エルピス・プロジェクト
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『捕まえたわリボルバー。そして、プレイメーカー』
声色だけでその女が歪に笑っているのが分かる。自らが神の声だとでも誇示するように、顕現したアバターよりはるか上空から、クイーンはモニターを通して見下ろしていた。
「貴様がクイーンか」
『ふふ、そうよ。まさか本当にノコノコ現れてくれるとは思わなかったわ。特にプレイメーカー、そしてイグニス』
『ンゲ! やっぱ俺のこと気付いてた?』
声だけの相手にプレイメーカーもリボルバーも顔を顰める。とくにリボルバーは、彼から見えるはずのないステルスカメラを真っ直ぐに睨んでモニター越しのクイーンを牽制した。
「ふふ、ハノイのリーダーだけはあるって事ね」
クイーンはテーブルに肘をつき、小指で唇に触れた。
「被験者、再ログイン可能です」
「始めなさい」
警報音が止んだ静寂に、粉々になったなまえの精神体で人型に再形成されたアバターボディが降り立つ。ログインによりデータが再構築され、人形だったアバターは人の姿を得て目を開けた。
「……了見、なの?」
「なまえ……」
アバターは衣服こそ違えど、容姿はなまえのままだった。しかしリボルバーを前にして、なまえの態度はよそよそしい。
「嘘よ、了見が……ハノイの騎士だなんて」
『なんだオメー、黙ってたのか?』
「黙っていろイグニス」
ついにリボルバーにまで「黙れ」と言われ、アイは膝をついて落ち込む。プレイメーカーはそれに一瞥もくれず、リボルバーとなまえの動向を見つめる。
「嘘ではない。お前が奴らに何を見せられたかは知らんが、我々ハノイに関しての情報に善悪を振り分けるなら、間違いなく私は悪の側に立っていた。今まで、ずっと黙って、お前に嘘をついていたのは事実だ」
「……」
「私が鴻上了見であるという証拠、そしてお前がみょうじなまえであるという証拠は、このネットワークという虚構の空間の中で見える姿形に得ることはできない」
リボルバーは臆することなく足を踏み出す。なまえにどんどん歩み寄り、彼女が後退りするべきかどうか悩む間も無く距離を詰めた。
「……!」
「だが、お前になら私が私であると理解できるはずだ」
なまえの左手を掴むと、クイーンには分からないように親指で彼女の親指の付け根を撫でた。その指がなぞり描いた三角形に、なまえはリボルバーの正体が間違いなく鴻上了見であると確信する。
「……ッ、了見」
“これ”が通じた時点で、リボルバーも彼女がみょうじなまえ本人だと悟った。クイーンが用意したAIやなまえのコピーでない事だけは確かだ。なまえは崩れるようにリボルバーに抱きつく。ため息を溢してその背中に腕を回してやると、リボルバーはもう一度クイーンが見ていそうな方向を睨む。
「なまえを返して貰おう。……私とデュエルしろ!」
クイーンは「フッ」と鼻で笑った。そしてタッチパネルに指を這わせると、あるモニタリングデータを弾く。
リボルバーとプレイメーカーとアイ、そしてなまえの前にデータが映し出された。弱り続けている心電図、そして拘束されたまま配線やチューブに繋がれたなまえの肉体のライブ映像が彼らの目に飛び込む。なまえは自身の事だけに尚更咽き、リボルバーが肩を寄せて顔を逸らさせた。
「なんのつもりだ……!」
『その娘の肉体も私達の手にある事を忘れるのは構わないけど、一番困るのはあなたの彼女の方よ?』
フフ、と笑う声色に腕の中のなまえがブルブルと震える。心電モニターは既にギリギリの数値で動くだけで、血中の酸素量低下も著しい。鴻上博士を看取った2人にとって、肉体が示すその値が死の陰を帯びていることなど想像に易かった。
『リボルバー、いいえ、鴻上了見。あなたのデュエルの相手は、そのみょうじなまえよ』
「う、……くぅ」
強制ログアウトによって受けたダメージバウンスに、財前は頭を振って視界の歪みを取り戻そうとした。出入り口にロックを掛けた個人執務室を見回し、もう一度だけ椅子に背中を預けて天を仰ぐ。
『ちょっと荒治療だったかしら?』
ディスクから繋げられたエマの声に、財前はネクタイを緩めながら大きく息をついた。
「ああ。だがクイーンに気付かれる前に抜け出せた。感謝する」
『律儀ねぇ。あなたがボンヤリしてた間に、こっちも準備出来たわよ』
受信音にディスクを見ると、財前は躊躇うことなく社内PCに転送した。そしてファイルを開いて確認すると、「ふむ」と感心したように声が漏れる。
『マザーコンピュータにも連動していない、完全に独立したサーバーだったからどうなるかと思ったけど。あなたが研究室のネットワーク内に入っててくれたおかげて、セキュリティのクラッキングがほとんど完了したわ』
「ほとんど、か。完全でないのは目を瞑ろう」
『あら、完全じゃないのは当たり前でしょ? あなたが現実世界で彼女に接触して初めて完全になるんだもの。報酬の減額なんて言い出したら、ここで手を引いてやるんだから』
「そうだったな」、と静かに笑ったような声を聞いてエマの手が止まる。僅かな沈黙のあいだに、エマは聞かないでいたことをあえて口にした。
『それで、あなたの答えは出たの? 彼女とリボルバーが悪人か、そうじゃないのか』
「……」
この沈黙が、財前にとって答えを出せていないわけではないと感じていた。彼はもう彼女を救い出すことに、なまえという1人の女をリボルバーに返すべきだという考えに迷いはない。ただそれを犯すには、守るべき相手を既に抱いている彼の腕が足りないだけ。
「私にも葵という大切な妹がいる。この決断で、葵を危険に晒してしまう可能性もあるだろう。……それでも私は、今はSOLテクノロジーの飼い犬ではなく、一人の人間として正しいことをしなければならない。力を貸してくれ、ゴースト・ガール……!」
「なまえと、デュエルだと……」
腕の中でなまえが身を捩り、クイーンの声がする方へ顔を上げたのを感じる。低下し続けるバイタルモニターが消され、いつ危険な状態に陥るかさえ分からなくされた不安がリボルバーの目を曇らせた。
『あなたが勝ったら、彼女を返してあげるわ。でもなまえが勝ったら、ハノイのイグニス・アルゴリズム解析プログラムを渡してもらう』
「愚かな…… そんな取引き条件で勝算があるとでも思っているのか」
『話しは最後まで聞くべきよ? もしなまえが負けたら、……なまえのライフがゼロになった瞬間、彼女の肉体に取り付けた生命維持装置の電源を落とすわ』
「……!!!」
顔を顰めるプレイメーカーを代弁するように、アイもこれには体を乗り出して『汚ねぇぞオイ!』と怒りを露わにする。
『そうね、それだけじゃ面白くないわね、…… ライフが1000減るごとに、少しずつ機能を落としていきましょうか』
「貴様……」
『そこにいる被験者は解析済みの廃棄データも同然だけど、現実の肉体から剥がされた精神体に変わりはないわ。私たちが生命維持装置を切らなくても、デュエルでの体感ダメージは充分に彼女を死に追いやる。……イグニス・アルゴリズムの解析プログラムを渡しなさい。そうしたら彼女を解放してもいいわ。あなたにとってもそれが善策だと思うわよ? もちろんここでデュエルをするなら、なまえの意識データを通して完全しつつある新型AIがさらに学習を積んでくれるから、こちらとしては有難いけど』
「リボルバー……」
プレイメーカーが固唾を飲んでリボルバーの背中を見つめた。
「(奴は確かにこれまで、仲間を犠牲にする事も厭わない道を歩んできた。だが奴はハノイの塔の一件で、何かが確実に変わったはずだ。もしここでなまえを犠牲にすれば、リボルバーは元の修羅の道を歩くことになる)」
「(だがイグニスの解析プログラムを渡せば、SOLテクノロジーはイグニスと同等の、意志を持ったAIを生み出す技術を得ることになる。なまえに行った焼き増しの実験などではなく、さらなる確証と結果を生み出すほどになるだろう。……しかし、なまえの命を犠牲にはできない)」
『さあ、どうするの?』
クッと悪態をつくのが精一杯だった。震える握り拳になまえがリボルバーの横顔を見上げる。
『こうしている間にも、彼女の肉体は限界を迎えるわよ?』
「……!」
リボルバーは目を閉じて項垂れた。なまえの肩から手を離すと、怒りに揺れる視界に目を細めながらもディスクのタッチパネルを触り、かざした手の上に解析プログラムを出す。
「リボルバー……」
『アイツ…… やっぱり選べなかったか』
当たり前か、と付け加えたアイの声に、リボルバーは歯を食いしばった。なまえを背に隠すように歩み出ると、解析プログラムを差し出す。
「……父が組み上げたイグニス・アルゴリズムの解析プログラムを、私がアップデートしたものだ。渡す前に、なまえをログアウトさせて病院へ運べ。それが条件だ」