ブラック・マジシャン
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間違いを犯したことも、境界線を超えてしまったことも、どうか「悪いことだった」と言わないで。
私たちの関係は確かに大変なものだったし、決して最高のものではなかった。だけど私の頭の中では今でもあなたが微笑んでくれている。
あなたが私の頭を支配して離れないの。だから神に誓うわ、もう同じ過ちを犯さないと。
Thought we kissed Goodbye,
カードで指を切るなんて初めてのことだった。
「痛ッ───!」
「あーあ、」とため息を漏らして、なまえは利き手の人差し指を眺めた。ぱっくりと割れた皮膚からは赤い血が滲んでいる。珍しいこともあるものだと思いながら、指を切った張本人の顔を拝んでおこうとなまえはそのカードをめくった。
「───え、」
本当にたまたま側面に思い切り指を引いてしまった。一枚一枚それなりに厚みはあるが、当たりどころと当たり方が悪かったのだろう。
そう、こんなこと決してカードの意思であるはずがない。
「……そうよね?」
絆創膏を巻いてから、答えてくれるはずもない《ブラック・マジシャン》のカードに目を向ける。
いまはもう呼びかけても出てきてくれなくなってしまった、精神的な恋人とも言える大切なカード。だけど海馬に心を寄せてから、ブラック・マジシャンとの間には線が引かれてしまった。
……自分で境界線を引いた。
それ以来デュエルで召喚でもしない限り、ブラック・マジシャンの姿を見ることさえなくなっている。
自分の中の天秤が海馬を選んだとき、ブラック・マジシャンは私にキスをした。
カードのモンスターがカウントに入るなら、ブラック・マジシャンは私のファースト・キスの相手。実際私はそう思っている。
彼は私の精神的な恋人だったのだから。
あれは、さよならのキスだったのだろうかと今でも思い返すことがある。
もし神聖なものを手に入れたとして、私はそれを大切にし続けることができるだろうか。信じていたものが普通になって、大切なものが身近になって、愛していたものが愛してくれたとして、私は元のままの私でいられるだろうか。
少なくともブラック・マジシャンに対して私はそうでは居られなかった。だからほんの少しの罪悪感だけで境界線を引けた。私にとっての“神聖なもの”が
自分自身に言い聞かせたの、「はっきりさせた方がいい」と。それが間違いだったのか私にはわからない。
まだあなたのことを思っているから。
「……あ、うそ」
ブラック・マジシャンのカードを傾けて光の当たる角度を変える。手を切った場所だろうか、端が擦れてごく僅かな傷ができていた。
「(最悪)」
デュエリストならば、カードの傷だけは絶対に避けたいもの。表面はフィルム加工してるけど、ごく薄い断面だけはどうしても守りきれない。
ため息をついてブラック・マジシャンをデッキに戻す。幸いにもプレイングで目印になるような傷ではないと確認して、次に吐いたのは安堵の息だった。
最後までブラック・マジシャンの意思だけはよく分からなかった。最初は愛し合っていると信じられた。だけど彼と直接口を聞いたわけではない。私の抱いた恋と、ブラック・マジシャンが与えてくれる愛は全く違っていたんだと思う。
いつも私に背中を向けて守ってくれるだけ。不安な夜に後ろから抱きしめてくれるだけ。変わらない表情に真一文字の唇。青い肌、優しい青い陰。
あなたが愛したのは本当に私のことだったの?
なにひとつ読めない顔に、私が唯一気付いていたもの。……ブラック・マジシャンの瞳は、いつも泣きそうな色をしていた。
私たちの関係は大変だった。誰にも言えない秘密に満ちていて、誰からも理解されない精神世界だけが私たちの聖域。決して最高のものではなかった。
どうして海馬に恋をしたと確信したあの夜、やっと私を愛しているのだと示したの。
……どうして私は大泣きしている自分を俯瞰して見れたの。
ブラック・マジシャンのことが分からないのではない。きっと、私がブラック・マジシャンを忘れているだけ。あなたが本当は誰なのか、私が本当は誰だったのか。
でも昔に犯した間違いを修復するつもりはない。ブラック・マジシャンという“人外”に私は境界線を引いた。恋に恋をしていた幼い自分ごと。だけどまだあなたのことを思っている。頭の中を、まだあなたが支配している時がある。
幼い私が私の腕を引くの、境界線を超えて。きっと一生誰を愛して、誰とキスをしてもあなたを思い出す。
境界線の向こうにいる
私からブラック・マジシャンにしたキスは、さよならのキス。最後のつもりでしたけれど、本当に「私たちが終わった」わけじゃなかった。
境界線を超えて私はブラック・マジシャンを思い出す。何度もそれを乗り越えなければいけない。脳内の配線を変えても、セラピーを受けても、あなたのカードを引くたびに私は揺らぐ。気持ちに決着をつけてもまたブラック・マジシャンのことを思い出して、ただこの瞳に優しい青い陰が落ちるの。
もう戻ることはできない。だけど本当に終わったわけでもない。何度でもブラック・マジシャンの事を思い出すと思うし、それでいいと思ってる。いつか再び境界線が取り払われたとき、今度こそこの神聖なものを大切にすると誓いたいから。
(Never Really Over / Katy Perry
2020.01.16 サイト2周年記念 / 藤様へ
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