─── あなたは、……あなたは、……誰? どうしてこんなに涙が溢れるの。どうして……あなたのこと、私、……なんでこんなに体が震えるの?」
私はもう貴女と愛し合うことさえできない。
貴女がその魂で感じて下さる私との繋がり……それは貴女への枷。
私は知っている。貴女は私を選ばない。私の最愛の王女、その魂を宿して現世に生まれた私の最愛の
貴女が三千年の時を超えて私と出会ったのは、王女自身が望まれた「人生のやり直し」のための最初のピース。……貴女はまたこのパズルを組み上げ始める。いずれ出会う、本当に望んだ男に出会うために。
失った貴女自身の片割れを取り戻すために。
いま運命は繰り返されようとしている。王女が死の淵で望まれた願いが、貴女の手によって確実に手繰り寄せられ始めている。
貴女に迫る闇の力。前世で貴女を苦しめ、死に追いやった千年アイテム。それを知っていて、私は貴女を守ることができなかった。
わかっていた。貴女を闇の力へ引き摺り込んだのは他でもない、───……
貴女が私を再び愛して下さったときから、私はずっと覚悟していた。あの時もそうだった。
いずれ引き裂かれるとわかっていた。
ついに貴女があの男に出会ったとき、私はどこかで安心した。あの時のように引き裂かれる心も、砕かれる肉体もない。どこも痛くない───
それなのに
「ブラック・マジシャ……!」
貴女の唇に触れた業を、私は現世で再びこの身に負った。
私を思い出してくれるのではないかと期待していた。どうか私の本当の名前をその唇からもう一度聞きたいと、私は願ってしまっていた。
魂の抜け殻である私が。
それでもあの男に再び貴女を奪われる。私の愛した全て、私が捧げた全て、抜け殻である私に納められるべき、私の魂の片割れ。
また黙ってあの男に渡すのか?
私の色に染まってもいない、この女を。
あの男を前にして芽生えた愛に戸惑う貴女を見たとき、私の役目が終わった事を理解していた。だがまだ渡したくない。貴女を本当に手に入れたいと先に願ったのは、私だったはずだ───
貴女の唇に触れたのは、その罰によってあの男に奪われるのだと自分に言い聞かせたかっただけなのかもしれない。
運命は繰り返されているのだから、と。
そんな私の身勝手な行動でも、貴女は私を思い出して下さった。
ほんの僅かでも貴女が私の本当の姿を見たとき、私は満足して自らの役目に従えた。
「ブラック・マジシャン、私……あなたの事を本当に愛してた。あなたが永遠に私の恋人でいればいいって。だから、私…こんなに残酷な事をあなたに言いたくない、あなたに酷いことをしたくない─── だけど、私は、今度は自分のために選択するわ。」
我が永遠の尊い方、前世のなまえ王女の魂を宿した気高きデュエルクイーン。ブラック・マジシャンとして再び体を与えられた私は、……私は貴女を本当に愛しております。王女の魂、そして、この世に生を受けた───
……なまえ、貴女自身を。
貴女が私に愛を打ち明けて下さったことがどれだけ私を奮い立たせたか、貴女はご存知ないでしょう。私は永遠に貴女の盾となると誓った。だから貴女が誰を選び、誰の元へ行かれようと、貴女が幸せに生きて下さるならば、それ以上の喜びは私には無いのです。
貴女が自ら選択した幸せ、それこそが私への報いなのです。
たとえこの現世で王女の願いが叶えられたとしても、冥界からまたこの世へ生を受けられたとき、私は再び貴女を護り、貴女を愛する。
永遠の別れなどないのです。それこそが死をもって叶えた、私自身の願い。
来世で貴女はまた私を知らずに生涯を終えるかもしれない。来世が訪れないかもしれない。
それでいい。貴女が私を知らずとも、私は側に寄り添い続ける。私は貴女の永遠の盾。貴女に誓った愛の形。
いつか共に冥界へ還るその時まで。
2020.01.16 サイト2周年記念 / 藤様へ
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