エルピス・プロジェクト
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「父さん!」
ログアウトしたばかりのラグに揺らぐ体を鞭打って、了見は部屋に飛び込んだ。デュエルディスクに転送していたモニタリングデータで、分かっていた。唇を噛み、心臓マッサージを続けているなまえの背中を抱く。
「なまえ、もういい。……父さんはもう、」
「あ、───あ、……了、見」
AEDパッドや酸素のチューブで荒れたベッド。荒い息で肩を震わせるなまえを、了見はベッドから離す。デュエル中、なまえが何度も蘇生を試みていたことも、今までずっと鴻上博士を死なせまいと必死になっていたことも、了見は見ていた。
ズル、となまえがその場にへたれこむ。それに引き摺られるように、了見もそこへ膝をついた。
「ごめんなさい、了見─── ごめんなさい」
「やめてくれ。……父さんは、元々長くなかった。なまえのせいじゃない」
「んっ…… んく……」
実の息子である了見の方が悲しみが深いと知っていて、なまえは必死に泣くのを堪えた。背中から強く抱きしめる了見の顔は見えない。それでも、互いに震えていることだけは分かっている。
了見はふと、だらりと垂れるなまえの指先が目についた。短く整えられた爪に、指輪ひとつ着けていない関節にはヒビ割れから血が滲んでいる。今までずっと苦労を任せていた。同じ歳の女の子達が街で遊んでいる時間を、なまえは着飾りも化粧もしないで、ただ了見とその父のために献身的に尽くしてくれた。
何も聞かないで、ただ了見の力になりたいという一心で。
「なまえ」
もう、開放してやるべきなのかもしれない。いや、最初から開放してやるべきだった。
ふと、窓から見える断崖に一台の車が煌めく。見覚えのあるキッチンカーに、了見は忌々しげに目を細めた。
「なまえ、今日は家に帰ってくれ。……すまない」
でも、と口籠って見上げるなまえに、了見は涙の滲んだ彼女の頬を撫でる。全てを通り越して虚無にすら足を踏み込んだ了見のその目に、なまえは自分の顔を包む了見の冷たい手に触れ、縋るようにもう一度彼を呼ぶ。
「了見」
「ひとりにさせてほしい」
はっきりそう言われてば、なまえも俯くしかできない。きっと、彼女はただ父の死に悲嘆する姿を見られたくないだけなのだと思っているだろう。了見は最後に彼女を抱き寄せた。
「なまえ、裏口から出ろ。バス停の場所、分かるな?」
「うん、……」
「また連絡する」
「……うん」
街へ出ればリンク・ヴレインズ界の騒動のニュースを目にするだろう。それが我々に関係していると気付こうが、気付くまいが、彼女をこれ以上巻き込みたくはない。だから、連れて行けない。私にただ利用されていたと恨んだっていい。
なまえが真実を知る必要などないのだから。
彼女を手放したことを、私は───
***
───明滅する電子の海。体の感覚がない。どこまでも無機質で、全てが虚構。昼夜の感覚も、時間の感覚もない。ただバラバラにされて漂う意識のひとつ。
『何か思い出した? はやく言った方が、あなたのためなのよ』
「……なにも知らない。了見は、そんなことしない。優しい人だもの」
自分の顔が半分に割られた。どこまでも続く意識と痛み、そして死の予感だけが体を蝕んで叫べば、体はまた元に戻る。
ガタガタと震えて荒い息を吐く。これが現実ではないと分かっていても、何度も痛みと自分の死を見せられて、そして今までの記憶をデータとして解析されるの繰り返し。精神は限界に近付いていた。
『その鴻上了見のせいでこんな目に合っているのよ? さあ、はやく彼の居場所を吐きなさい』
「知らない、私は……本当になにも、───
***
タブレットからの着信音に目を覚ます。どうやって家に帰ってきたか何も覚えていない。気がついたらベッドに倒れて、泣き疲れて眠っていたらしい。重たい体を起こして、真っ暗な部屋を照らすタブレットを引き寄せた。「鴻上了見」と出された名前にハッとして画面に手を伸ばすが、ほんの一瞬だけ、なまえは戸惑う。
それでも勇気を出して、すぐに応答に触れた。
『なまえ』
「了見、……」
真っ暗な画面に、sound onlyの文字。海の音が微かに聞こえる。
「……?」
『お前とは、しばらく会えない』
え、と喉が詰まる。堪えていたものがどっと押し寄せ、顔を絞ったように涙が溢れ出た。
「……ッ、どうして」
『すまなかった。……今まで』
「了見?」
お別れみたいなことを言わないで、と捲し立てたいのに、舌が硬直して、呼吸がうまくできなくて、なにも言うことができない。音だけだとしても、無様に鼻を啜るような音を聞かれたくもない。そんなプライドが邪魔をして、余計に何も声を上げられなかった。
『心配するな。私は必ずお前を迎えに行く。……あの家も、お前に任せていいか?』
「……、うん」
『いい子だ』
了見の声の後ろで、何かのモーター音がした。次第に大きくなる水の音に、なまえの胸が騒めく。
『愛している』
「───、りょ」
ブツリ、と回線が遮断された。
「……了見」