エルピス・プロジェクト
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「まったく、出世コースに返り咲いた途端に無理難題を言ってくるのね」
どこか聞いたことのあるセリフに、財前の眉間のシワが深くなる。「アラ、気に障っちゃった?」と笑って誤魔化すエマに、財前は咳払いをして話しを戻した。
「なんとかして、彼女を解放したい。だが体は完全に拘束され、私1人では接触することも難しい」
「それで、SOLテクノロジーのどこかも分からないネットワーク内から強制ログインさせられているであろうその子の精神に接触したい、……だっけ? あまりにも不確定要素ばかりで、どこから手を着けていいのかサッパリだわ」
お手上げだと言わんばかりに両手を上げて首を横に振るエマだったが、思うところあるのかすぐに腕を組み、真剣な目を財前に向ける。
「ロスト事件で行われた、AIプログラム生成のための誘拐・監禁…… その被験者達がどうなったか、そして何をもたらしたのか。それを全て知った上で同じことを繰り返すなんて、あなたの会社のトップって、どうしてロクな人間がいないのかしらね」
「まともな人間では上に立っていられないということだろう。……どうせ私もそのひとりだ」
財前が内ポケットからメモリーディスクを取り出してエマに差し出す。素直に受け取りはしたが、すぐため息をついた。
「随分と旧式ね」
「10年前のオリジナルデータの複製だ。目を瞑ってくれ」
ハイハイ、と軽返事を返してディスクを仕舞い込む。
「彼女に接触して、あなたはどうしたいの?」
「……」
少し考え込んだ財前に、エマは目を細める。こういうとき、彼は大体自分の考えに迷っているのだと長年の付き合いでわかってしまうのだ。
「彼女が本当にハノイの騎士と関係があるのか、そして10年前のロスト事件を知っているのか…… 彼女自身の事実を知りたい。もし本当に潔白なら、私は何としてでも彼女を解放してやらなければならない」
「その言い方だと、もしクイーンが言ったとおり彼女が極悪人で、ハノイと関係していたら─── あなたは彼女をモルモットのままにするってこと?」
「それは……」
分かっている。彼にも守るべきものがあるのだと。エマはフッと笑い、「意地悪言って悪かったわ」と訂正した。
「(そうよね、……妹と年がそんなに変わらない女の子だったら、余計に見捨てられないわよね)」
ヘルメットを被り、エマはバイクに跨った。エンジンをひと蒸しすると、顔だけ振り向いて財前に笑いかける。
「いいわ、手伝ってあげる。いい手段が思い付いたら連絡するわ。もちろん、なるべく今日中にね」
『アアアァァァッ!!!』
『ヤメ、ヤメテ、……イヤアアァァ!』
『いたい、死んじゃう、───りょうけ、たすけ……』
叫んだところで肉体と切り離されたなまえの声が実際に喉を鳴らすわけではなかった。全ては体を動かすための電子信号として吸収され、スピーカー出力すらされずにただのモニタリングノイズという目視情報にしかならない。研究員達も慣れたのか、それとも心を閉ざしたのか、はたまた好奇心からか。ただクイーンの計画書の範疇でしか動かない。
「身体ダメージ限界値です」
「バイタル異常値、シャットダウンします」
何度目かの強制ログアウトに、監視モニターに映るなまえの体が跳ねる。現実世界の肉体に戻されても、アイマスクとヘッドギアで視覚も聴覚もない。むしろ拘束具に、喉ギリギリまで差し込まれた酸素チューブで余計に肉体的な苦痛を伴うだけ。なまえからしたら、どちらにしても地獄だった。
いつまでも有意義な記憶を引き出せないことにクイーンの苛立ちは募る。
「被験者をはやくログインさせて。いい加減口を割らせるのよ」
もはや肉体としての彼女とは会話することも出来ない。ネットワーク内のアバターを通して喋らせ、同時に脳波を思考データとしてAIに学習させる。研究員がなまえの精神をログインさせれば、魂を引き剥がされた肉がまた跳ねるのをモニター越しに見るだけ。
「脳波による、思考経路のデータがだいぶ蓄積されました。これなら記憶の解析も可能です」
機嫌の悪いクイーンに、何人かの研究員がゴマをするように宥める。それを聞いたクイーンは、やっと少し面白そうに「へぇ」と口の端を上げた。
「記憶の解析、……いいじゃない。この娘にじっくり思い出してもらいましょう。鴻上聖と鴻上了見、そしてハノイに関すること全てを」
「……これ以上読んでいいものなのか?」
念のためか遊作が横目で草薙に確認をとれば、草薙もどこかばつの悪そうな顔で「仕方ない」と呟く。それが遊作に対しての返事なのか、それとも自分に言い聞かせての言葉かは分からないが、2人は同時に彼女の経歴のデータへ目を向けた。
『なあ草薙、なんで「交友」って書いてあんのにわざわざ3年前あたりで「交際」って書き直してんだ? ずっと付き合いがあったんだろ?』
「少し黙ってろ」
『アイちゃんは草薙に聞いたのに……』
人間関係の進退で微妙にニュアンスの変わるのを把握できていないのか、アイは素直な疑問にすら遊作に怒られてショボくれる。それを苦笑いで慰める草薙の隣で、遊作はなにか引っかかるものを思い出そうとしていた。
「(みょうじ、……なまえ。……なまえ? このひと、どこかで……)」
目を細めて考えるほど、ロスト事件の前後が大きな砂嵐となって記憶に蓋をしてしまう。
「イグニスを生み出したハノイの騎士以外の人間では、イグニス・アルゴリズムの解析はほぼ不可能だとリボルバーは言っていた。だが、それはあくまで人間の知能での話しだ。おそらくSOLは、鴻上博士が残した研究データを元に、イグニスを解析するためのAIを作るのが目的だ」
「……だが、この人がリボルバーやハノイとどんな関係であろうと、草薙さんの弟や、俺たちロスト事件の関係者にしたような酷いことをしていい理由にはならない」
「そうだな」
シン、と静まった僅かな間を、アイは遊作と草薙を交互に見てウーンと顔を顰めて腕を組む。
『なあ、どーすんだ?』
「もちろん助け出す。見て見ないフリはできない」
『なら早くした方がいいぜ? このデータを見る限り、俺の計算ではほぼ確実にこの姉ちゃんの無駄死にで終わる』
ハッと注目されてもなお、アイは淡々と続けた。
『こいつらがやろうとしていることは、残ってる一部の記録だけで俺たちを生み出した過程を再現するだけだ。しかも遊作がやったような長期間のデュエルじゃない。時間を圧縮するために、ネットワークで意識のデータ分解をしてAIに食わせる気だぞ、これ。そしたら現実に残ってる人間の体ってのは、どうなっちまうか分かるよな?』