恋の助けも主命とあらば
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/宗三に夢中な主の場合
「宗三を思う存分触りたい。」
「…」
「…」
「…は?」
素っ頓狂な内容が聞こえたんだが気の所為だったろうか。まさか主に限ってそんな…
「…やっぱだめだよね…」
マジだった。
酷く落ち込んだような顔をする主に長谷部は大慌てする。
「いえ、…ただ、あの…せめてその…なにゆえ…」
主は抱きしめていた枕に顔を押し付けながら、バタリと横に倒れた。
「触らしてくれないの!!!宗三が!!!『僕に触れられると思いましたか』だってさ!!!ほんと可愛い好き愛してる!!!」
枕を抱きしめて顔を埋めたまま布団の上をゴロゴロする主を、もはや無の境地に至った長谷部が見ている。
「宗三が!!!好きすぎて!!!ヤバいんだよォォォオ長谷部!!!」
普段の凜とした姿からは予想出来ない醜態を、主はまさしく “最も信頼している” 長谷部にだけ見せ…
訂正しよう。宗三の事になると主はそこに誰が居ようとこうなる。無論それは宗三本人の前でも。
「宗三がさ、自分からめっちゃ侍って来るくせにさ、触らしてくんないの本当生殺しでツラい。なにあの美しい子。しかもめっちゃ髪の毛フワフワさらさらツヤツヤでさ、いっつも風に乗っていい匂いするの。なんなのあの子。なんであんなに可愛いのほんと意味わかんない控えめに言って愛してるんだけどどうしたらいいの長谷部わたし宗三の袈裟になりたい私を袈裟にして長谷部。」
枕から顔を上げ血走った涙目を長谷部に向けると、息も荒いままに宗三の事がどれだけ好きか語り出す。それを苦虫を噛み潰したような顔で、長谷部は何としてでも主の気を宗三から反らそうと頭の中をフル回転させていた。
「主。…失礼ですが、俺はこれ以上宗三をご寵愛なさるのはお勧め致しかねます。」
「なんで?!」
「…大変申し上げにくいのですか、確かに代々天下人の元を渡り続けただけあって、宗三は主にとって美しく魅力的かもしれません。しかし、主は既に宗三を大層ご寵愛なさっておいでです。これ以上ヤツを甘やかせばつけ上がらせる一方です!…それにヤツも男です。主の方からあまりお熱を上げられますと、宗三が主に一体何を仕出かすか…!」
主の顔はバッと赤く紅潮する。
「…え、なにをしでかすって、え、いや、あの…」
興奮が冷めないのか、目を白黒させて頭を抱える。
長谷部にとって、[主を渡したくない刀剣男子殿堂入り]、[押し切りたい刀剣男子殿堂入り]、さらには[主のご寵愛殿堂入り]の三冠王、宗三左文字という存在は厄介な相手だった。これは何としても諦めて頂かねばと胸中に炎を燃やす。
長谷部の[自分の意思<主命]精神が、
[自分の意思>>>>>主命]と逆転した瞬間であった。
しかし主は、せめて宗三を思う存分撫でまくりたいと嘆いて、貞子よろしくズルズルと這い寄って、「はせべぇ、はせべぇえ…」と長谷部に縋り付いてくる。その目が長谷部の決心を揺るがせ、少しは主の命も果たさなくては…という気持ちが芽生える。
だが一方で、長谷部は心底主と自分を哀れんでいた。よりにもよってあの宗三。主も俺に助けを乞うなど人が悪いと喉まで出かかるのを飲み込んだ。
とりあえず主の目先の目標を自分の目の届く範囲でのみ達成させつつ、宗三が主に何かやらかそうとするならば即押し切る、と心に定めてその大役を引き受けたのだった。
***
その日、宗三はいつものように主の執務室へ自ら現れた。…もちろん、それは主の目の前で思う存分に誘惑して、その反応を楽しむという悪魔、いや魔王のような所業をする為だけに。
「入りますよ。」
宗三はお構いなしに障子を開け放った。他の者は必ず入る前に名前を言って許可を待つのだが、宗三だけは『自分が入りたいから入る』というスタンスを崩さなかった。…それもこれも、主が自分に夢中である事を知っている上に、主が宗三をこれでもかと甘やかし続けてきたのが原因であるのだが。
「あ、…そ、宗三…!」
今日も来てくれたの?と、もし尻尾があるなら千切れんばかりに振って喜んでいるだろう主を、フフンと勝ち誇ったような顔で見る。だが宗三のその目には、とんでもないものが入って来た。
兄、江雪左文字が、主を膝に座らせて仕事を手伝っていたのだ。…まるで座椅子とそれに座る人の如くナチュラルに収まる2人の姿は、まさしく宗三にとって青天の霹靂であった。
「ちゃんと、挨拶なさってから入りなさいと…申したでしょう。」
主の頭の上に顎を乗せて桜吹雪を散らす江雪兄さんには言われたくない!
…と、喉まで出かかる言葉を飲み込んで、「すみません」とだけこぼす。そして障子を閉めてから書類に向かう主の前に座った。
「じ、…実はね宗三。」
主が口を開いたところで、江雪が目を開けて二人羽織よろしく指でその口を止めさせた。
「…宗三。お前たちに、義姉が…できます。」
江雪は、宗三にしかわからない『勝ち誇った顔』で、確かにそう言い放った。
え、えへへ…と主が眉毛をハの字にして困ったように笑って…いや、目が笑ってない。完全に嘘をついている時の目をしている。
「…はぁ?」
宗三の淡く青い方の目の端がピクリと動いた。だがその顔は、まだ自分の方が優位であると言わんばかりである。
「…ンフフフ、江雪兄さんも人が悪い。主はずっと前から、僕の事に夢中なんですよ?…弟から大切な人を奪うなんて真似、争いがお嫌いな江雪兄さんなら…できませんよね?」
「え♡大切なひ…モガッ!」
袖で口元を押さえてクスクス笑い続ける宗三に、主は既にオーバーヒートしそうであったがすぐに江雪が冷んやりとした白い手でその口を塞ぐ。
そしてそのまま主の顎を引いて身体を抱き寄せ自分の方へ向かせると、主の耳元まで顔を寄せた。
主はちょっと呑気に、江雪って意外と強引だ、宗三と足して2で割ってほしいなんて考える。
「宗三、…主とは、まだここまで肌を、合わせてはいないのでしょう…?」
江雪の低い声と熱い吐息が耳元をくすぐる。「あわわわわわわ」と目をグルグル回してうなじまで真っ赤に染まる主を、宗三は心底苛立たしげに見ていた。
「ねぇ?主…。」
江雪が主の顎をとり、細い目で微笑みながら唇を寄せようとした。
「こっ、…!!!こうせつ!!!台本とちがう!!!ま、ま、…まッッッ!!!」
「調子に乗るなァ!!!!!!」
障子と対面にある襖がスパンと勢いよく開け放たれると、長谷部が主を引き剥がした。
長谷部は殺気と嫉妬と主命遂行への責務が入り混じる ギラギラした目で江雪を威嚇する。…太刀であり明らかにステータス差があるはずの江雪でさえ、今の長谷部には身の危険を感じた。
「…やっぱり。長谷部の差し金でしたか。」
宗三はいつの間にか、主の真後ろに立っていた。腰を少し屈めて、その美しい横顔を惜しげも無く主の眼前に披露していた。
「〜〜〜〜ッッッ!!!!」
バッと後ずさるが襖に阻まれてそんなに離れられなかった。宗三はいつもの余裕に満ちた顔で主に詰め寄り、鼻先がぶつかるほどのところまで迫った…が、長谷部の腕が割り込まれる前には避けて綺麗に躱していた。
「おやおや、忠犬ぶりご苦労様です。」
袖で口元を隠すと、完全に長谷部を見下した目で微笑んだ。
「お待ちなさい。私は、至って…本気ですよ。」
「へ?!」
江雪がグイッと主の手を引く。主はもう宗三という魔薬でハイになって判断能力が鈍っていた。それをすぐに宗三が反対の腕を引き、江雪をけん制した。
「何をおっしゃっているのか…。主は最初から僕のものです。後から来た江雪兄さんに取られるほど、僕の魅力は衰えてはいませんよ?」
「そうですよねぇ主?」と、いつもなら誘惑だけして去って行く悪魔が、今日は天使も裸足で逃げ出すほどの美しい顔で微笑んで詰め寄ってくる。
「しかし、…主を、欲求不満にさせる、不甲斐ない弟を持つ兄としては、主の為にも、引くわけには参りません。」
「私の方が、主の後々のために良いですよ」と、こちらも大本命宗三の兄だけあって、仏も涅槃から目覚めるほどの美しい顔で詰め寄る。
「(桃色と水色で視界が幸せ…もう死んでも悔いはない。)」
「(人選を完全に誤った。お許し下さい主…!)」
長谷部はもう手に負えないと匙を投げたい気持ちをグッと堪えて、最後まで使わないだろうと踏んでいた『保険』を切った。
黙って襖を開け、静かに入ってくるなり主の背中から抱きつく、小夜左文字。
「江雪兄様、宗三兄様、…主は1人しか居ない。…僕から奪わないで。」
おずおずとそれぞれの兄を見上げる小夜を見て、大の大人3人は膝をついて崩れ落ちた。完全K.Oです…勝てるわけがなかった…
──ヒートアップした場を小夜が納めると、江雪の手を引いて部屋から出て行く。
廊下を歩きながら、小夜はちょっとした罪悪感を抱えて口を開いた。
「江雪兄様、…宗三兄様の邪魔は、主のためには、たぶんよくないよ。」
江雪が薄く目を開いて、小夜にしかわからない不貞腐れた顔をした。
「歌仙がいまお茶を淹れているから行こう」と、小夜はそのまま江雪と手を繋いで廊下を進んで行った。
***
「それで?主は僕のせいで欲求不満なんですね?」
「口を慎め!その言い方をやめろ!」
長谷部が青筋を立てて自身の刀身に手を伸ばす。
「う、うう…ごめんなさい。」
だって宗三って見せつけて来るだけで指一本触らせてくれないんだもん…
…なんて言いたいが、急に恥ずかしくなって口の中でモゴモゴと言い淀む。
長谷部と並んで正座をさせられ、怒られたり嫌われたりするかと思ったが、宗三は「そんなこったそうと思った」という呆れ顔をするだけであった。
「宗三は本当に恐ろしく勘のいい刀剣だなぁ」なんて悠長に思う反面、宗三がさっき「主はずっと前から僕のもの」と言った事が嬉しくて、ついつい顔がとろけてしまう。
ちょっと猫背ぎみに座っているだけなのに、枝垂れ桜のしなやかなひと枝をも連想させる宗三を目の前にして、主はもう感嘆とため息しか出て来ない。
一方の長谷部も、主命とあらばこうまで冷徹になれるのかと、自分自身恐ろしく思っていた。本当の気持ちを言うならば、最愛の主だ。よりにも寄って宗三なんかには絶対に渡したくはない。
それでも宗三に見惚れる主を目の前にして、ここまでご執着ならば自分にはもう止める手立てなど無い…と、半分以上諦めていた。…また、主の寵愛をこの宗三左文字に奪われるのか。
胸の奥にくすぶる、宗三を目の敵にしてしまう原因となった記憶がチリチリと長谷部を痛めつける。
横目でそれを眺めていた宗三は、それすら見抜いているような目を逸らした。
「主、俺は席を外します。近くにおりますので、何か身の危険があればすぐお呼び下さい。」
長谷部はあくまで平素なそぶりで主に頭を下げ、障子を開けて去って行った。だが宗三はすぐに、長谷部が隣室に控えただけなのを気配で察知する。
「貴女を取られるのが忍びないなら、先に奪えることもできたでしょうに。」
宗三がため息をつくのを、主が何のことかと覗き込む。宗三は、哀れなものよと慈しむ目で、主に微笑んだ。
「主。貴女が良しと言って下されば、僕はすぐにでも…貴女の一の刀にも、貴女の恋人でも、それこそ、夫にだってなって差し上げますよ。」
主の膝の上に置かれた手に、宗三の細長い指が絡め取られる。
「…へっ?!」
首まで赤くして目をぱちぱちと瞬きし、小さく震える主のなんと可愛らしく、愛おしいことか。
「…だから、あまり暴走なさらずに、僕に正直に言って下されば良かったのに。おかげさまで、江雪兄さんとお小夜まで僕の恋敵にしてしまいました。」
この人に重力なんて物は存在しないのでは無いかという程に、宗三はスルスルと優雅に膝をついたまま迫る。眼前に左右色の違う瞳が迫り、触ってみたいと思っていた桃色の髪が自分の顔に落ちてくる。
「…それで?…僕に触らせてあげる代わりに、主は僕に何を下さるんです?」
「あぁ、長谷部を下賜して頂くとかは無しですよ」と笑う宗三の顔はいつもの悪魔の笑顔をだった。だがゆったりと開かれる、真意を問うその真剣な眼差しは、きっともう二度と離してもらえる事は無いのだろうと思わせて、否が応でも自分の口から言葉を引き出させた。
「宗三、…好き。」
「毎日伺っております。」
「愛してる」
「それも毎日。…主はそれを、誰にでも言うきらいがありますねぇ。安っぽくなりますよ。」
「触らせて」
「僕に触れられると思いましたか?」
「どうしたら触らせてくれるの?」
「貴女が正直に、なってくださったら。」
クスクスと笑う、意地悪な宗三に息を飲む。
もう鼻先がぶつかって、このまま唇がいつ触れてもおかしくない距離で、宗三の目が急かしてくる。
「わ、たしと、…つきあって、ください。」
心臓が強いくらいに高鳴っている。もう宗三に聞こえているんじゃないだろうか。
だが「うーん」と宗三は悩んで見せてきて、一気に不安が押し寄せる。
───ちゅ
宗三は目を閉じたまま、ほんの触れるだけの口付けをした。
「!!!」
「まあ、今はそれで良いですよ。」
主の手を、宗三は自分の顔に触れさせる。
まるで、さぁ思う存分にどうぞ、と言うように。
***
思わず江雪の本心を知りつつも、主は結局宗三と添われた。
長谷部はちょっと悲しい気持ちを押し殺しながら、今日も主のわがままを聞いていた。
「宗三を思う存分触りたい。」
「…」
「…」
「…は?」
素っ頓狂な内容が聞こえたんだが気の所為だったろうか。まさか主に限ってそんな…
「…やっぱだめだよね…」
マジだった。
酷く落ち込んだような顔をする主に長谷部は大慌てする。
「いえ、…ただ、あの…せめてその…なにゆえ…」
主は抱きしめていた枕に顔を押し付けながら、バタリと横に倒れた。
「触らしてくれないの!!!宗三が!!!『僕に触れられると思いましたか』だってさ!!!ほんと可愛い好き愛してる!!!」
枕を抱きしめて顔を埋めたまま布団の上をゴロゴロする主を、もはや無の境地に至った長谷部が見ている。
「宗三が!!!好きすぎて!!!ヤバいんだよォォォオ長谷部!!!」
普段の凜とした姿からは予想出来ない醜態を、主はまさしく “最も信頼している” 長谷部にだけ見せ…
訂正しよう。宗三の事になると主はそこに誰が居ようとこうなる。無論それは宗三本人の前でも。
「宗三がさ、自分からめっちゃ侍って来るくせにさ、触らしてくんないの本当生殺しでツラい。なにあの美しい子。しかもめっちゃ髪の毛フワフワさらさらツヤツヤでさ、いっつも風に乗っていい匂いするの。なんなのあの子。なんであんなに可愛いのほんと意味わかんない控えめに言って愛してるんだけどどうしたらいいの長谷部わたし宗三の袈裟になりたい私を袈裟にして長谷部。」
枕から顔を上げ血走った涙目を長谷部に向けると、息も荒いままに宗三の事がどれだけ好きか語り出す。それを苦虫を噛み潰したような顔で、長谷部は何としてでも主の気を宗三から反らそうと頭の中をフル回転させていた。
「主。…失礼ですが、俺はこれ以上宗三をご寵愛なさるのはお勧め致しかねます。」
「なんで?!」
「…大変申し上げにくいのですか、確かに代々天下人の元を渡り続けただけあって、宗三は主にとって美しく魅力的かもしれません。しかし、主は既に宗三を大層ご寵愛なさっておいでです。これ以上ヤツを甘やかせばつけ上がらせる一方です!…それにヤツも男です。主の方からあまりお熱を上げられますと、宗三が主に一体何を仕出かすか…!」
主の顔はバッと赤く紅潮する。
「…え、なにをしでかすって、え、いや、あの…」
興奮が冷めないのか、目を白黒させて頭を抱える。
長谷部にとって、[主を渡したくない刀剣男子殿堂入り]、[押し切りたい刀剣男子殿堂入り]、さらには[主のご寵愛殿堂入り]の三冠王、宗三左文字という存在は厄介な相手だった。これは何としても諦めて頂かねばと胸中に炎を燃やす。
長谷部の[自分の意思<主命]精神が、
[自分の意思>>>>>主命]と逆転した瞬間であった。
しかし主は、せめて宗三を思う存分撫でまくりたいと嘆いて、貞子よろしくズルズルと這い寄って、「はせべぇ、はせべぇえ…」と長谷部に縋り付いてくる。その目が長谷部の決心を揺るがせ、少しは主の命も果たさなくては…という気持ちが芽生える。
だが一方で、長谷部は心底主と自分を哀れんでいた。よりにもよってあの宗三。主も俺に助けを乞うなど人が悪いと喉まで出かかるのを飲み込んだ。
とりあえず主の目先の目標を自分の目の届く範囲でのみ達成させつつ、宗三が主に何かやらかそうとするならば即押し切る、と心に定めてその大役を引き受けたのだった。
***
その日、宗三はいつものように主の執務室へ自ら現れた。…もちろん、それは主の目の前で思う存分に誘惑して、その反応を楽しむという悪魔、いや魔王のような所業をする為だけに。
「入りますよ。」
宗三はお構いなしに障子を開け放った。他の者は必ず入る前に名前を言って許可を待つのだが、宗三だけは『自分が入りたいから入る』というスタンスを崩さなかった。…それもこれも、主が自分に夢中である事を知っている上に、主が宗三をこれでもかと甘やかし続けてきたのが原因であるのだが。
「あ、…そ、宗三…!」
今日も来てくれたの?と、もし尻尾があるなら千切れんばかりに振って喜んでいるだろう主を、フフンと勝ち誇ったような顔で見る。だが宗三のその目には、とんでもないものが入って来た。
兄、江雪左文字が、主を膝に座らせて仕事を手伝っていたのだ。…まるで座椅子とそれに座る人の如くナチュラルに収まる2人の姿は、まさしく宗三にとって青天の霹靂であった。
「ちゃんと、挨拶なさってから入りなさいと…申したでしょう。」
主の頭の上に顎を乗せて桜吹雪を散らす江雪兄さんには言われたくない!
…と、喉まで出かかる言葉を飲み込んで、「すみません」とだけこぼす。そして障子を閉めてから書類に向かう主の前に座った。
「じ、…実はね宗三。」
主が口を開いたところで、江雪が目を開けて二人羽織よろしく指でその口を止めさせた。
「…宗三。お前たちに、義姉が…できます。」
江雪は、宗三にしかわからない『勝ち誇った顔』で、確かにそう言い放った。
え、えへへ…と主が眉毛をハの字にして困ったように笑って…いや、目が笑ってない。完全に嘘をついている時の目をしている。
「…はぁ?」
宗三の淡く青い方の目の端がピクリと動いた。だがその顔は、まだ自分の方が優位であると言わんばかりである。
「…ンフフフ、江雪兄さんも人が悪い。主はずっと前から、僕の事に夢中なんですよ?…弟から大切な人を奪うなんて真似、争いがお嫌いな江雪兄さんなら…できませんよね?」
「え♡大切なひ…モガッ!」
袖で口元を押さえてクスクス笑い続ける宗三に、主は既にオーバーヒートしそうであったがすぐに江雪が冷んやりとした白い手でその口を塞ぐ。
そしてそのまま主の顎を引いて身体を抱き寄せ自分の方へ向かせると、主の耳元まで顔を寄せた。
主はちょっと呑気に、江雪って意外と強引だ、宗三と足して2で割ってほしいなんて考える。
「宗三、…主とは、まだここまで肌を、合わせてはいないのでしょう…?」
江雪の低い声と熱い吐息が耳元をくすぐる。「あわわわわわわ」と目をグルグル回してうなじまで真っ赤に染まる主を、宗三は心底苛立たしげに見ていた。
「ねぇ?主…。」
江雪が主の顎をとり、細い目で微笑みながら唇を寄せようとした。
「こっ、…!!!こうせつ!!!台本とちがう!!!ま、ま、…まッッッ!!!」
「調子に乗るなァ!!!!!!」
障子と対面にある襖がスパンと勢いよく開け放たれると、長谷部が主を引き剥がした。
長谷部は殺気と嫉妬と主命遂行への責務が入り混じる ギラギラした目で江雪を威嚇する。…太刀であり明らかにステータス差があるはずの江雪でさえ、今の長谷部には身の危険を感じた。
「…やっぱり。長谷部の差し金でしたか。」
宗三はいつの間にか、主の真後ろに立っていた。腰を少し屈めて、その美しい横顔を惜しげも無く主の眼前に披露していた。
「〜〜〜〜ッッッ!!!!」
バッと後ずさるが襖に阻まれてそんなに離れられなかった。宗三はいつもの余裕に満ちた顔で主に詰め寄り、鼻先がぶつかるほどのところまで迫った…が、長谷部の腕が割り込まれる前には避けて綺麗に躱していた。
「おやおや、忠犬ぶりご苦労様です。」
袖で口元を隠すと、完全に長谷部を見下した目で微笑んだ。
「お待ちなさい。私は、至って…本気ですよ。」
「へ?!」
江雪がグイッと主の手を引く。主はもう宗三という魔薬でハイになって判断能力が鈍っていた。それをすぐに宗三が反対の腕を引き、江雪をけん制した。
「何をおっしゃっているのか…。主は最初から僕のものです。後から来た江雪兄さんに取られるほど、僕の魅力は衰えてはいませんよ?」
「そうですよねぇ主?」と、いつもなら誘惑だけして去って行く悪魔が、今日は天使も裸足で逃げ出すほどの美しい顔で微笑んで詰め寄ってくる。
「しかし、…主を、欲求不満にさせる、不甲斐ない弟を持つ兄としては、主の為にも、引くわけには参りません。」
「私の方が、主の後々のために良いですよ」と、こちらも大本命宗三の兄だけあって、仏も涅槃から目覚めるほどの美しい顔で詰め寄る。
「(桃色と水色で視界が幸せ…もう死んでも悔いはない。)」
「(人選を完全に誤った。お許し下さい主…!)」
長谷部はもう手に負えないと匙を投げたい気持ちをグッと堪えて、最後まで使わないだろうと踏んでいた『保険』を切った。
黙って襖を開け、静かに入ってくるなり主の背中から抱きつく、小夜左文字。
「江雪兄様、宗三兄様、…主は1人しか居ない。…僕から奪わないで。」
おずおずとそれぞれの兄を見上げる小夜を見て、大の大人3人は膝をついて崩れ落ちた。完全K.Oです…勝てるわけがなかった…
──ヒートアップした場を小夜が納めると、江雪の手を引いて部屋から出て行く。
廊下を歩きながら、小夜はちょっとした罪悪感を抱えて口を開いた。
「江雪兄様、…宗三兄様の邪魔は、主のためには、たぶんよくないよ。」
江雪が薄く目を開いて、小夜にしかわからない不貞腐れた顔をした。
「歌仙がいまお茶を淹れているから行こう」と、小夜はそのまま江雪と手を繋いで廊下を進んで行った。
***
「それで?主は僕のせいで欲求不満なんですね?」
「口を慎め!その言い方をやめろ!」
長谷部が青筋を立てて自身の刀身に手を伸ばす。
「う、うう…ごめんなさい。」
だって宗三って見せつけて来るだけで指一本触らせてくれないんだもん…
…なんて言いたいが、急に恥ずかしくなって口の中でモゴモゴと言い淀む。
長谷部と並んで正座をさせられ、怒られたり嫌われたりするかと思ったが、宗三は「そんなこったそうと思った」という呆れ顔をするだけであった。
「宗三は本当に恐ろしく勘のいい刀剣だなぁ」なんて悠長に思う反面、宗三がさっき「主はずっと前から僕のもの」と言った事が嬉しくて、ついつい顔がとろけてしまう。
ちょっと猫背ぎみに座っているだけなのに、枝垂れ桜のしなやかなひと枝をも連想させる宗三を目の前にして、主はもう感嘆とため息しか出て来ない。
一方の長谷部も、主命とあらばこうまで冷徹になれるのかと、自分自身恐ろしく思っていた。本当の気持ちを言うならば、最愛の主だ。よりにも寄って宗三なんかには絶対に渡したくはない。
それでも宗三に見惚れる主を目の前にして、ここまでご執着ならば自分にはもう止める手立てなど無い…と、半分以上諦めていた。…また、主の寵愛をこの宗三左文字に奪われるのか。
胸の奥にくすぶる、宗三を目の敵にしてしまう原因となった記憶がチリチリと長谷部を痛めつける。
横目でそれを眺めていた宗三は、それすら見抜いているような目を逸らした。
「主、俺は席を外します。近くにおりますので、何か身の危険があればすぐお呼び下さい。」
長谷部はあくまで平素なそぶりで主に頭を下げ、障子を開けて去って行った。だが宗三はすぐに、長谷部が隣室に控えただけなのを気配で察知する。
「貴女を取られるのが忍びないなら、先に奪えることもできたでしょうに。」
宗三がため息をつくのを、主が何のことかと覗き込む。宗三は、哀れなものよと慈しむ目で、主に微笑んだ。
「主。貴女が良しと言って下されば、僕はすぐにでも…貴女の一の刀にも、貴女の恋人でも、それこそ、夫にだってなって差し上げますよ。」
主の膝の上に置かれた手に、宗三の細長い指が絡め取られる。
「…へっ?!」
首まで赤くして目をぱちぱちと瞬きし、小さく震える主のなんと可愛らしく、愛おしいことか。
「…だから、あまり暴走なさらずに、僕に正直に言って下されば良かったのに。おかげさまで、江雪兄さんとお小夜まで僕の恋敵にしてしまいました。」
この人に重力なんて物は存在しないのでは無いかという程に、宗三はスルスルと優雅に膝をついたまま迫る。眼前に左右色の違う瞳が迫り、触ってみたいと思っていた桃色の髪が自分の顔に落ちてくる。
「…それで?…僕に触らせてあげる代わりに、主は僕に何を下さるんです?」
「あぁ、長谷部を下賜して頂くとかは無しですよ」と笑う宗三の顔はいつもの悪魔の笑顔をだった。だがゆったりと開かれる、真意を問うその真剣な眼差しは、きっともう二度と離してもらえる事は無いのだろうと思わせて、否が応でも自分の口から言葉を引き出させた。
「宗三、…好き。」
「毎日伺っております。」
「愛してる」
「それも毎日。…主はそれを、誰にでも言うきらいがありますねぇ。安っぽくなりますよ。」
「触らせて」
「僕に触れられると思いましたか?」
「どうしたら触らせてくれるの?」
「貴女が正直に、なってくださったら。」
クスクスと笑う、意地悪な宗三に息を飲む。
もう鼻先がぶつかって、このまま唇がいつ触れてもおかしくない距離で、宗三の目が急かしてくる。
「わ、たしと、…つきあって、ください。」
心臓が強いくらいに高鳴っている。もう宗三に聞こえているんじゃないだろうか。
だが「うーん」と宗三は悩んで見せてきて、一気に不安が押し寄せる。
───ちゅ
宗三は目を閉じたまま、ほんの触れるだけの口付けをした。
「!!!」
「まあ、今はそれで良いですよ。」
主の手を、宗三は自分の顔に触れさせる。
まるで、さぁ思う存分にどうぞ、と言うように。
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思わず江雪の本心を知りつつも、主は結局宗三と添われた。
長谷部はちょっと悲しい気持ちを押し殺しながら、今日も主のわがままを聞いていた。
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