歌仙兼定
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「歌仙兼定に愛されてはいけない」
──必ず、後悔するから。
そう言われたような記憶はあった。誰から言われたのかわからない。もしかしたら、審神者として徴収された際に誰かが話しているのが、たまたま耳に入っただけだったかもしれない。
当時、各々の能力や趣味嗜好に至るまでのプロフィールを元に、参考までにコンピューターで初期刀の相性をランキングで割り出されるシステムがあった。私と最も相性がいいとコンピューターが弾き出したのが、その歌仙兼定だった。だから尚のこと耳に付いたのかもしれない。
いざ初期刀を選んで審神者となるあの時、私の手は土壇場で迷ってしまった。私は、加州清光を、と…思っていた。歌仙兼定の変な噂を信じるわけではなかったが、紙の上では加州清光がいいと思ってた。 …それが、いざ本物の刀身と美しい拵えを目の前にして、私の手は糸で手繰り寄せられるように歌仙兼定へ伸びていった。心臓の鼓動のペースが酷く短くなって、手が震えた。
「いざ審神者となる者よ。」
歌仙の刀身に触れるその瞬間、顔を隠した政府の人間が口を挟んだ。まさか口を聞かれるとは思っていなかったので、この事は酷く印象に残った。
「お前は歌仙兼定と相性が良いと判断されている。…それだけ我々は、歌仙を選ぶ事をお勧めしかねる。」
「…は?」
一瞬、歌仙に伸ばした手が怯んだ。
それでも既に私は歌仙に魅入られていた。まだ顕現していない、この唯の鋼の身体に。
私は意を決して、歌仙兼定を選んだ。
あの時の私が、今の私の事を知ったならば、…私は初期刀を加州清光にしただろうか。
***
歌仙兼定は、何よりも美しい刀だった。私は歌仙に夢中だった。
強いて言うなれば、少々短気で嫉妬深い事はすぐにわかった。…私は三日月宗近と小狐丸を審神者となった記念として、政府から最初から渡されていた。初代から居る先輩の審神者達からは、『審神者人口が激減しているからと言って甘やかしすぎだ』と非難されていたようだが、その先輩の審神者と面識の無い私は、素直に喜んで受け取った。
初鍛刀は薬研藤四郎だった。姿に似合わぬ男前な性格は、最初の穏やかな面子の中では目立った。『じゃ、俺っちが大将の守り刀だな。』と笑って、近侍の歌仙とは別にいつも私の周りに居た。
顕現の順番としては、薬研が二番目、続いて三日月、小狐丸。たった一日でこの戦力だ。私は余り労せずこの審神者業を進めることが出来た。…中には目当ての刀剣のために苦労し疲弊する審神者も居たようだが、私はこの美しい四振りで充分すぎるほど満足していた。
私も元から和歌も茶道も好んでやっていたので、歌仙と私はすぐに気が合った。だがそれは三日月と小狐にも同じ事だった。
ある時の歌合せ会で、三日月が私に恋い歌を詠んだ事があった。歌仙の目が恐ろしいほど冴えて、本当に怒っている時の 地の底から這うような声で、三日月を諌めた。
三日月はニコニコと笑ったまま、『和歌の道によくあることでは無いか』と意に介さなかった。
ある時の出陣で、思いがけず加州清光を手に入れた。加州は私や歌仙、三日月達の雅び趣味には興味無さそうだったが、私が居れば必ず側にいて楽しそうに眺めていた。
私は加州可愛さに、私は歌仙や薬研もいる前で、『実は初期刀を選ぶ時、加州と歌仙で迷った』事を話した。歌仙を選んだのは私だったが、加州は私を選んで此処に来てくれたような気がして、歌仙とは別の愛おしさを感じていた。慈しめば慈しむほど、目に見えて加州は私に応えた。…あの時の歌仙の目に気付いていたならば、もう少し未来は変わっていたのだろうか。
***
私は順当に刀剣を増やして戦果を上げていった。
歌仙の練度をある程度上げると、私は他の刀剣を近侍にする事が増えた。それでも嫉妬深い歌仙を立てて、この本丸で常に一番練度の高い刀剣が歌仙になるように調整した。それに歌仙の我が儘だけは可能な限り通したのも、私が歌仙を特別にしていた現れだった。その中でも一番高い買い物は、茶室を増築した事だと思う。
歌仙も私を特別に慕ってくれた。時折交わす和歌も、色恋の匂う甘いものが増えていた。…私は忘れていた。『歌仙兼定に愛されてはいけない』。いや、覚えていたけれど、何も悪い事なんてないじゃないか。恐ろしい事があるとか言って、それは本当は、『歌仙に夢中になりすぎて審神者という立場を崩してしまうから』という意味だったのではないかと、今思えば馬鹿な憶測をして納得していた。
歌仙の練度が四十を越える頃、私はあっけなく歌仙と結ばれた。送られて来た恋歌に、色の良い返事をした途端に世界は反転した。
結ばれたと言っても、和歌で両想いを確かめ合った所まで。その後歌仙は三日夜(みかよ)を私の部屋に通い、三日目の夜に餅を食べさせられた。平安の絵巻物のような華やかな饗応もない三日夜餅であったが、私は晴れて自分の物になった歌仙という存在に心酔していた。
歌仙の練度が九十になる頃、私の本丸は三十七振りの刀剣を従える大所帯となっていた。刀剣が増えるにつれ、私と歌仙はすれ違うようになった。
***
つい昨日の事だ。私は、うっかり薬研を歌仙より高い練度にしてしまった。短刀は成長が早い事もあったし、幕末の京都での夜戦に明け暮れて、寝不足で回らない頭に鞭打って、政府からの任務を熟すので精一杯だった。
昨夜の歌仙の事は、今でも忘れられない。煌々として恐ろしいほど美しい硬玉のような瞳が、掻き乱すように私を抱いた。驚くほど乱暴で、力一杯抱き締められて、私は失神してしまった。
そして目の覚めたのが、さっきの事。
恐ろしい気配を察知して目が覚めた。どんよりと曇った空に、静まり返った本丸。
まるで夢の中にいるようだった。
なぜか心の底から湧き上がる得体の知れない恐怖を堪えて、静かすぎる廊下を進む。
広間の障子が、一箇所だけ中途半端に開いていた。その隙間から、花盛りの庭先で最愛と心に決めた男が、自分の刀身を抜いて立っているのを見つけて安堵する。
庭の花の色が反射しているのか、障子の真っ白な和紙には、所々緑や紅色の光が透けている。薄く開いた隙間に見える歌仙だけがはっきりと見えるその様は、どんな言葉を以ってしても例えられないほど美しかった。
「…歌仙?」
「あぁ、なまえ。目が覚めたかい?」
歌仙だけが知る私の名前を、誰が聞いているかもわからない場所で口にされてドキリとした。でもそれを諌めるのもできず、私は花が咲くような蕩けた笑顔に引き寄せられて障子を開けた。
そこには居ないと思った刀剣男子達が全員、此方を見ていた。
息を飲んで、目だけを動かすのが精一杯だった。
途端にあの言葉が、私の耳元で『だから、言ったでしょう。』とため息をつく。
───歌仙兼定に、愛されてはいけない。
嫉妬で何をするか、わからないから。
歌仙はいま、私にとても楽しそうに、一つ一つの首の前を歩いて見せる。
「三日月は、最初から君を狙っていた。僕が一番最初に首を刎ねたのは此れだ。」
歌仙の目は、初めて見た時と変わらない美しい硬玉の色をしていた。その笑顔は、私を初めて抱いた時と全く同じ笑顔だった。
その目で、その笑顔で、歌仙は饒舌に私の前に広がる三十六の首一つ一つを饒舌に語った。
加州は僕の目を盗んで君の部屋へ通うことがあった。
宗三は君好みの素養があった。
江雪も同じで、戦に出るのを嫌がる割りに君の事には積極的だった。
小夜には可哀想な事をして申し訳無く思ったけれど、二人の兄の元の方が幸せだろうから。
燭台切も長谷部も、君に近付きすぎた。
鶯丸は君と茶を嗜んだ回数が僕より多かったから───
鶴丸は、
獅子王は、
前田は、
一期一振は、
太郎太刀は、
にっかり青江は、
小烏丸は───
「薬研は最後にしたんだ。僕の次に来てしまった因果だよ。──全員の首を刎ねるまでね、全てを見せてから刎ねたんだ。薬研はずっと君を愛していたから。」
黙りこくる私を見た歌仙は、また満足そうに笑って近寄ってきて、私の顔を撫でた。
「これで、やっと僕のものだ。君に僕以外の者など必要ない。…おいで。」
初期刀を選ぶ時、加州に伸ばした手が自然と歌仙に向いた事を思い出していた。
私はあの時から、既に歌仙の物だった。
あの時と同じように、糸で手繰り寄せられるように歌仙の手を取って、そのまま彼の胸の中に収まる。
今まで労して育て上げた刀剣達を一斉に喪って、私は悲しいとか寂しいとか、そんな簡単な感情で片付くような気持ちにはなれなかった。そして、歌仙を恐ろしいとも思わなかった。
歌仙の口の端が上弦を張ったように上がるのを見て、私はもう逃げられないと覚悟した。
歌仙兼定に愛されてはいけない。
──必ず、後悔するから。
そう言われたような記憶はあった。誰から言われたのかわからない。もしかしたら、審神者として徴収された際に誰かが話しているのが、たまたま耳に入っただけだったかもしれない。
当時、各々の能力や趣味嗜好に至るまでのプロフィールを元に、参考までにコンピューターで初期刀の相性をランキングで割り出されるシステムがあった。私と最も相性がいいとコンピューターが弾き出したのが、その歌仙兼定だった。だから尚のこと耳に付いたのかもしれない。
いざ初期刀を選んで審神者となるあの時、私の手は土壇場で迷ってしまった。私は、加州清光を、と…思っていた。歌仙兼定の変な噂を信じるわけではなかったが、紙の上では加州清光がいいと思ってた。 …それが、いざ本物の刀身と美しい拵えを目の前にして、私の手は糸で手繰り寄せられるように歌仙兼定へ伸びていった。心臓の鼓動のペースが酷く短くなって、手が震えた。
「いざ審神者となる者よ。」
歌仙の刀身に触れるその瞬間、顔を隠した政府の人間が口を挟んだ。まさか口を聞かれるとは思っていなかったので、この事は酷く印象に残った。
「お前は歌仙兼定と相性が良いと判断されている。…それだけ我々は、歌仙を選ぶ事をお勧めしかねる。」
「…は?」
一瞬、歌仙に伸ばした手が怯んだ。
それでも既に私は歌仙に魅入られていた。まだ顕現していない、この唯の鋼の身体に。
私は意を決して、歌仙兼定を選んだ。
あの時の私が、今の私の事を知ったならば、…私は初期刀を加州清光にしただろうか。
***
歌仙兼定は、何よりも美しい刀だった。私は歌仙に夢中だった。
強いて言うなれば、少々短気で嫉妬深い事はすぐにわかった。…私は三日月宗近と小狐丸を審神者となった記念として、政府から最初から渡されていた。初代から居る先輩の審神者達からは、『審神者人口が激減しているからと言って甘やかしすぎだ』と非難されていたようだが、その先輩の審神者と面識の無い私は、素直に喜んで受け取った。
初鍛刀は薬研藤四郎だった。姿に似合わぬ男前な性格は、最初の穏やかな面子の中では目立った。『じゃ、俺っちが大将の守り刀だな。』と笑って、近侍の歌仙とは別にいつも私の周りに居た。
顕現の順番としては、薬研が二番目、続いて三日月、小狐丸。たった一日でこの戦力だ。私は余り労せずこの審神者業を進めることが出来た。…中には目当ての刀剣のために苦労し疲弊する審神者も居たようだが、私はこの美しい四振りで充分すぎるほど満足していた。
私も元から和歌も茶道も好んでやっていたので、歌仙と私はすぐに気が合った。だがそれは三日月と小狐にも同じ事だった。
ある時の歌合せ会で、三日月が私に恋い歌を詠んだ事があった。歌仙の目が恐ろしいほど冴えて、本当に怒っている時の 地の底から這うような声で、三日月を諌めた。
三日月はニコニコと笑ったまま、『和歌の道によくあることでは無いか』と意に介さなかった。
ある時の出陣で、思いがけず加州清光を手に入れた。加州は私や歌仙、三日月達の雅び趣味には興味無さそうだったが、私が居れば必ず側にいて楽しそうに眺めていた。
私は加州可愛さに、私は歌仙や薬研もいる前で、『実は初期刀を選ぶ時、加州と歌仙で迷った』事を話した。歌仙を選んだのは私だったが、加州は私を選んで此処に来てくれたような気がして、歌仙とは別の愛おしさを感じていた。慈しめば慈しむほど、目に見えて加州は私に応えた。…あの時の歌仙の目に気付いていたならば、もう少し未来は変わっていたのだろうか。
***
私は順当に刀剣を増やして戦果を上げていった。
歌仙の練度をある程度上げると、私は他の刀剣を近侍にする事が増えた。それでも嫉妬深い歌仙を立てて、この本丸で常に一番練度の高い刀剣が歌仙になるように調整した。それに歌仙の我が儘だけは可能な限り通したのも、私が歌仙を特別にしていた現れだった。その中でも一番高い買い物は、茶室を増築した事だと思う。
歌仙も私を特別に慕ってくれた。時折交わす和歌も、色恋の匂う甘いものが増えていた。…私は忘れていた。『歌仙兼定に愛されてはいけない』。いや、覚えていたけれど、何も悪い事なんてないじゃないか。恐ろしい事があるとか言って、それは本当は、『歌仙に夢中になりすぎて審神者という立場を崩してしまうから』という意味だったのではないかと、今思えば馬鹿な憶測をして納得していた。
歌仙の練度が四十を越える頃、私はあっけなく歌仙と結ばれた。送られて来た恋歌に、色の良い返事をした途端に世界は反転した。
結ばれたと言っても、和歌で両想いを確かめ合った所まで。その後歌仙は三日夜(みかよ)を私の部屋に通い、三日目の夜に餅を食べさせられた。平安の絵巻物のような華やかな饗応もない三日夜餅であったが、私は晴れて自分の物になった歌仙という存在に心酔していた。
歌仙の練度が九十になる頃、私の本丸は三十七振りの刀剣を従える大所帯となっていた。刀剣が増えるにつれ、私と歌仙はすれ違うようになった。
***
つい昨日の事だ。私は、うっかり薬研を歌仙より高い練度にしてしまった。短刀は成長が早い事もあったし、幕末の京都での夜戦に明け暮れて、寝不足で回らない頭に鞭打って、政府からの任務を熟すので精一杯だった。
昨夜の歌仙の事は、今でも忘れられない。煌々として恐ろしいほど美しい硬玉のような瞳が、掻き乱すように私を抱いた。驚くほど乱暴で、力一杯抱き締められて、私は失神してしまった。
そして目の覚めたのが、さっきの事。
恐ろしい気配を察知して目が覚めた。どんよりと曇った空に、静まり返った本丸。
まるで夢の中にいるようだった。
なぜか心の底から湧き上がる得体の知れない恐怖を堪えて、静かすぎる廊下を進む。
広間の障子が、一箇所だけ中途半端に開いていた。その隙間から、花盛りの庭先で最愛と心に決めた男が、自分の刀身を抜いて立っているのを見つけて安堵する。
庭の花の色が反射しているのか、障子の真っ白な和紙には、所々緑や紅色の光が透けている。薄く開いた隙間に見える歌仙だけがはっきりと見えるその様は、どんな言葉を以ってしても例えられないほど美しかった。
「…歌仙?」
「あぁ、なまえ。目が覚めたかい?」
歌仙だけが知る私の名前を、誰が聞いているかもわからない場所で口にされてドキリとした。でもそれを諌めるのもできず、私は花が咲くような蕩けた笑顔に引き寄せられて障子を開けた。
そこには居ないと思った刀剣男子達が全員、此方を見ていた。
息を飲んで、目だけを動かすのが精一杯だった。
途端にあの言葉が、私の耳元で『だから、言ったでしょう。』とため息をつく。
───歌仙兼定に、愛されてはいけない。
嫉妬で何をするか、わからないから。
歌仙はいま、私にとても楽しそうに、一つ一つの首の前を歩いて見せる。
「三日月は、最初から君を狙っていた。僕が一番最初に首を刎ねたのは此れだ。」
歌仙の目は、初めて見た時と変わらない美しい硬玉の色をしていた。その笑顔は、私を初めて抱いた時と全く同じ笑顔だった。
その目で、その笑顔で、歌仙は饒舌に私の前に広がる三十六の首一つ一つを饒舌に語った。
加州は僕の目を盗んで君の部屋へ通うことがあった。
宗三は君好みの素養があった。
江雪も同じで、戦に出るのを嫌がる割りに君の事には積極的だった。
小夜には可哀想な事をして申し訳無く思ったけれど、二人の兄の元の方が幸せだろうから。
燭台切も長谷部も、君に近付きすぎた。
鶯丸は君と茶を嗜んだ回数が僕より多かったから───
鶴丸は、
獅子王は、
前田は、
一期一振は、
太郎太刀は、
にっかり青江は、
小烏丸は───
「薬研は最後にしたんだ。僕の次に来てしまった因果だよ。──全員の首を刎ねるまでね、全てを見せてから刎ねたんだ。薬研はずっと君を愛していたから。」
黙りこくる私を見た歌仙は、また満足そうに笑って近寄ってきて、私の顔を撫でた。
「これで、やっと僕のものだ。君に僕以外の者など必要ない。…おいで。」
初期刀を選ぶ時、加州に伸ばした手が自然と歌仙に向いた事を思い出していた。
私はあの時から、既に歌仙の物だった。
あの時と同じように、糸で手繰り寄せられるように歌仙の手を取って、そのまま彼の胸の中に収まる。
今まで労して育て上げた刀剣達を一斉に喪って、私は悲しいとか寂しいとか、そんな簡単な感情で片付くような気持ちにはなれなかった。そして、歌仙を恐ろしいとも思わなかった。
歌仙の口の端が上弦を張ったように上がるのを見て、私はもう逃げられないと覚悟した。
歌仙兼定に愛されてはいけない。