海馬瀬人
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毎週金曜日はさ、ラビットパイを焼くんだってさ。
毎週金曜日はさ、農家のおじさんが銃を持って出掛けて行くんだってさ。
だから僕は毎週金曜日は早くに起きて、この小さな歌を歌うのさ。
Run Rabbit Run
「増えてる……」
明らかに数字で現れている。体重計の電子版の表示に、なまえは真っ青にした顔を抱えた。
なんとなくそんな気はしてた。スカートにちょっと脇腹が乗ってきたな〜とか、ブラジャーのアンダーバストがキツいな〜とか、でも肝心のカップは変わってないな〜とか、二の腕が揺れてるかもとか、顔周りがプクプクしてきたかもとか、とにかく全て夢であればいいと思って見ないフリをしてきた。
でも当たり前のスピードで現実は追い掛けて来るし、ずっと前からなまえの肩を叩いていた。
「ま、……まさか」
洗面所から部屋に駆け込み、引き出しをひっくり返すほどの勢いで採寸メジャーを取り出す。自分で測るからちょっと背中側がヨレてるかもしれないけど、今はそんなのどうだっていい。私には確かめなければならない事がある!
「───ッ!!!!」
思わず膝から崩れ落ちた。指でマーキングした目盛りを震える目で見つめる。
……メジャーには赤い線を引いて目安にしていた。「ここが本当のデッドラインなんだぞ」と。赤い線から4センチと8ミリ、なまえのウエストはその国境を超えてしまっている。
それはつまり、海馬のウエストよりほぼ5センチオーバーしている事を示していた。
「……」
しばらく絶句したままメジャーを見つめる。だが突然フラリと立ち上がって窓を開けた。暖かい日差しに青い風の吹き抜ける爽やかな朝。
朝露がキラキラと輝く中で、学校の教材で育てているアサガオの苗に水をやるモクバがなまえに気付いて手を振った。
「……あは、いい自殺日和だなぁ」
「なまえ?!」
青い顔で力なく笑うなまえの物言いに、モクバはジョウロを放って走り寄った。
「ダイエットなんて必要ねぇぜ! なぁ、そんなに気に病むことねえって」
モクバの励ましにソファの上で膝を抱えたなまえが顔を上げるが、なまえは人ってこんなに顔面蒼白になるのかと思うくらい酷い顔をしていた。
「モクバくん、今14歳だっけ」
「え? ……う、うん」
「体重……」
「えっ…… オ、オレは男だし、なまえとは身長も違ぇだろ!」
そうだろうけど。そうだろうけどね、今は体重を交換してほしい。
そもそも比較対象が悪いんじゃなかろうか。あの見た目でBMI値が普通体重範囲ってこの世界はどうかしている。なんであの横を歩かないといけないの、この前だってモデルもびっくりな縦に長い海馬の横に立ってたお陰で「あれ……? 海馬夫人ってスタイル悪いんじゃ」みたいな空気になってたじゃん。
聞こえてるんだよこっちは!
高校を卒業して早7ヶ月、それは卒業の次の日に入籍した2人にとって結婚生活の長さの目安でもあった。
「これが……幸せ太り……」
遅れてやって来たマリッジブルーに取り憑かれている気分だ。夢みたいな月日のあとっていうのはだいたい大きな現実が待ち構えている。
ただ、それがまさかこんな形で自分を飲み込むとは思ってもいなかっただけ。
ベスト体重をオーバーしている理由はわざわざ考えなくても思い当たる。
まず体育の授業が無くなったこと。あんなに大嫌いな授業から解放されたというのに、今になって“定期的に運動する機会があった”事がどれだけ有難いことだったのかと噛み締められる。
そして移動手段が車になったこと。一人でフラッと街を歩く事なんて無くなったし、どこへ行くにも運転手付きの車で、しかもハイヒールで歩くからそんなに動かない。こればかりは生活基準を海馬に合わせたのが原因か。
……じゃあ海馬はいつカロリーを消費して筋肉付けてるの。食事の内容だって同じだし何なら海馬の方が食べてるじゃん。え?なに、私だけ違う世界線を生きてるの?
「ダイエットしなきゃ」
スン…ッと据わった目で立ち上がるなまえをモクバが見上げる。
季節はこれからが秋口。冬に向けてさらに“蓄えて”しまう前に体質改善をしなくては、きっと一生を掛けて肥え続けるんだわ。
「な……なぁ、無理はよくないぜ」
心配そうに眉をハの字に下げたモクバに「大丈夫」と笑いかけると、なまえは早速リビングを飛び出した。
***
「何をしている」
「ハ、ハア、……ハァ、ハァ、ゼー、ゼーェ、ハァ、ケホケホ……」
全然答えられないなまえに海馬が顔を顰める。もうため息すら出せない海馬に、なまえは汗だくの顔を差し出されたタオルで覆った。
「それで、何をしていた」
「シャトルラン50本……を、12本でリタイア」
情けない……!とまたタオルに顔を埋めるなまえに海馬は呆れた目を向ける。
18歳女子の20メートル折り返しシャトルランの平均本数は47本って絶対嘘じゃん。それとも私の生きてる世界線が間違ってるの。やっぱりそうなの。
グニっと袖から伸びる二の腕を海馬に摘まれる。
「〜〜〜───!!!」
声にならない叫びを上げて海馬の手を振り払い後退した。真っ赤な顔に涙目で慌てふためくなまえに、海馬の加虐心がつい擽られてしまう。
「フン、これぐらい…… オレはまだ気にならんぞ」
「“まだ”ってなに、“まだ”って! いま頑張らないともっとお肉付くわよ!」
「抱き心地が良くなる分には構わん」
「最低な判断基準!!!」
ピーピーと柄にもなく泣き喚くなまえに、よっぽど重く受け止めているのだろうと海馬も閉口する。
「貴様が見た目に拘る女だとは思わなかったぞ」
「うっ……」
少し非難めいた海馬の目に肩が揺れる。人間誰だって成長するし結婚すれば歳も取ると自分でも分かっていた。それが自分にも美への執着があったことを今更思い知って、確かに馬鹿らしいとも冷静に考え直せている。
でも、でも───
「でも、その、……いつまでもキレイでいたら、瀬人だって私のこと、放っとかない、でしょ」
もごもごと口籠って顔を赤らめた。
衣装部屋の1番奥、専用のクローゼットに仕舞い込んだウェディングドレス。せめて子供を授かるまでは、あれを着られる体型でありたい。そう願うことの一体何が悪いことだと言うのだろう。
一生に一度だけ、あなたがプレゼントしてくれた大切なたからものなのだから。
海馬も「フム……」と息を吐く。
「無理なダイエットは許さん。それと、なまえが目安にしているオレのウエストは2年前のものだ。いい加減情報をアップデートしろ。……いや待て、今後オレの体型を比較対象にするのはやめろ」
「じゃあウェディングドレス着れるか否かで考える」
「とにかく、無闇に体を壊すような事はするな。……トレーナーを雇え。それ以外は却下だ」
「え、」
珍しく海馬が根負けした。なまえも少し驚いて目をぱちぱちと瞬く。
「……いや、オレが選ぶ。男は絶対にダメだ。」
何度か言い換える海馬に笑いを堪えた。頭の回転が速い海馬のことだ、色々と余計な事を考えたのだろう。
「そんなことより」
汗で毛先が濡れる、結い上げた髪の先に海馬の指が伸びた。「汗臭いといけないからあまり側に来て欲しくない」と言わんばかりになまえがジリジリと後退するので、海馬はそのままわざとなまえの顎の下を摘む。
「毎晩セ──「それ以上言ったら離婚するわよ」
「……」
「…………」
「フン、オレが協力すればこの顔周りもスッキリすると思うが」
「じゃあ毎晩帰ってくることね」
グッと言葉が詰まる海馬の手を掴んで自分の顔から離した。……会社に泊まり込むのが平常運転の海馬に何度モヤモヤしたことか。その仕返しとばかりに言い返せられて、なまえは少しスッとする。
「いいだろう」
「は?」
予想外の答えに背筋が固まる。それを撫でるように海馬の手が抱き寄せた。
「オレもいい運動ができそうだ」
「デュエル! 毎晩デュエルでいいでしょ?」
「それは結婚式で決着がついている。」
逃げろウサちゃん、逃げろ。
毎週金曜日はさ、農家のおじさんが銃を持って出掛けて行くんだってさ。
だから僕は毎週金曜日は早くに起きて、この小さな歌を歌うのさ。
「増えてる……」
明らかに数字で現れている。体重計の電子版の表示に、なまえは真っ青にした顔を抱えた。
なんとなくそんな気はしてた。スカートにちょっと脇腹が乗ってきたな〜とか、ブラジャーのアンダーバストがキツいな〜とか、でも肝心のカップは変わってないな〜とか、二の腕が揺れてるかもとか、顔周りがプクプクしてきたかもとか、とにかく全て夢であればいいと思って見ないフリをしてきた。
でも当たり前のスピードで現実は追い掛けて来るし、ずっと前からなまえの肩を叩いていた。
「ま、……まさか」
洗面所から部屋に駆け込み、引き出しをひっくり返すほどの勢いで採寸メジャーを取り出す。自分で測るからちょっと背中側がヨレてるかもしれないけど、今はそんなのどうだっていい。私には確かめなければならない事がある!
「───ッ!!!!」
思わず膝から崩れ落ちた。指でマーキングした目盛りを震える目で見つめる。
……メジャーには赤い線を引いて目安にしていた。「ここが本当のデッドラインなんだぞ」と。赤い線から4センチと8ミリ、なまえのウエストはその国境を超えてしまっている。
それはつまり、海馬のウエストよりほぼ5センチオーバーしている事を示していた。
「……」
しばらく絶句したままメジャーを見つめる。だが突然フラリと立ち上がって窓を開けた。暖かい日差しに青い風の吹き抜ける爽やかな朝。
朝露がキラキラと輝く中で、学校の教材で育てているアサガオの苗に水をやるモクバがなまえに気付いて手を振った。
「……あは、いい自殺日和だなぁ」
「なまえ?!」
青い顔で力なく笑うなまえの物言いに、モクバはジョウロを放って走り寄った。
「ダイエットなんて必要ねぇぜ! なぁ、そんなに気に病むことねえって」
モクバの励ましにソファの上で膝を抱えたなまえが顔を上げるが、なまえは人ってこんなに顔面蒼白になるのかと思うくらい酷い顔をしていた。
「モクバくん、今14歳だっけ」
「え? ……う、うん」
「体重……」
「えっ…… オ、オレは男だし、なまえとは身長も違ぇだろ!」
そうだろうけど。そうだろうけどね、今は体重を交換してほしい。
そもそも比較対象が悪いんじゃなかろうか。あの見た目でBMI値が普通体重範囲ってこの世界はどうかしている。なんであの横を歩かないといけないの、この前だってモデルもびっくりな縦に長い海馬の横に立ってたお陰で「あれ……? 海馬夫人ってスタイル悪いんじゃ」みたいな空気になってたじゃん。
聞こえてるんだよこっちは!
高校を卒業して早7ヶ月、それは卒業の次の日に入籍した2人にとって結婚生活の長さの目安でもあった。
「これが……幸せ太り……」
遅れてやって来たマリッジブルーに取り憑かれている気分だ。夢みたいな月日のあとっていうのはだいたい大きな現実が待ち構えている。
ただ、それがまさかこんな形で自分を飲み込むとは思ってもいなかっただけ。
ベスト体重をオーバーしている理由はわざわざ考えなくても思い当たる。
まず体育の授業が無くなったこと。あんなに大嫌いな授業から解放されたというのに、今になって“定期的に運動する機会があった”事がどれだけ有難いことだったのかと噛み締められる。
そして移動手段が車になったこと。一人でフラッと街を歩く事なんて無くなったし、どこへ行くにも運転手付きの車で、しかもハイヒールで歩くからそんなに動かない。こればかりは生活基準を海馬に合わせたのが原因か。
……じゃあ海馬はいつカロリーを消費して筋肉付けてるの。食事の内容だって同じだし何なら海馬の方が食べてるじゃん。え?なに、私だけ違う世界線を生きてるの?
「ダイエットしなきゃ」
スン…ッと据わった目で立ち上がるなまえをモクバが見上げる。
季節はこれからが秋口。冬に向けてさらに“蓄えて”しまう前に体質改善をしなくては、きっと一生を掛けて肥え続けるんだわ。
「な……なぁ、無理はよくないぜ」
心配そうに眉をハの字に下げたモクバに「大丈夫」と笑いかけると、なまえは早速リビングを飛び出した。
***
「何をしている」
「ハ、ハア、……ハァ、ハァ、ゼー、ゼーェ、ハァ、ケホケホ……」
全然答えられないなまえに海馬が顔を顰める。もうため息すら出せない海馬に、なまえは汗だくの顔を差し出されたタオルで覆った。
「それで、何をしていた」
「シャトルラン50本……を、12本でリタイア」
情けない……!とまたタオルに顔を埋めるなまえに海馬は呆れた目を向ける。
18歳女子の20メートル折り返しシャトルランの平均本数は47本って絶対嘘じゃん。それとも私の生きてる世界線が間違ってるの。やっぱりそうなの。
グニっと袖から伸びる二の腕を海馬に摘まれる。
「〜〜〜───!!!」
声にならない叫びを上げて海馬の手を振り払い後退した。真っ赤な顔に涙目で慌てふためくなまえに、海馬の加虐心がつい擽られてしまう。
「フン、これぐらい…… オレはまだ気にならんぞ」
「“まだ”ってなに、“まだ”って! いま頑張らないともっとお肉付くわよ!」
「抱き心地が良くなる分には構わん」
「最低な判断基準!!!」
ピーピーと柄にもなく泣き喚くなまえに、よっぽど重く受け止めているのだろうと海馬も閉口する。
「貴様が見た目に拘る女だとは思わなかったぞ」
「うっ……」
少し非難めいた海馬の目に肩が揺れる。人間誰だって成長するし結婚すれば歳も取ると自分でも分かっていた。それが自分にも美への執着があったことを今更思い知って、確かに馬鹿らしいとも冷静に考え直せている。
でも、でも───
「でも、その、……いつまでもキレイでいたら、瀬人だって私のこと、放っとかない、でしょ」
もごもごと口籠って顔を赤らめた。
衣装部屋の1番奥、専用のクローゼットに仕舞い込んだウェディングドレス。せめて子供を授かるまでは、あれを着られる体型でありたい。そう願うことの一体何が悪いことだと言うのだろう。
一生に一度だけ、あなたがプレゼントしてくれた大切なたからものなのだから。
海馬も「フム……」と息を吐く。
「無理なダイエットは許さん。それと、なまえが目安にしているオレのウエストは2年前のものだ。いい加減情報をアップデートしろ。……いや待て、今後オレの体型を比較対象にするのはやめろ」
「じゃあウェディングドレス着れるか否かで考える」
「とにかく、無闇に体を壊すような事はするな。……トレーナーを雇え。それ以外は却下だ」
「え、」
珍しく海馬が根負けした。なまえも少し驚いて目をぱちぱちと瞬く。
「……いや、オレが選ぶ。男は絶対にダメだ。」
何度か言い換える海馬に笑いを堪えた。頭の回転が速い海馬のことだ、色々と余計な事を考えたのだろう。
「そんなことより」
汗で毛先が濡れる、結い上げた髪の先に海馬の指が伸びた。「汗臭いといけないからあまり側に来て欲しくない」と言わんばかりになまえがジリジリと後退するので、海馬はそのままわざとなまえの顎の下を摘む。
「毎晩セ──「それ以上言ったら離婚するわよ」
「……」
「…………」
「フン、オレが協力すればこの顔周りもスッキリすると思うが」
「じゃあ毎晩帰ってくることね」
グッと言葉が詰まる海馬の手を掴んで自分の顔から離した。……会社に泊まり込むのが平常運転の海馬に何度モヤモヤしたことか。その仕返しとばかりに言い返せられて、なまえは少しスッとする。
「いいだろう」
「は?」
予想外の答えに背筋が固まる。それを撫でるように海馬の手が抱き寄せた。
「オレもいい運動ができそうだ」
「デュエル! 毎晩デュエルでいいでしょ?」
「それは結婚式で決着がついている。」
逃げろウサちゃん、逃げろ。