鶯丸
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地の底で逢いましょう
「鶯丸、助けて欲しいの。」
血相を変えた審神者が庭を走って来たと思えば、縁側に腰かけた鶯丸の元へ飛び込んで来た。
「どうした、大包平がまた何か…」
言いかける鶯丸の前にバッと差し出された手には、薄黒い塊が2つ…モゾモゾと蠢いている。一緒ゾッとして手の中にあった茶の水面を揺らしてしまったが、すぐにそれがフカフカの羽毛に包まれた雛鳥と分かって胸を撫で下ろした。
「ツバメの雛鳥か。」
「畑の東屋の下に落ちていたの。あそこ、ツバメの集合住宅になってて、どの巣から落ちたか分からないし…親鳥も来ないから」
畑近くの東屋は、去年くらいからツバメの巣作りの人気スポットになっていた。今年はまさしく集合住宅と化しており、数えるだけで10近い巣が張られている。
鶯丸は茶を置き、温い手で二羽の雛鳥を受け取った。一羽はまだ幼羽毛に覆われた小ぶりな雛鳥で、身を隠すように鶯丸の手の平の小さな溝に嘴を突っ込んでモソモソと震えている。もう一羽はすっかり大人びていて、巣立ちも目前といった所だが…やはり顔付きは幼い。落ちた衝撃で風切羽の数本が折れてしまっていた。
「ふむ…大した怪我はなさそうだが、この大きい雛の方のが、少し危ういな。折れた羽は抜いてしまって、新しく生え揃うのを待ってやらないと…」
「…助かりません、か?」
不安げな眼差しで覗き込む主に、鶯丸は優しく微笑み返した。
「ふ、心配するな。俺が責任を持って面倒を見てやるさ。なに…隠居の身には丁度良い。」
膝の上に雛を下ろし、片手は包み込むように覆い、もう片方の手の指で鳥の耳の辺りを掻いてやれば、大きい雛の方はすぐにウットリとした目で羽毛を膨らませた。小さい方の雛は、まだ隠れようと足の間に頭を突っ込んで掘り進めようとしている。
「ふふ、」
どちらともなく笑うと、審神者と鶯丸は目を合わせて笑った。
この本丸の鶯丸は練度も上限に達して、まさしく隠居の身だった。たまに平野や大包平が茶の相手をしてはくれるが、やはり出陣や遠征に出てしまえば独り縁側に坐して待つ事しか出来ない。
そこへ来て思いも寄らぬ形で、鶯丸は小さな命を預かる事となった。
「しかし、これは餌集めが大変だなぁ。」
***
「名は何とお付けになったのですか?」
日が僅かに傾いて涼しい風が吹き抜ける鶯丸の部屋に、さっそく前田と平野が訪ねていた。
頂き物のお菓子が入っていた化粧箱を主から賜り、燭台切から頂戴したキッチンペーパーをその中へ敷き詰めた、簡易的な巣箱。目をキラキラさせた前田と平野がそれを覗き込めば、大小の雛鳥が頭を下げて隠れようとする。
「“大きい方”と“小さい方”で問題無いさ。…名を付けて情が移れば、巣立ちの時辛くなってしまうからな。」
「…そうですよね」
あくまで自然界へ返れるまで「預かる」だけ。鶯丸は二人を諭すように微笑んだ。少し寂しそうに雛鳥を見つめる平野の頭を撫でてやれば、前田が少し羨ましそうな顔をするので、鶯丸はつい口の端を上げてしまう。脳裏に浮かぶのは、前田に縁のあるあの天下五剣の一人が、こういった接し方をしないのだろうと察するに余る事だ。平野の頭にやっていた手を前田に伸ばし撫でてやると、彼は少し顔を赤らめて背筋を伸ばした。
鶯丸は自然と笑みが零れ、やれ既に二羽の雛鳥を抱えていたと思い、なおさら可笑しくなった。
「おい!!!捕まえて来たぞ!!!!!」
「いっぱい取れました〜」
「!の数を減らせ」
そこへ顔に土汚れを付けた大包平と、網やら虫カゴやらを抱えた五虎退やら秋田やらを始め、今剣や鯰尾、骨喰、そして不動を連れた(引きずった)薬研もやって来た。鶯丸と同じくカンストして隠居の身となっていた江雪も、小夜を連れて部屋を訪ねて来れば、隣室の数珠丸と青江も騒ぎを聞きつけて襖をあけて顔を覗かせる。
すっかりワイワイと騒がしくなった鶯丸の部屋に、大勢に囲まれたツバメの小さな雛鳥。
「こらこら、あまり触るとよくない…そう、静かに覗き込むだけだぞ。」
鶯丸は口では注意するものの、楽しそうに席を譲って小夜にツバメの雛の巣箱を預けた。
「江雪兄さま、大きい方はお腹が白いよ。これは別の種類の鳥なの?」
いつになく無邪気に目を輝かせる小夜に、江雪は一層穏やかに微笑んで、小夜の持つ巣箱を一緒に覗き込んだ。
「どちらも、同じ鳥ですよ。小夜は…ツバメの雛を、間近く見るのは 初めてでしたか…。大きい方は、もう大人の毛並みなのです。小さい方も、大きくなれば…同じような柄になりますよ。」
「江雪さんは、物知りなんですね…!」
小夜の横に居た五虎退がそう漏らせば、静かに聞いていた他の短刀たちもきゃあきゃあ言い出して、小夜は少し自慢気に江雪の横で背筋を伸ばす。それがまた愛おしくて仕方ないのか、江雪は堪らず口の端を上げて頭を撫でやった。
「私のところの弟も、あれぐらいに甘えてくれたら良いのですがね…」
「おやおや、本人を前に愚痴を言うなんて」
クスクスと笑い会う青江の二人に、鶯丸も釣られて笑う。そこへ短刀達の輪の中から逃れてきた江雪がやって来て腰を下ろした。
「真ん中の弟はどうしたんだい?今日は三人揃って非番だったようだったけど。」
青江が思い出したように覗き込むと、江雪は少し困ったように息を吐いた。
「あの子は…飛べない鳥を見るのは、あまり気が進まないと。」
青江は「おやおや」と口にするが、少し申し訳なさそうに口元を指で掻いた。
「お互いに、弟で苦労しますね。」
数珠丸が江雪にため息まじりの小言を漏らせば、鶯丸も一人短刀達に混ざる赤い髪の大男に目をやった。
「どこも同じだな。」
そう鶯丸も漏らせば、やっと江雪の顔に微笑みが戻って「そうですね」と返された。
「(鶯丸さんの場合、互いに別の苦労をしていそうだねぇ。)」
青江は数珠丸の顔色を伺いつつ、口には出さないでいた。
「鶯丸さま!取ってきた虫は、どうやって与えたら宜しいですか?」
やっと短刀達から声が掛かって、鶯丸はやっと虫カゴの方へ目を向けた。昼食のあと、非番の短刀たちや大包平に、ツバメの雛のエサにする虫を捕ってきてほしいと頼んでいたのだ。普段捕まえるような色とりどりの虫ではなく、畑の葉物野菜に付いた芋虫や羽虫、小さなトンボなどが詰められた虫カゴを手にとって、鶯丸は少し考え込んだ。
「うーん、これでは雛の口より虫の方が大きいから、少し千切ってやろうか。」
「………えっ」
「ヒッ」
「ち、ちぎ…る…?」
「え、まさか、…え」
「ん?千切るって…ああ、親鳥がやるようにね?胴体を…」
「まて鶯丸、それ以上言うな。言うな、それ以上。視聴率に関わる。」
不動が青い顔で鶯丸の肩を叩く。
短刀達が振り返れば、江雪や数珠丸はもう姿を消していた。青江は逃げ損ねたらしく、開かない襖をガタガタやりながら「お兄さん!お兄様!数珠丸おにーさま!ほら!僕が甘えてるよ!逃げないで僕も入れて欲しいな!」などと騒いでいる。その青江刀派の部屋の襖から江雪の袈裟がはみ出しているのを見れば、恐らく数珠丸と江雪が逃げ込んで二人掛かりで襖を閉めているのだろうと想像が付いた。
「私どもは仏道に邁進する身!殺生はできません!」
「普段肉も魚も食べて敵をバサバサ切り倒すひとたちが何を言っているんだい!!!」
ギャーギャーと柄にも無く騒ぐ青江達に、のほほんと笑う鶯丸。餌やりが想像以上に過酷なものだと察した短刀たちの中でも、薬研あたりはシレッとしていた。
「虫の解体は興味あるなぁ。なあ不動。」
「は?!お前ぇと一緒にすんな!」
「薬研兄さん怖いです…」
秋田は五虎退と一緒にソワソワとして落ち着かない。見兼ねた大包平が大きくため息をつくと、さっさと耐性の無さそうな短刀たちを解散させた。
***
「ふふふ、一期一振から苦情が来ていますよ。」
審神者は手に乗せた雛鳥に小さく話しかけた。…その後ろにいる鶯丸に聞こえるように。
「おや、それは俺に対しての苦情かな?」
「いえいえ、そんなつもりは。」
ニコニコと笑う主に、鶯丸は「それならいいが」と含み笑いをしながら、古びた糸切り鋏で緑色の柔らかな肢体をプツリと切り落とした。新緑の眩しい山々と同じ色をした“餌”が懐紙の上で、迫り来る死を嫌がるように這い回る。
「主は、こういうのは平気なんだな」
「はい、あーん」
審神者は雛鳥の口に合わせて切り揃えられた餌を、ピンセットで大きく開けられた嘴に押し込む。もう一羽の雛鳥も首を震わせながら騒がしく嘴を開けて、栄養たっぷりのそれが押し込まれるのを待っていた。
「むしろ、皆んながこういうの苦手だなんて思わなかった。薬研は平常運転だったけど。」
キャーキャーキャーキャーと忙しなく「ごはんちょうだい」コールをする雛鳥の声が、2人の会話に常に割り入る。いくら与えようとも、体は一分一秒でもはやく成長しようとオートマチックに基礎代謝量を増やしていくこいつらに、満腹という状態は訪れないのだ。
「小さな命を生かすために、さらに小さな命を潰さねばいけない…まさか、俺がその輪の中に入るとは、思ってもいなかった。」
パチン、と鋏が鳴る。
「痛そうだな、すまない」
鶯丸はそう言いながら、また鋏を鳴らす。
「私ね、前に…部屋に入り込んだコガネムシを捕まえて、外に逃がしてやったの。あのままじゃ可哀想で。元気に飛んで行ったわ。」
「うん」
「そしたら、飛んですぐの所でセキレイがそのコガネムシを捕まえて、どこかへ飛び去ってしまったの。」
「うん」
「あのとき、ああ…私がわざわざ外へ放ってやらなければ、あの虫も1日生き延びれたろうに…そう思ったわ。」
「…そうか。」
「でも、セキレイだって食べ物を求めて、あのときあのコガネムシを食べなければ、その日に死んでしまっていたかもわからない。何が正しくて、何が間違っているのか、私には分からなくなったわ。」
雛鳥の金属音にも似た金切り声が響く中、ときたま鋏がパチンと鳴る。
「きっと、わたしは地獄へ落ちるのね」
鶯丸がふと顔を上げる。主は彼の目をじっと見つめてから、またニコリと笑った。
大きい方のツバメはあっという間に巣立って行った。人の匂いがしないよう、籠の中で水浴びをしたあとを見計らって大空に放してやる。
大きく弧を描いてくれるかと思いきや、あまりの外の広さにすぐ木に止まり、そのツバメは一刻半ものあいだその木から飛び立つ気配はしなかった。
その日鶯丸は久しぶりの短時間遠征に選ばれ、ツバメが木に留まっているのを見たあとに出て、帰ってきた頃にはもう居なくなっていた。
大包平が言うに、ちょうど鶯丸が帰る直前くらいに飛び立っていったらしい。
もう一羽の雛もその1カ月後、同じようにあの空を飛び立つ事となる。
「なあ主、なぜ、地獄へ落ちるんだと思ったんだ?」
ツバメを無事に空へ返した梅雨半ばの僅かな晴れの日。ちょうど報告書の締め切りに追われる中で鶯丸が突然そんな事を言い出すものだから、審神者は頭の中にあった報告書のテキストが丸っきりどこかへすっこ抜ける。押しかけていた捺印の線は二重になるし、なんか斜めになっていた。
「よくそんな事覚えてたね…」
あーあと思いながらも、まあいいやと自己完結してファイルに書類を戻す。当の鶯丸は近侍のくせに、書類を手伝うとかそういう事はしてくれない。
「俺も地獄へ落ちるのか?」
「まさか」
それは人間だけの特権だよ、そう言いかけて唇を噤む。
「俺はいずれ鉄に還り、土に還る。だが主も土に還る。主が逃がしたコガネムシも、それを食べたセキレイも、俺が潰した芋虫も、巣立っていったあいつらも。」
鶯丸はにっこりと笑った。
「地獄というのは、地の底にあるのだろう?なら、皆んないずれそこへ帰るんだ。俺は主と同じ場所に還れるなら、地獄でも嬉しいぞ?」
「鶯丸、助けて欲しいの。」
血相を変えた審神者が庭を走って来たと思えば、縁側に腰かけた鶯丸の元へ飛び込んで来た。
「どうした、大包平がまた何か…」
言いかける鶯丸の前にバッと差し出された手には、薄黒い塊が2つ…モゾモゾと蠢いている。一緒ゾッとして手の中にあった茶の水面を揺らしてしまったが、すぐにそれがフカフカの羽毛に包まれた雛鳥と分かって胸を撫で下ろした。
「ツバメの雛鳥か。」
「畑の東屋の下に落ちていたの。あそこ、ツバメの集合住宅になってて、どの巣から落ちたか分からないし…親鳥も来ないから」
畑近くの東屋は、去年くらいからツバメの巣作りの人気スポットになっていた。今年はまさしく集合住宅と化しており、数えるだけで10近い巣が張られている。
鶯丸は茶を置き、温い手で二羽の雛鳥を受け取った。一羽はまだ幼羽毛に覆われた小ぶりな雛鳥で、身を隠すように鶯丸の手の平の小さな溝に嘴を突っ込んでモソモソと震えている。もう一羽はすっかり大人びていて、巣立ちも目前といった所だが…やはり顔付きは幼い。落ちた衝撃で風切羽の数本が折れてしまっていた。
「ふむ…大した怪我はなさそうだが、この大きい雛の方のが、少し危ういな。折れた羽は抜いてしまって、新しく生え揃うのを待ってやらないと…」
「…助かりません、か?」
不安げな眼差しで覗き込む主に、鶯丸は優しく微笑み返した。
「ふ、心配するな。俺が責任を持って面倒を見てやるさ。なに…隠居の身には丁度良い。」
膝の上に雛を下ろし、片手は包み込むように覆い、もう片方の手の指で鳥の耳の辺りを掻いてやれば、大きい雛の方はすぐにウットリとした目で羽毛を膨らませた。小さい方の雛は、まだ隠れようと足の間に頭を突っ込んで掘り進めようとしている。
「ふふ、」
どちらともなく笑うと、審神者と鶯丸は目を合わせて笑った。
この本丸の鶯丸は練度も上限に達して、まさしく隠居の身だった。たまに平野や大包平が茶の相手をしてはくれるが、やはり出陣や遠征に出てしまえば独り縁側に坐して待つ事しか出来ない。
そこへ来て思いも寄らぬ形で、鶯丸は小さな命を預かる事となった。
「しかし、これは餌集めが大変だなぁ。」
***
「名は何とお付けになったのですか?」
日が僅かに傾いて涼しい風が吹き抜ける鶯丸の部屋に、さっそく前田と平野が訪ねていた。
頂き物のお菓子が入っていた化粧箱を主から賜り、燭台切から頂戴したキッチンペーパーをその中へ敷き詰めた、簡易的な巣箱。目をキラキラさせた前田と平野がそれを覗き込めば、大小の雛鳥が頭を下げて隠れようとする。
「“大きい方”と“小さい方”で問題無いさ。…名を付けて情が移れば、巣立ちの時辛くなってしまうからな。」
「…そうですよね」
あくまで自然界へ返れるまで「預かる」だけ。鶯丸は二人を諭すように微笑んだ。少し寂しそうに雛鳥を見つめる平野の頭を撫でてやれば、前田が少し羨ましそうな顔をするので、鶯丸はつい口の端を上げてしまう。脳裏に浮かぶのは、前田に縁のあるあの天下五剣の一人が、こういった接し方をしないのだろうと察するに余る事だ。平野の頭にやっていた手を前田に伸ばし撫でてやると、彼は少し顔を赤らめて背筋を伸ばした。
鶯丸は自然と笑みが零れ、やれ既に二羽の雛鳥を抱えていたと思い、なおさら可笑しくなった。
「おい!!!捕まえて来たぞ!!!!!」
「いっぱい取れました〜」
「!の数を減らせ」
そこへ顔に土汚れを付けた大包平と、網やら虫カゴやらを抱えた五虎退やら秋田やらを始め、今剣や鯰尾、骨喰、そして不動を連れた(引きずった)薬研もやって来た。鶯丸と同じくカンストして隠居の身となっていた江雪も、小夜を連れて部屋を訪ねて来れば、隣室の数珠丸と青江も騒ぎを聞きつけて襖をあけて顔を覗かせる。
すっかりワイワイと騒がしくなった鶯丸の部屋に、大勢に囲まれたツバメの小さな雛鳥。
「こらこら、あまり触るとよくない…そう、静かに覗き込むだけだぞ。」
鶯丸は口では注意するものの、楽しそうに席を譲って小夜にツバメの雛の巣箱を預けた。
「江雪兄さま、大きい方はお腹が白いよ。これは別の種類の鳥なの?」
いつになく無邪気に目を輝かせる小夜に、江雪は一層穏やかに微笑んで、小夜の持つ巣箱を一緒に覗き込んだ。
「どちらも、同じ鳥ですよ。小夜は…ツバメの雛を、間近く見るのは 初めてでしたか…。大きい方は、もう大人の毛並みなのです。小さい方も、大きくなれば…同じような柄になりますよ。」
「江雪さんは、物知りなんですね…!」
小夜の横に居た五虎退がそう漏らせば、静かに聞いていた他の短刀たちもきゃあきゃあ言い出して、小夜は少し自慢気に江雪の横で背筋を伸ばす。それがまた愛おしくて仕方ないのか、江雪は堪らず口の端を上げて頭を撫でやった。
「私のところの弟も、あれぐらいに甘えてくれたら良いのですがね…」
「おやおや、本人を前に愚痴を言うなんて」
クスクスと笑い会う青江の二人に、鶯丸も釣られて笑う。そこへ短刀達の輪の中から逃れてきた江雪がやって来て腰を下ろした。
「真ん中の弟はどうしたんだい?今日は三人揃って非番だったようだったけど。」
青江が思い出したように覗き込むと、江雪は少し困ったように息を吐いた。
「あの子は…飛べない鳥を見るのは、あまり気が進まないと。」
青江は「おやおや」と口にするが、少し申し訳なさそうに口元を指で掻いた。
「お互いに、弟で苦労しますね。」
数珠丸が江雪にため息まじりの小言を漏らせば、鶯丸も一人短刀達に混ざる赤い髪の大男に目をやった。
「どこも同じだな。」
そう鶯丸も漏らせば、やっと江雪の顔に微笑みが戻って「そうですね」と返された。
「(鶯丸さんの場合、互いに別の苦労をしていそうだねぇ。)」
青江は数珠丸の顔色を伺いつつ、口には出さないでいた。
「鶯丸さま!取ってきた虫は、どうやって与えたら宜しいですか?」
やっと短刀達から声が掛かって、鶯丸はやっと虫カゴの方へ目を向けた。昼食のあと、非番の短刀たちや大包平に、ツバメの雛のエサにする虫を捕ってきてほしいと頼んでいたのだ。普段捕まえるような色とりどりの虫ではなく、畑の葉物野菜に付いた芋虫や羽虫、小さなトンボなどが詰められた虫カゴを手にとって、鶯丸は少し考え込んだ。
「うーん、これでは雛の口より虫の方が大きいから、少し千切ってやろうか。」
「………えっ」
「ヒッ」
「ち、ちぎ…る…?」
「え、まさか、…え」
「ん?千切るって…ああ、親鳥がやるようにね?胴体を…」
「まて鶯丸、それ以上言うな。言うな、それ以上。視聴率に関わる。」
不動が青い顔で鶯丸の肩を叩く。
短刀達が振り返れば、江雪や数珠丸はもう姿を消していた。青江は逃げ損ねたらしく、開かない襖をガタガタやりながら「お兄さん!お兄様!数珠丸おにーさま!ほら!僕が甘えてるよ!逃げないで僕も入れて欲しいな!」などと騒いでいる。その青江刀派の部屋の襖から江雪の袈裟がはみ出しているのを見れば、恐らく数珠丸と江雪が逃げ込んで二人掛かりで襖を閉めているのだろうと想像が付いた。
「私どもは仏道に邁進する身!殺生はできません!」
「普段肉も魚も食べて敵をバサバサ切り倒すひとたちが何を言っているんだい!!!」
ギャーギャーと柄にも無く騒ぐ青江達に、のほほんと笑う鶯丸。餌やりが想像以上に過酷なものだと察した短刀たちの中でも、薬研あたりはシレッとしていた。
「虫の解体は興味あるなぁ。なあ不動。」
「は?!お前ぇと一緒にすんな!」
「薬研兄さん怖いです…」
秋田は五虎退と一緒にソワソワとして落ち着かない。見兼ねた大包平が大きくため息をつくと、さっさと耐性の無さそうな短刀たちを解散させた。
***
「ふふふ、一期一振から苦情が来ていますよ。」
審神者は手に乗せた雛鳥に小さく話しかけた。…その後ろにいる鶯丸に聞こえるように。
「おや、それは俺に対しての苦情かな?」
「いえいえ、そんなつもりは。」
ニコニコと笑う主に、鶯丸は「それならいいが」と含み笑いをしながら、古びた糸切り鋏で緑色の柔らかな肢体をプツリと切り落とした。新緑の眩しい山々と同じ色をした“餌”が懐紙の上で、迫り来る死を嫌がるように這い回る。
「主は、こういうのは平気なんだな」
「はい、あーん」
審神者は雛鳥の口に合わせて切り揃えられた餌を、ピンセットで大きく開けられた嘴に押し込む。もう一羽の雛鳥も首を震わせながら騒がしく嘴を開けて、栄養たっぷりのそれが押し込まれるのを待っていた。
「むしろ、皆んながこういうの苦手だなんて思わなかった。薬研は平常運転だったけど。」
キャーキャーキャーキャーと忙しなく「ごはんちょうだい」コールをする雛鳥の声が、2人の会話に常に割り入る。いくら与えようとも、体は一分一秒でもはやく成長しようとオートマチックに基礎代謝量を増やしていくこいつらに、満腹という状態は訪れないのだ。
「小さな命を生かすために、さらに小さな命を潰さねばいけない…まさか、俺がその輪の中に入るとは、思ってもいなかった。」
パチン、と鋏が鳴る。
「痛そうだな、すまない」
鶯丸はそう言いながら、また鋏を鳴らす。
「私ね、前に…部屋に入り込んだコガネムシを捕まえて、外に逃がしてやったの。あのままじゃ可哀想で。元気に飛んで行ったわ。」
「うん」
「そしたら、飛んですぐの所でセキレイがそのコガネムシを捕まえて、どこかへ飛び去ってしまったの。」
「うん」
「あのとき、ああ…私がわざわざ外へ放ってやらなければ、あの虫も1日生き延びれたろうに…そう思ったわ。」
「…そうか。」
「でも、セキレイだって食べ物を求めて、あのときあのコガネムシを食べなければ、その日に死んでしまっていたかもわからない。何が正しくて、何が間違っているのか、私には分からなくなったわ。」
雛鳥の金属音にも似た金切り声が響く中、ときたま鋏がパチンと鳴る。
「きっと、わたしは地獄へ落ちるのね」
鶯丸がふと顔を上げる。主は彼の目をじっと見つめてから、またニコリと笑った。
大きい方のツバメはあっという間に巣立って行った。人の匂いがしないよう、籠の中で水浴びをしたあとを見計らって大空に放してやる。
大きく弧を描いてくれるかと思いきや、あまりの外の広さにすぐ木に止まり、そのツバメは一刻半ものあいだその木から飛び立つ気配はしなかった。
その日鶯丸は久しぶりの短時間遠征に選ばれ、ツバメが木に留まっているのを見たあとに出て、帰ってきた頃にはもう居なくなっていた。
大包平が言うに、ちょうど鶯丸が帰る直前くらいに飛び立っていったらしい。
もう一羽の雛もその1カ月後、同じようにあの空を飛び立つ事となる。
「なあ主、なぜ、地獄へ落ちるんだと思ったんだ?」
ツバメを無事に空へ返した梅雨半ばの僅かな晴れの日。ちょうど報告書の締め切りに追われる中で鶯丸が突然そんな事を言い出すものだから、審神者は頭の中にあった報告書のテキストが丸っきりどこかへすっこ抜ける。押しかけていた捺印の線は二重になるし、なんか斜めになっていた。
「よくそんな事覚えてたね…」
あーあと思いながらも、まあいいやと自己完結してファイルに書類を戻す。当の鶯丸は近侍のくせに、書類を手伝うとかそういう事はしてくれない。
「俺も地獄へ落ちるのか?」
「まさか」
それは人間だけの特権だよ、そう言いかけて唇を噤む。
「俺はいずれ鉄に還り、土に還る。だが主も土に還る。主が逃がしたコガネムシも、それを食べたセキレイも、俺が潰した芋虫も、巣立っていったあいつらも。」
鶯丸はにっこりと笑った。
「地獄というのは、地の底にあるのだろう?なら、皆んないずれそこへ帰るんだ。俺は主と同じ場所に還れるなら、地獄でも嬉しいぞ?」
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